第5話 君の知らないこと

「ブルーブラッド。知っているだろう? ヒューマノイドにエネルギーを循環させる青い液状の物質だ。何故、人間である君にそれが流れているのだろうねえ」

「お前は、お前は一体、何を知っている……?」

 震える唇が紡ぎ出した言葉は、懇願に似ていた。


「逆に君は、何を知っていると思い込んでいたんだい?」

「そんな禅問答のような駆け引きはどうでもいい! 俺の質問にだけ答えろ!」

「おいおいおい。そんな乱暴な言葉使いができる立場じゃないだろう?」

 山川は銃口を俺の額にぐりぐりと押しつけた。


「だけど、私は優しいから質問に答えてあげよう」と山川はリボルバーで自分の肩を叩いた。「私は長い時間をかけてレクス・データベースから様々な情報を盗んできた。『日本浄化計画』『米国人工衛星落下事故』『マザーAI・ゲネシス』。そして、『オルタナティブ・ヒューマン計画』」

「『オルタナティブ・ヒューマン計画』……?」

 他の情報は、完全ではないにせよ秀樹から共有されていた情報だ。しかし、『オルタナティブ・ヒューマン計画』だけは俺の知識にはなかった。


「知らないだろう? そうだろう? 興味が沸いてきただろう?」

 山川は転がっていた俺のベレッタを拾い上げて、興味深そうに観察してから、腰のベルトに押し込んだ。

「これを使って、君のパソコンからレクス・データベースにアクセスしてみるといい」

 そう言って、山川はポケットから取り出したUSBメモリを床に転がした。


「こいつをパソコンに差し込めば、アクセス制限されている情報も自由に閲覧できる。もっとも早い方がいいだろうね。私が作ったバックドアがいつまで使えるか、私自身も保証しかねる」

 山川は俺の背中に乗っていた誰かに視線を向けた。

「ノヴァ。離してあげなさい」

「……いいの?」


 若い少女のような声が聞こえた。透き通っていて、まるで早朝の風のようだった。

「構わないさ。それにもしかすれば……、いや、今は止めておこう」

 背中の重みが消えたと同時に、俺は素早く立ち上がり、カウンターを背にして背中に乗っていた人物に視線を向けた。

 黒いシャツに赤いジャンパーを羽織った、非常にラフな格好をした少女がそこにいた。ショートカットの黒髪にまだ幼さを残した顔立ち。彼女は先ほど、なんと呼ばれていた?


「ノヴァだと? 脳器だけの存在だったはずだ」

「別におかしなことではないだろう」と山川は言った。「別のヒューマノイド機体に脳器を積み替えれば、彼女だって自由に動けるようになるさ」

「バカな。脳器の積み替えなんて、高度な専門知識が必要だ。それに、ヒューマノイドを表すリングもない」

「ほら! また、君の知らないことが出てきたぞ!」

 山川のほの暗い笑みを見て、俺はたじろいだ。


 俺は、自分の持っている知識に自信が持てなくなくなってきた。無意識に押さえていた肩の傷口から手を離すと、手のひらにはべっとりと青い血がついていた。

「それでは、また会おう」

 山川がそう言うと、ノヴァが先立ってバーの入口へと歩いて行った。扉を閉める直前、山川は振り返って俺を見た。

「君が真実を知った時、どう思い、どう行動するのか? 君には自我がある。それを忘れてはいけないよ」

 ギィーと軋む音と共に扉が閉まった。

 取り残された俺は、床に倒れ込んでいるアクアの銃創から、同じブルーブラッドが流れていることに気がついた。


「俺は……、本当に人間なのか……?」

 その問いに答えてくれるものは、誰もいなかった。

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