第二話 双子探偵 その16/バラバラのパズル
弟は『手下』から情報を集めている。私もスマホで事件について検索はしているが、大した情報がつかめない。だが、さすがは警察か。感心すべき点はあった。ガッカリすべき点もあったけれど。
『麻生繭について、情報があった。彼女の『本名』は、吉田さやか……らしい』
「吉田さやか……」
「聞き覚えはあるのか?」
「ない。本当に、そんな名前なの?」
『まだ捜査中だ。おそらく、ということだが。彼女は、いわゆる孤児院で育っている』
「なるほど、児童養護施設。だから小柄だったのか。ろくなもん食わせてもらえない」
『滅多なこと言うなよ』
「おいおい、施設側が意地悪したと言いたいわけじゃない。シャリ上げにあったんだ」
「なに、それ?」
「『カツアゲの食事バージョン』。飯のことを、シャリって呼ぶだろ。寿司とかでもさ」
殴られた気持ちだ。そんな意地悪な言葉が、存在しているなんて。でも、言葉があるということは、実在しているという証拠だ。
「体格がいい年上と、社交的な年上が、カースト下位の子供からぜんぶ奪う。飲み屋で知り合った出身者が直々にその悲惨っぷりを教えてくれたぜ。身振り手振りもついてだ。ああ、ろくでもない。子供の社会は残酷だもん。法の統治という概念が、戦場レベルでおよばない。『大人が守ってくれない地獄の領域』だろ。考えろよ。『いじめられっこがお家に帰れず、ずっと学校にいたらどうなる?』」
「繭……」
小柄。そうだ。たしかに、繭はちっこい……ごはんも、ろくに食べさせてもらえなかったからなの? 24時間、いじめられていたの?
『吉田さやかの両親は、彼女が二才になる前に離婚。母親が引き取ったが、しばらくして娘を残して失踪』
「不幸なハナシだぜ」
『同情したくなるよ。子供を持つ身としては』
「いいヤツだな、さすがはオレの友達」
『その後、十五才になると進学せず、外に。働きだした。食堂でバイトとか、そのあとは……』
「風俗。小柄な若い女は、稼げる。あと父親がクズな女子は、そうなりがち」
『偏見にも感じるが……彼女は、そういう流れだったらしい。すこしばかり貯金をためて、その後……この土地から消えた』
「上京したんだな。薬物やらタトゥーやら、怪しげな商いを覚えたあとで」
「……繭は、こっちで生まれていたんだ?」
『そうらしい。出身地について、話したことは?』
「なかった。繭が嫌がることは聞かない」
『いい思い出が、なかったのか』
「私といるときは、いつも幸せそう」
『……だとすれば、良かったよ。彼女の人生は、とても短いし。その最期は……』
「感傷的になるな。プロでいろ。ヤツに呑まれるぞ」
『わ、わかったよ』
「で。そろそろ姉に聞きたいことがある。勅使河原くんにも伝えておきたいことがね」
「どんなこと?」
「お前は、ヤツの死体を抱きしめた。ちょうどいい。サイズが、おかしくなかったか?」
「サイズ?」
「とくに、脚の長さだ。ヤツは栄養不足のクソチビだったはず。それにしちゃ、あの『赤い天使』に『改造』された今……脚が、長いようにも感じる。スタイルが良すぎないか?」
「長いって……でも、左脚の『蝶』のタトゥーは、繭のだし、本人だと思う」
「皮膚以外が、加工されてるかも。肌もあちこち、はがされていたしな。脚の骨を砕いて、砕いたすき間に『詰め物』して長くしたのかもしれないが……まあ、とにかく。違和感があるんだ」
違和感。そもそも。生きている繭と、死んでいる繭では、何もかもが違った。冷たくて、硬い。それに……。
「軽かった」
「それは内臓が抜かれてるからだろう。そうだな、勅使河原くん?」
『あ、ああ。肝臓だとか、腸の大半と……腎臓も……』
「子宮はどうだい?」
クズ弟をにらみつけた。だが、こいつは無視しやがる。デリカシーとかないのか。そうだ、なかった。
『……し、子宮も抜かれてる』
「徹底的な軽量化だな。妊娠してない子宮なんて、40グラムだ。それとも、コレクションにしたいのか。じゃあ、卵巣も抜かれてるかも。生殖器に対して、変態的な収集癖があるのか。犯人は、ヤツを性的にも支配したがっているのかもしれん」
『お前、お姉さんがいる前だぞ。もうちょっと、言葉や態度は選べよ?』
「痛みは必要だよ。これ、捜査らしいし。真実の類ってのは、痛々しいもんだ。さて、内臓を抜いた。生殖器をぶち抜いた。で。姉よ。他に、違和感は?」
殺してやりたい。でも、クズ弟だけじゃない。殺すべきは犯人だ。繭の子宮まで痛めつけた? 女にとっても、命にとっても大切な場所だ。クソ。あとで、弟を殴るとして……。
「脚、ちょっと長かったような気がする。いつも、抱きしめると……もうちょい、脚は短めなんだ」
「ありがとう。柔道三段、元・プロレスラーでもある肉体言語の達人のレズよ。組み合う相手のことについては、さすがにくわしい。さて。勅使河原くん。調べてくれたまえ。脛骨、および、大腿骨に骨延長の細工がされていないか。あるいは、脚のつけ根である骨盤に変形が加えられていないか……と……」
クズ弟は黙り、こっちを見やがる。姉としての23年間の経験値が教えてくれた。私に怒られるような発言をしようとしている。さっき以上に、無礼なことってあるのか?
「……殴らないから、言え」
嘘をついた。
「……はあ。殴られる覚悟で言うけどさ。ヤツの死体、『他の人間の死体も混ぜてねえ』かってこと」
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