第3話 付喪神的ヒューマノイド
俺がリンカーン・ハイスクールを卒業してすぐ海兵隊へ入隊したのは、サンフランシスコで起きた爆破テロがきっかけだった。
一世紀以上前から、アメリカはイスラム原理主義を掲げた武装組織と対立していて、サンフランシスの爆破テロもアメリカ政府の施設を狙った破壊テロだった。
俺の母さん、アンナ・ホワイトはAI開発の研究者で、詳しくは話さなかったが、アメリカ軍から無人機・自律型システム開発のために協力要請を受けていたようだった。つまりは、AIによる兵器開発を阻止するための爆破テロに、母さんは巻き込まれた訳だ。
しかし、母さんは自分の研究が軍事利用されることを拒否して、当時所属していた研究機関から身を退こうとしていた。その前にテロが起こったことは不運というしかない。
爆破に巻き込まれた母さんは肺挫傷と診断され手術が行われたが、後遺症として軽度の呼吸困難が残ってしまった。
どうして、兵器開発への協力を拒否した母さんが巻き込まれなくてはならなかったのか。その疑問は時間が経つにつれてドス黒い怒りへと変わり、ハイスクールに通っている間も、チカチカと点滅するライトのように明滅を繰り返した。
そんな俺が海兵隊へ志願したのは、当然の流れだったように思える。母さんはあまり良い顔をしなかったが、最終的には『元気でいること』を条件に送り出してくれた。
結局、元気でいるどころか、爆弾によって重体になった訳だが……。
退役後、REX社に入社していた母さんの伝手で、俺もREX社へ入社しようとしたところ、神谷秀樹が個人的に俺を訪ねてきた。それは、日本社会の現状を打破する計画への参加要請だった。
「酷いもんだ」
HRPのヒューマノイドが運転する車の助手席に座った俺は、スモークガラスから街並みを眺めていた。金髪のミディアムヘアをかき上げて、俺は岩石のように丈夫な腕時計で時間を確認した。
「行くぞ」
ヒューマノイドと共に車を降りた。
場所は東京都台東区。
古くは江戸期から上野・浅草と並ぶ繁華街だったが、今ではスラム街だ。
耐震性も何もない家々は茶色く錆びれたトタン屋根で覆われ、指でつついただけで崩れ落ちそうだ。高架橋の下は段ボールやブルーシートで作られた簡易な住居に暮らすホームレスのたまり場になっている。遊び場になるはずの公園の椅子は占拠され、昼間からカップ酒をすする老女の姿が見える。
何か嫌なものが立ちこめている。まるで、産業廃棄物が無造作に垂れ流された川のように、沈殿したヘドロの悪臭が漂っている。
今の日本は、ハリボテの経済大国だ。
「とても、世界第二位の経済大国には見えんな」
俺の言葉に、ヒューマノイドが何か反応を示すことはなかった。いつもそうだ。連中は、指示されたことだけを黙々とこなす機械人形に過ぎない。
だからこそ、俺はノヴァという自我を持ったヒューマノイドに懐疑心を抱いていた。本当に彼女は自我を持ったのか。それ以前に、自我を持つとは何を指していっているのか。
「アクア」と俺は隣に立ったヒューマノイドに声をかけた。「何を持って自我と定義づける?」
アクアは数秒時間を置いた後で、プラスチックの口を開いた。
「精神病理学者の木村敏は、自分とは、『私』という個人の内部にはなく、『私』と『他人』との『あいだ』にあるのだと述べています」
「何が言いたい?」
「つまり、自分とは一個体の実体ではなく、他者との『あいだ』に成立する動的な関係のことであり、『自分』が『自分』であることにおいて、『他者』は必要不可欠なものである、ということです」
これは、アクアの意見ではなく、どこかの論文をそのまま引っ張ってきたのだろう。如何にもヒューマノイドらしい回答だ。
しかし、他人との関わりの中で生まれるものが自我であるという言い分には、素直に頷くところがあった。
オルド自身、ハイスクールの友人や海兵隊員とのやり取りの中で、自らの価値観が変貌し、新たなに築かれる感覚を味わったことがある。それこそ、母さんを巻き込んだテロ行為を通じても……。
「つまり、ノヴァは要介護者とのコミュニケーションを百年あまり続けることで、自我を獲得したということか?」
「その問いに関しては、お答えしかねます」
アクアの返答は無視して、俺はノヴァのことを考えていた。
日本には、長い年月を経た道具などに精霊(霊魂)が宿る考えがあると聞いたことがある。それは、付喪神、あるいは九十九神といわれる。
「付喪神的ヒューマノイド、か」
以前、REX社から提供された資料に、『自律思考型AI・アンゲルス』には日本的アニミズムの考え方が採用されていると読んだ覚えがある。
それは、存在するすべての事物に生命ないし人格霊が宿っているという感性認識を意味し、太陽、山々、奇岩、巨石、泉、大樹、産土神などの自然的対象への礼拝はもちろん、宅地、屋敷、厠、蔵、風呂場、台所などにも、それぞれ個別的な神々がいると信じられてきたという。
アンゲルスに日本的アニミズムを学習させることによって、ヒューマノイドは自らに生命を認め、より人間に近しい振る舞いを獲得したという。しかし、その中で自我を得たのはノヴァだけだ。それすらも、まだ解析途中で、実際に自我を得たかどうかは怪しい。
「まあ、どちらでもいいか」
ノヴァが自我を持っていようがいなかろうが、俺のやることは変わらない。
俺とアクアは車が通れない裏路地を進み、山川が潜伏していると思われる、廃棄されたバーへ足を進めた。
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