第二話 双子探偵 その15/感情と言語の魔法



「もったいないわね。そんなに賢いなら、医学部を中退することはなかった。あの子以外にも、助けるべき人はたくさん」


「やっぱり、いたんだ」


「……いたわ。あの遺体を見て、心を奪われそうになっている警官がいた。何人もね。ひどいのから、そうでもないのまで。誰もが、自分を気持ち悪がっていたのは救いだわ」


「「私も殺人鬼になるんじゃないか、不安なんです、先生」。『彼女』は君に言った」


「超能力者なの?」


「君は『彼女』に処方する。「すこし休暇を取ればいい。気分転換が必要よね」。正しい助言だよ。遠ざかるべき痛みというものがある」


「……そんなに顔に出てるかしら。大当たりだわ。気持ち悪いぐらい賢いのね」


「君が『受容器』として、最高なだけ。有能なんだよ。しかも、第三者であろうと心掛けているから、オレたちや警察以上に状況を俯瞰し、客観視する。つまり、科学しているってこと。今この瞬間も、オレに『感染した』からね。アプデさ。推理用のプログラムを組み込んだ」


「ウイルスみたいに言うのね、自分のこと」


「人の心は、感情と言語で作られている。言葉で、人は強くなっていくんだ。知的な意味でね。多くの言葉を聞いたし、全身で、肌で感じ取ってもいる。君は、きっと本質を見抜くよ。だから、助けてほしい」


「……はあ、どんなこと?」


「いろんなね、要素を見つけた。そいつを連想しながら、つなげてね……アタマのなかに用意した世界に落とし込んでみた。つまり、創作したんだよ。聞いてくれないかな?」


「はいはい。聞いてあげるから、どうぞ、お好きに」


「『Anthropodermic bibliopegy』って、知ってる?」


「知らないけど。言葉から、ちょっとは想像がつかなくはない……分析してあげる」


「どうぞ」


「あなたは本格的に心を病んでいるのかも。シリアルキラーになりかけの警官さんたちと、同類よ」


「あるいは、邪悪な犯人どもを、警察よりも理解しつつあるのかも。犯人どもも、病んでいるに決まっているし」


「危険なことだわ。危ないものには、近づかないように。警察に任せるべき領域よ。あんな殺人を犯すような者に、近づこうとするのは自殺行為。破滅する」


「知っている。でもね、オレたち双子は古風なアウトローだから、やることになった。じゃあ、始めよう。本格的に告白をぶっ放すから、聞いてくれ」


 彼女にオレの推理を言ってみたよ。興味深げに聞いてくれた。真帆ちゃんがいなかったら、口説けたかもしれないけれど。浮気で破滅しそうになった勅使河原くんを見たあとでは、オレでさえ一途だった。


「面白いハナシだったわ」


「小説家志望だからね。それと、もうひとつ質問。自殺の専門家に前々からの疑問を」


「自殺の専門家ってわけでもないけど」


「ごめん。心の専門家先生。聞いていい?」


「どうぞ」


「自殺者と殉教者のあいだにある、根本的な違いって何?」


「それは……」


「考えない。取り繕うのはナシ。学術的な一般論じゃない。セラピストとしてのガイドラインも忘れてくれ。この混沌とした現場に参加している君が、今このとき直感的に思いついたことがいい。それで、オレはすっきりとする。救ってくれ」


「……自殺は逃避であり目的。ゴールね。後者は、自身の信仰のために命を捧げる行為。殉教は目的じゃなくて手段であることが大切よ。神さまや理想のために尽くして、結果、死ぬ」


「ありがとう」


「参考になったの?」


「うん。オレたちは無神論者同士だけど、あの『赤い天使』のせいで、人々が死なないように祈るとしよう。自殺であれ、殉教であれ。もちろん、他殺もね」


 祈ったよ。宛先は不明。カウンセラー先生は、AIの執事にかな。


 祈ったあとで、姉と合流だ。姉は尋問もされた。思っていた以上には元気だったのが救いか。無口だが、泣きじゃくってはいない。警官のひとりがレンタルのSUVを運転してくれた。パトカーに先導されながら、田中家に戻る。見張りがつくかと期待していたが、警官どもはさっさと帰っちまった。


 田中はあいかわらずいいヤツだ。どう考えても厄介者なオレたち姉弟を追い出すこともない。さすがに田中兄妹に悪いから、姉の金で出前を取ることにした。田中が好きなピザだ。ムダに高いから普段は冷凍ピザ以外を食べないようにしているが、今日ばかりは別にいいだろうよ。そいつとビールで食事だ。「食べたくない」と姉が言おうとも、食べさせる。「腹が減っては戦もできん」。姉には魔法の言葉だ。女戦士め。


 従順だったよ。


 まだ、犯人を見つけるつもりらしい。姉の性格上、あんな目に遭わされたら、ますます、そうなってもしかたない。「たすけて」。あれは録音にすぎないけど、姉からすれば、ヤツ本人の生きた言葉だ。ようやくつるされた状態からは、解放されたから。ちょっとは助けた。だが、まだ足りない。『あいしてる』。あれは、冒涜だ。ピザに噛みつく我が姉は、世界でいちばん怖い獣の顔をしてる。


 疲れた。


 姉の部屋は真帆ちゃんが用意してくれた。いい子だ。いい大学を出て、優良な企業に就職して、オレを養って欲しい。週休三日の外資系ね。お家で仕事してくれ。オレはそのとなりで新妻とセックスに溺れがちな主夫をやりながら、ノーベル文学賞を狙うライフスタイルでもいいんだ……まあ、それはともかく。


 姉の部屋で、作戦会議だ。ハンズフリーのスピーカーモードにしたスマホで、『三人』仲良く知恵を出し合おう。文殊の知恵ってやつだな。オレ以外、圧倒的にアホだけど。



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