第二話 双子探偵 その14/聖なる猟犬
「……この事件が、社会にあたえるインパクトは、たしかにあるわ。大きな異常性を持った死のせいで、人々の価値観が変わってしまうのも、わかる」
「犯罪は、治安の悪化と相関があるような気がしちゃうからね」
「大丈夫よ。日本の警察は、優秀だわ」
「そこだね」
「そこ?」
「優秀さを求められると、病むでしょ? 君は毎日、そういう会社員を見ている。AIを使いこなして、生産性を高めることが会社員に要求されている時代なんだ。要求される能力が高くなると、ついていけなくなって壊れ始める」
「期待されている警察へのストレスも、大きい。だから、暴挙に出るって? あなたをスケープゴートにするような」
「被害者ぶるつもりはない。むしろ、加害者だ。ああ、誤解しないで。オレは姉の恋人を殺して皮を剥いで、天使に『改造』して吊るしたりしていない。でも、警察さんたちは、オレや姉を疑う。そのせいで、警察はしなくてもいい空振りをひとつする」
「空振り?」
「いらない仕事をしちまうからね。オレたちなんかに捜査のリソースを割くせいで、真犯人を追跡する能力は大きく落ちる。内部対立的な葛藤も生むだろう。水原家は地元の名士一族だし、姉は柔道金メダリストの警官とも仲良しだ」
「有名人なのね。まあ、実際……私の耳にも、その種のウワサが入ってきている」
「姉は、とくにいいやつだからね。カリスマ性があって、トモダチも昔は多かったんだ。柔道していた若手の現職警官たちに好印象の者が多い。学生時代に姉と会話したやつが何人もいるよ。そんな彼ら彼女らは、あの明るくてマジメなスポーツ少女だった姉が絶対に殺人事件などしないと信じている。でも、タトゥーだらけの今の姉を見ると、それだけで葛藤が生まれるんだ。「人は変わっちまうかも」、とかね。誤解が、認識を曇らせる。バイアス/偏向から心は逃げられない。決意や信念、有限である心の力を損ねていくんだ。ずいぶんと、警察への負担をかけちまっているよ、オレたち双子は、そういう意味でだけ加害者なんだ」
「ただの市民は、そこまで考えなくていいのよ」
「容疑者にされていなければね」
「逮捕されてもいない」
「いつ逮捕されるかわかったものじゃない。そうなったら、自己弁護をするための材料探しにも苦労する。普段の行いが良くないから、裁判でも負けちゃうかも。そもそも、世の中にあんな『改造』をやれる者がどれだけいるのか。オレは、技術と知識の面では、やれる」
「私見だけど、貴方は犯人じゃないでしょう」
「ああ」
「じゃあ、過度な心配はしなくていいのよ。きっと、警察は……私たちの味方。正義を、信じていいのよ。それって、とても『普通』で、ありふれたことだから」
「癒される言葉だよ」
話すと、ちょっとは楽になるもんだ。こういう息抜きがあれば、人はまた戦える。背伸びして、目を閉じる。三秒間のマインドフルネスを実行し……またおしゃべりクソ野郎モードに突入さ。
「……オレは、誰にも何にも責任を背負わなくていいから済むけど。警官どもは、大変だよ。さっきの失態も、遠からず、ネットに暴露されるかもしれない。死体に怯えて、逃げちまう。「彼女は生きている!」。はあ。マジでろくでもねえ」
「安定剤、出してあげようか?」
「いらない。お酒だけで、もう肝臓さんは十分にいじめているし、救われているもの」
「若いのに。飲み過ぎないように」
「飲みたくもなるよ。ねえ、カウンセラー先生」
「なに?」
「愛の告白じゃないタイプの、告白していい?」
「守秘義務があるから、どんな爆弾発言でも大丈夫よ。どうぞ。好きに言って」
「犯人あつかいしてね?」
「自供しても逮捕はしないけど」
「どうだかね。さて……じつは、オレね。こう考えてるんだ。ヤツの死体はさ、確実に、『儀式』なんだ」
「儀式、ね」
「宗教さ。聖なる存在として、祀られている」
「キリスト教でも、仏教でもないでしょ」
「それらを適当に混ぜた、新興宗教。ここらには、『アレ』の残党も流れ着いている。『ほむらがわ』の赤い悪夢を思い起こしちまっているババアもいたよ」
「滅多なこと、言わないようにね。迫害に加担することになるかも。日本には信仰の自由があるんだから」
「うん。どこに信者がいるか、わかったものじゃないし。もしかして、君もだったり」
「私は無神論者です。いちばん信じているのは、執事AI」
「オレも、無神論者の無職だ。執事AIをスマホに飼っちゃいないけど、おそろいだね」
「ええ。神さまを信じたことは、一度もないの」
「ああ。でもね。それはそれでマズいらしい。むしろ、『プレーンな状態』の方が、洗脳しやすいのかも。信仰の空白があるからこそ、取り込まれる。田中家も、そうだったみたいだしね。神さまがいない心の方が、神さまが踏み込みやすいのかもな」
「……何が言いたいのかしら?」
「ただの告白。秘めた感情の吐露だよ。解放されたい。女の子とエッチして射精するだけじゃ足りないときもある。誰かに、このバカげた推理を聞いていて欲しいのさ」
「捜査の専門家じゃないんだけれどね」
「でも、とっても賢いプロフェッショナルだ。君はこの臨時のカウンセリング部屋に入ってくる警官たちから、言葉と態度で情報を採取している。彼らのそれぞれが、どれだけ窓の外を見ようとするとか、このイスに座るために室内をどんな軌道で歩いたのかも。あらゆるものから、情報を読み取って吸収し、分析しちまっている。心の専門家だから」
「まあね」
「この事件に関し、すでに最高の『受容器/センサー』として調整済みだってトコロが理想的なんだよ。たしかに君は捜査官じゃないけれど、警官たちや現場から異常なまでの情報を得ているんだ。この事件の最高の観察者だよ」
「だから、推理を聞かせるにはちょうどいいって? ヘンテコな考え方をするのね」
「うん。でも、間違っちゃいないよね。君の視線が、オレのどこをどう見て評価しているのかを観察していると、ものすごく仕事熱心で優秀だってことはわかるよ。必死さもね。『洗脳されちまった警官』を見たんだろ。ああ、嘘つかなくてもいい。見抜けちゃうから。そもそも、ヒモにも守秘義務があるんだよ。口が堅いんだ。安心してくれ」
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