第二話 双子探偵 その17/マドンナ・デラ・ピエタ
「はあ!?」
『ど、どういうことだ!?』
「いや。ちょっと、あの『赤い天使』を『作る』には、肉がね。足りねえ気がしたんだ。動画で見たときは、しっかりとすべてを確認できたわけじゃないから、そうは思わなかったんだが。実際に見ると、小柄なヤツだけじゃ、部品が足りないように見えたんだよ……」
『何かを、継ぎ足した?』
「誰かを、と言いたいんだがね」
シリアルキラーか何かだろうか。クズ弟が、今ほど気持ち悪く思えたときはない。
「翼だ。あれを作るために、広背筋をズタズタに裂きながら、逆さにめくって広げていたわけだが。それにしても、ちょっと多すぎるような気がした。他人の筋肉が混ざってないか、調べてみてくれないか? もちろん、骨についても! あの『赤い天使』は死体パズル、死体キメラ、そういう気持ち悪いものかもしれんぞ!」
『か、鑑識に、問い合わせてみよう。脚の件も、含めて……』
「……私の、私の繭に。私以外が、混ざってる。融け合うように、誰かが……っ」
「愛って怖いね。そういう発想するのかよ。おかしな嫉妬―――」
殴った。
約束を破るって、どうせクズ弟にはわかっていただろうから、謝りはしない。『加害者にしたいんだ』。自分を悲劇の存在にしたいときとか、私の感情を解き放とうとしてくれたんだろう。
「嘘つきめ……」
『ケンカはやめろよ。不毛だ』
「一発だけ、殴った。あとは、もうこんなことしない」
「マジでそうしろ。おかしくならないように、みんなで正気を目指そうぜ」
「……おかしな、嫉妬? 当然でしょ。するよ。どこの男か、どこの女か……繭は、私のもの。私も、繭のもので……」
「落ちつけ。もうお前らの愛情の気持ち悪さを指摘しないから」
絶対に、する。
こいつには私がどれだけ傷ついているかわからない。繭は殺されたあげく、他の誰かの肉と混ぜ合わされているかもしれないんだ。そんなの、死後も犯されているようなものだ。繭は、私以外の誰にもさわられたくない子なのに。
「痛みは固有感覚さ。お前だけの痛みは、オレにはわからん。だから、先に進もう。勅使河原くん。君は、悪い情報を、良い情報より後に伝えるタイプだ。破滅的な願望を秘めた、潜在マゾヒストだからね。嫌な気持ちで人生を過ごしたいところがあるはずだ!」
『オレは、そ、そんな男では……』
「いいから。悪い情報も伝えてくれ。どうせ、あるだろ」
『……重要な情報を知っているはずの人物が失踪した』
「はあ!?」
『お、怒るなよ。水原姉。警察のせいじゃない』
「逃げるってことは、そいつが犯人かもしれないってことだ!」
「単純だぜ。失踪ってことなら、そいつも犠牲者になってるかもしれないだろ」
「殺されたって、こと?」
『勝手なことを言うなよ』
「シリアルキラーは性癖。やめれん」
お前のことか、それとも犯人。あるいはどっちもか。くそ。
「それで、誰が消えたの?」
『……麻生繭が見つかった倉庫の所有者だ』
「倉庫会社の、社長?」
「知ってることは多そうだ。そいつが、消えたか」
「絶対、犯人だろ!」
『さ、探すから。落ちつけ。と、というか。じつは』
「もう探しまくってるんだね」
『ああ。県警も、他県からの応援も。すぐに見つかる。見つけ出すから……』
「……私たちも、探す」
『や、やめて欲しいんだが……君らも、その、被疑者のようなもので』
「かまわない。繭を殺した犯人を、先に見つけてやる」
『……それは、どういう意図で?』
殺すためだ。
「一秒でも早く、姉は犯人を逮捕してもらいたいだけだよ。恋人を殺された女子って、そうなんだよ。わかるだろ、愛って熱いんだ!」
『わ、わかった。滅多なことはしないように。では、その……ご遺体に対しての加工については、問い合わせてみる。捜査に戻るよ』
切れた。
ちょうどいい。こっちも、出かけなくちゃならないから。
「どこに行くんだ?」
「……あんたに関係ない」
「あるね。こっちも容疑者あつかいされてるんだ。その消えた社長を、お前が殺した日には『共犯者を口封じに殺した、死体改造癖のあるシリアルキラー姉弟』と認定されるかもしれない。警察は、絶対に犯人を見つけるぞ。見つからないなら、あやしいオレたちを生贄にする。お前は、動機であやしくて。オレは知識と技術であやしいからな。ありもしない双子の絆パワーで、東京山口間のアリバイ作りもやってのけるかも! オレたちは、この異常な事件をやろうと思えばやれるんだ! だから、疑われてるんだよ!」
「もう関わらないでいい」
「やだね。そもそも、お前だけじゃ、見つけられないだろ。SUV乗り回して、適当に町を探し回ったところで、発見できるものかよ。地球と財布をいじめるガソリンの空費だ。地球を愛する環境保護系左翼どもがブチギレるぞ!」
私は、クズ弟を見た。にらんでいるわけじゃない。すこし、感心してやっている。こいつは、口をすべらせてしまったときの顔をする。23年間の姉経験値からは、逃げられない。
「見つけられるんだな」
弟は、足首をくるくると回す。子供のころからの癖だ。直っていない。おかげで、こいつを連れ回す必要があるとわかった。付き合ってもらおう。地獄の底までも。こっちは繭に誓ったんだから。アル中野郎の首根っこをつかみ、命令した。
「行くぞ」
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