アニミズム・コンプレックス - ANIMISM COMPLEX -
中今透
第一章 オルタナティブ・ヒューマン
第1話 中東の記憶
あの頃は、中東でライフルを背負っていた。
満々と強靱さを秘めたライフルは、一発相手に命中させれば、柔らかい内蔵をまたたくまに粉砕するだろうと思われた。
しかし、中東へ派兵されると、この寡黙な武器が如何に脆弱なものか思い知らされた。
配属された米軍基地は、現地の武装組織からひっきりなしに攻撃を受けており、攻撃方法は主に無人機によるものだった。いつ現れるかも分からない爆弾を搭載した無人航空機に対し、ライフルはあまりに無力だ。
爆弾によって血だらけになった兵が運ばれていく様を見ていると、無力なのはライフルだけではないと痛感させられた。三百人以上いる兵士、最新鋭の防空システム、無人攻撃ヘリコプター、携行式地対空ミサイル……。洗練された最新型のプラットフォームや兵器システムによって固められた基地を、現地の武装組織はいともたやすくかいくぐる。
嫌な空気を感じながら、時はくると俺は思った。
時はくる。否応もなく無差別に。
静かな夜のことだった。俺は兵舎のベッドに滑り込むと、疲労から一瞬の内に眠りこけた。暗闇の中をぷかぷか浮かんでいると、轟音が響き渡ると同時に地面に叩きつけられた。何が起こったのか理解する前に意識を手放し、気がついた時には病院のベッドの上だった。
どうやら、爆弾を乗せた無人航空機が兵舎へと突っ込み、俺は外傷性脳損傷によって長い期間意識を失っていたらしい。医者からは目を覚ましたこと自体が奇跡であり、高次脳機能障害が出る可能性があると言われたが、俺は何の問題もなく軍務に復帰できるレベルにまで回復した。
ただ、母さん――アンナ・ホワイトから涙ながらに退役を懇願され、医者からPTSDの心配もあると説明を受けたことで、俺は軍を去る決意をした。
そして、今、俺は日本に本社を持つ世界最大手のヒューマノイド製造企業・REX社に勤めていた。
本社へ向かう車の中で信号待ちをしていると、悲鳴と共にREX社のヒューマノイドストアからぞくぞくと人が飛び出してくるのが見えた。
ストアからはガラスを割る音や、何かを砕く音が聞こえた。割れたガラスの向こうには、スカーフで顔を隠した数名が、熱心に売り物のヒューマノイドを破壊していた。
信号が青になったので、車を走らせた。
日本ではもう見慣れた光景だった。主にヒューマノイドに職を奪われて自暴自棄になった者たちが起こす破壊活動。先日はREX社員も同罪だとして、営業支社が爆破されて死傷者が出た。
「嫌なご時世だ」
REX本社の地下駐車場に車を入れると、社員用の出入り口からエレベーターに乗って、最上階の社長室へと向かった。最上階に出るとカーペットが靴を吸った。
警備型ヒューマノイドが不動の姿勢なまま警備に当たっている。焦げ茶色の扉の前まで来てノックをすると、返事があったので中に入る。
来客用のソファには既にスーツ姿の男が待っており、社長が座る椅子には白いスーツを着た女性が座っていた。
「遅くなりました」
俺がソファの脇に立つと、男は話をはじめた。
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