第二話 双子探偵 その18/警察飽和


 SUVに乗る。もしものときに備えて、酒を飲んでなくて良かった。弟をにらむと、クソめ。いつのまにか、ビールを持ち出していやがった。そんなにアル中で死にたいのか。


「仕事しなさい」


「これ、ボランティアだ」


「車、出すから。まずは、右? それとも左?」


「右だよ」


「市内の方だ」


「社長は人の輪のなかに、いるもんだ」


 とにかく車を出した。ビールをグビグビ飲んでいる助手席の弟は、やがて口を開く。


「警察が探していない場所を探すのが、いちばんいい。どうせ、そこにいる」


「どこ?」


「クイズ形式でやろう。『行きつけのバー』、『あの倉庫』、『自殺する前に先祖の墓にごあいさつ』」


 行きつけの店なら、家族や友人・知人に聞けばすぐに判明する。おっさんはあまり新しい店を発掘しようとはしないし。あの倉庫は、今だって警察が絶対にいるはず。墓……墓地とかお寺とかか。なんだか、ベタというか。追い詰められて逃げたら、自殺もありえる。


「どれも……調べてそう」


「正解。そこらは調べている。犯人かもしれないヤツが、逃げちまったんだから、ベタなところは必ず調べるよ。警察なめんな」


「答えはないってこと?」


「次にはあるかもな。『田舎でも人込みに隠れられる、帰宅社員でいっぱいの電車のなか』、『社長が道楽で買ったボートで、海の上』、『自分の子供が通っている学校』」


「どれも、調べられてる」


「正解。社長さんだけから追跡可能な場所は、捜査されているだろう。県警大集合の今、他県からの応援部隊まで動員されている。つまり、けっこう前から探しまくっているんだよ。まずは県警が自力で探した。でも、見つからない。だから、人海戦術に頼った。ほら、またパトカーとすれ違う。オマワリ密度が飽和寸前だな。それでも、見つからない。時間と人数つかって、本職が探しまくっているのにな。そいつこそが、大きなヒントになる」


「どういうヒント?」


「消去法だ。おかげで、いろいろとアタマのなかでまとまっちまった」


「……それで、どこに行けばいいんだ」


「オレたちが向かうべき場所は、あの社長と……誰かさんの接点だ。誰だ?」


「繭」


「半分、正解。もうひとつは、お前だ」


「私?」


「ヤツの死体の前で、録音されていた声を聞かされた。あのタイミングなら、どう考えても手動でな。つまり、お前こそが狙われているんだ」


「……あれって、社長がしたってこと?」


「警察の捜査を乗り切るような隠しカメラ。そんなものを設置できそうな数少ない人物のひとりだからね。あとは、CIAとかもあやしいな!」


「……私と繭と、社長との接点って……」


「なさそうだよな。だからこそ、飽和状態の警察も見つけられない。見つけられるのは、お前だけだからだ」


「あんた、見つけてないの?」


「どうだかね。予想はつくけど、推理の完成は、お前がすべきだ。考えろ。この社長に、見覚えは?」


 スマホで、その中年男の顔を見せられた。会社のホームページの写真だ。笑顔で人当たりの良さそうな中年男……見覚えは、ない。人の顔を覚えるのは得意だよ。バーの警備をしていたら、注意すべき相手は覚えておかないといけないし、金持っている常連も覚えておかなくちゃならないんだ。


「見たことない男だ……」


「倉庫を、借りたことがあるんじゃないか」


「え?」


「こっちでじゃ、なくてもいい。まずは、接点だ。それを考えろ。倉庫、倉庫、それに集中してみるんだ」


「…………繭の、個展。中国人に、絵が売れたとき。ちょっと調子に乗って。レプリカ作ったの。シリアルナンバー入れて。儲かるかもしれないから……楽に」


「楽に? コストはかかるだろ。なかなかの金額だ」


「まあ、そうだった。そこそこ高くはついたけど。でも……繭も、作品を売ってみたいって気持ちになってて……」


「ヤツも一流の絵描きじみたモノになりたがったわけだ」


「当然でしょ。才能、あったもの」


「ふん。何であれ、そのとき、はりきって大量に作っちまった。お前らのマンションだけでは、置ききれないほど」


「倉庫を借りたことがあるのは、そのときだけ」


「お前とヤツでな。さて。お前、オレにもヤツの絵を「買え」とか言ったよな」


「言った。買うとは思ってなかったし、実際に買わなかった」


「もちろんだよ。ヤツの絵はあまり好きじゃねえ。悪くはないが、好みじゃない」


「繭のこと、嫌いだっただけでしょ」


「作家が嫌いなら、その作品も買わん。いい理由だ」


 殴りたくなる。だが、今は……。


「交差点だけど」


「右」


「わかった」


「客観的に見て、ヤツの絵は……まあ、そこそこ上手い。オレも買うことはなかったが、一応は売り込んでやった。画廊ってものを、取材したくもあってね」


「地元の、画廊……」


「そうだ。我々はクズ双子でしかないが、水原家ってのは地元では強い。代々、医者やってるからね。親戚には偉い人もいる。おかげで、まだ逮捕されてねえのかもな」


「親のコネつかって、売り込んでくれたって……マジ?」




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