第17話 スサノオ
長野県北佐久郡立科町にやってきた俺たちは、かなり年期の入った旅館に偽名で泊まっていた。
任務に参加するメンバーは、男部屋に集まっていた。畳みが敷かれた風流な部屋で、冷える夜の部屋ではストーブがゴーと音を立てていた。
俺と山川の他には、沙織とノヴァしかいない。ごく少数による任務のようだ。
「我々の今回の目的は、スサノオだ」
山川は湯飲みの茶をすすりながら、そう話した。
「スサノオ?」
ノヴァが何か知っているのかと思い、顔を見ると目があった。
ノヴァはふるふると顔を横に動かして、知らないとアピールした。どうにも百歳を超えているとは思えない行動だ。ヒューマノイドの外見に引きずられて、まだ十代の少女に見えてしまう。
「レクス・データベースにはその名前しかなかった上、次の日に見たらそのデータは消去されていた。何かの手違いでデータベースに入ってしまったのだろうが、沙織すら知らないREX社……、いや、神谷秀樹の極秘情報とみてまず間違いないだろう」
スサノオといえば、日本神話に登場する神の名だ。
高天原で大暴れをして、アマテラスが天の岩戸に閉じこもったり、クシナダヒメを救うために八岐大蛇を退治したり、話題性には事欠かない神だ。
イザナギが黄泉の国から戻った際、禊ぎをして左目からアマテラス、右目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれたという。アマテラスは太陽、ツクヨミは月、スサノオは海原を司るという。
「神話と何か関係が?」
「不明だ。少し調べたが、日本神話の中でもスサノオは時には荒ぶる悪神、時には怪物退治の英雄神とされた。その両儀性から、構造主義的神話学による分析も盛んに行われている」
「……そういえば」とノヴァは呟くように言った。「スサノオは彗星だという仮説をきいたことがあるわ」
またうさんくさい仮説だと俺は思った。
「スサノオが暴れてアマテラスが岩戸に隠れたことで地上が暗黒に覆われた『天岩戸伝説』。これは彗星爆発によって大気が大量の塵と煤で覆われて、太陽光が遮られたことを意味していると。アマテラスが太陽、ツクヨミが月であるように、スサノオもまた天体現象を――彗星の空中爆発を神話で表現したもの。それが『天岩戸伝説』だと」
「定説ではなく、ただの仮説だろ?」
「ただの雑談程度の話よ」
俺が苦言を呈すると、ノヴァはふてくされたような態度を取った。
「いやいやいや。中々に面白い話だ。古代インドで発生した占星術である九曜には、計都と呼ばれる星があり、それは彗星を意味するらしい。普段は隠れているが、現れた時には災害が起こるとされている。実際、近年でも彗星は非常に恐れられてきた」
「ハレー彗星のパニックの話か?」
「そうだ。一九一〇年には猛毒のシアンが含まれる彗星の尾が地球を通過するために、すべての生物が窒息死するなど、地球上の空気が五分間なくなるなどといったデマが流れたそうだ。二〇一一年のエレーニン彗星の時にも似たようなことが起こった。巨大な引力によって大災害が起こるといったものや、地球に衝突する危険が発生したために米国のホワイトハウスが対策を講じている、といった噂がね」
山川はよく回る口で雑学を披露した。
「近代においてすら彗星への恐れは人々を惑わせたのだ。太古の人々が、彗星に恐怖と畏敬の念を抱いてもおかしくはないだろう」
「……仮に、スサノオが彗星だったとして、それと秀樹のいうスサノオに何の関係がある?」
「さて、そこまでは。しかし」
山川は怪しげに笑みを浮かべると、窓から夜空を見え上げた。
「太陽・月・惑星、そして星座を構成する恒星などの周期性・規則性をもって運行する星々とは異なり、一時的な天文現象を指す言葉として、
「彗星もその客星か?」
「超新星、彗星又は流星、その他発光を伴う気象現象なども一部含まれる、幅広い意味に使われた言葉だ。では、人工衛星、人工惑星、宇宙探査機、スペースデブリなどの人工天体はどうか?」
「……『米国人工衛星落下事故』か」
「スサノオ。隠語にしては、中々にセンスがあるとは思わないかい?」
秀樹がひた隠しにしてきたスサノオ。それが一体何を意味するのか。
山川の言う通り、『米国人工衛星落下事故』と関係があるのか。本当に、秀樹は人工衛星を掌握できる力を持っているのか。
マザーAI・ゲネシス。彼女は何か知っているのか。
それも、明日になれば分かることだ。
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