第4話 ヒューマノイド機動隊

 霞ヶ関や銀座や渋谷、新宿あたりに行くと、人間よりもヒューマノイドが多いことに気がつくが、スラム化した街にはヒューマノイドの姿はない。

 少ないのではなく、ヒューマノイドがここを歩けば、すぐ暴漢に遭い、破壊されるのだ。


 ヒューマノイドの外見は人のそれと区別がつかない程に精巧であるため、首に青いLEDリングを埋め込むことによって見分けがつくようになっている。

 スラム街でそれを見られたら最後、人々はパイプやコンクリの塊で機能停止するまで暴行を加える。


 彼らを駆り立てているのは、ヒューマノイドへの憎悪だ。二一二六年を境に安価なヒューマノイドが全国に普及して、企業はこぞってヒューマノイドを導入していった。

 接客業・ケア労働・工場ライン作業・配送業など、多くの仕事が機械化され、国民の不満とは対称的にGDPは高まり、日本を世界第二位の経済大国へと押し上げた。


 結果として中産階級は減少し、隣国からは『国は富めども、民は飢える』とまで揶揄されるほどになった。

 今こうして歩いている裏路地にも、ゴミ箱の影にうずくまる黒い影が見えた。ゴミ袋か人かも判別できないほどに、暗い路地に同化している。


 俺たちは忘れ去られたように看板を吊した、一軒のバーを見つけた。

 既に廃業した地下バー『ドレンチェリー』。

 昨日、監視カメラの映像を追って、山川の車がこのスラム街に入ったため、ハイマートロスの潜伏場所の候補となる廃墟をいくつかピックアップした。そして、今日、ピックアップした廃墟にHRP隊員を分散して派遣した。

 ここはその内のひとつだ。


 ヒューマノイド機動隊――通称HRPに与えられている標準装備であるベレッタM18のスライドを引きながら、俺は地下へ続く扉の横についた。

 本来、日本での拳銃の所持は原則として禁じられている。

 しかし、HRPは普通の部隊ではない。


 表向きは、REX社の警備を一任されている『ヒューマノイド警備部門』に属しており、オルドにも『ヒューマノイド警備部門課長』という役職が与えられている。

 しかし、実体は秀樹の『日本浄化計画』を遂行する上で、法を犯すことも辞さない秘密部隊である。基本的にヒューマノイドのみで構成され、部隊長であるオルドが各ヒューマノイドの指揮を執っている。

 そのため、HRP隊員であるヒューマノイドには、ヒューマノイドであることを示す青いリングが存在しない。行動する上でヒューマノイドであるという象徴は邪魔になるためだ。


 ツーマンセルで動く俺たちは、扉の両側に位置を取り、先にアクアがドアノブに手をかけて地下へ通じる階段への道を開いた。アクアが慎重に階段を下ると再び扉があり、彼はそれを思い切り蹴破った。

 やはり山口はここに潜伏しているのか、バーの中には蛍光灯が灯っていた。

 アクアに続いて俺も中に入り、バーカウンターの裏を調べて人がいないことを確認。

 アクアが先に進もうとしたところ、いきなりバーの電気が一斉に消えた。


 俺はバーカウンターの裏に身を隠したが、腹に響く発砲音の後、アクアがカウンターに頭をぶつけながら倒れ込む音が聞こえた。

 牽制のためか発砲音が鳴り止まないが、監視カメラの映像から山川が所持していたのは、リボルバー式拳銃『S&W M13』だと分かっている。

 装弾数は六発。


 発砲音を数えながら銃弾が尽きたと確信した俺は、一気にカウンターから飛び出してベレッタを撃ちながら発砲音がした方向へ走った。

 何か後ろに気配を感じた。

 振りかえる前に、小さな影が俺の右腕の関節を捻りながら背中に飛び乗ってきた。いきなりのことに、俺は床に倒れ伏した。


「ナイス! ノヴァ!」

 男の声と同時にバーの明かりが戻り、古ぼけたジョギングシューズを履いた足が近づいてきた。

 男は屈むと俺の髪を引っ張って、顔を上に向かせた。

「これはこれは。無垢な人形部隊の隊長じゃないか」

 山川敦。額が出た短髪に濃い眉毛。無精髭を生やした顔は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。茶色い迷彩柄のシャツからは、すっぱい汗の匂いがした。


「かわいそうに」と山川は笑みを浮かべたまま言った。「何も知らないまま私を追ってきたのだろう」

 山川はリボルバーに弾丸を込めると、銃口を俺の左肩に押し当てて、一発撃ち込んだ。乾いた発砲音と共に激痛が頭のてっぺんまで響いた。

「ははは! わざわざ痛みまで再現しているのか! 君に疑問を抱かせないためかな?」

「何が、言いたい……?」

 錯乱したような山川の言動に惑わされないよう、俺は平静を保つよう努めた。


「まだ分からないのか? それを見ても?」

 山川が指さしたのは、濁った青い液体だった。それは、俺の肩口の銃創から溢れ出ているものだった。

 平静は一瞬で空中分解を果たし、俺の目はその青い血液に釘付けになった。

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