第2話 双子探偵 その13/彼女のためだけの物語


「……はあ、考えすぎ」


「かもね。そういう異常な発想するのって、心のバランスを欠いた病的なやーつの特徴だよね」


「くわしいじゃない」


「ヒモは心理に精通するから」


「はあ。医大で習った知識でしょうに」


「経験のともなわない知識なんて、役には立たんよ。中退して、町のクズどもと絡むようになってこそ、フロイトやらユングの意地悪な病みっぷりがわかってくる。病的な状態にあるときの人の心の、種類の少なさもね。教科書通りに、たしかに人は病むものだ」


「そうよ。いびつな発想をする貴方も、病んではいる」


「ああ。エリートからド底辺まで体験している、経験値豊富な天才かつクズのオレさまが病んだ。いつもなら、オレなんて病まないよ。道化を演じられるほどの技量を持つような男は、演技でだけ変人をやる。でも、今回はマジで病みかけている。なんでだ?」


「それほどの、異常な状態だから」


「同意できる答えだね。世の中って、けっきょくのところ『普通』が支配している。猟奇殺人事件が、社会にインパクトをあたえてしまうのは、『普通』の真逆すぎるから。『異常』に対して、人心はとてつもなく脆い。社会の根底を支えているはずの

『普通』が壊れちまえば、文明が変わったような感情が芽吹いちまう。小学校の校門に、子供の生首を配置するだけで、世間は大さわぎ。法整備をみんなが訴え始める」


「今も、そうだと?」


「そうだよ。若い女の死体を、天使に『改造』して、インターネットでさらしちまった。まだあのグロ映像を見ていなくても、情報は拡散していく。止まらない。世の中に新たな価値観を呼び込むような不安が刻まれちまった。世の中は、変えられちまう」


「貴方も不安?」


「病的な拒絶を試みよう。「オレのことは、関係ない」。ほら、主観と客観の区別ができない、神経発達が未熟な患者みたいな態度に思えるかもしれないけど、オレは大丈夫だ」


「専門知識を使いこなす相手は、厄介よね」


「君も、天使に吸われつつある。この職場にいたら、そうなるよ」


「注意はしておくわ」


「解放されることはない。この部屋から出て、お家に帰ったあとでもね。殺人鬼はどこかに実在すると君は信じるし、職場にいるよりプライベートの方が怖いだろ。君のすぐ近くにいるかもしれないし、追いかけてくるかも。君は窓のロックを確認し、カーテンを閉めて、マインドフルネスでも試みる。ヨガか瞑想かも。でも、ダメさ。マジメだから、きっと天使を連想する。お風呂に入って、そのあと好きなアールグレイに救いを求める……ああ、ごめんね。嗅覚がいいんだ」


「精神科医にでもなれば良かった」


「あれ、うさんくさいからやだ」


「そう? どんなお医者さんになりたかったの」


「『父親殺し』をしたかった、みたいな分析をしないでくれよ。両親へのコンプレックスじゃない。医大は『父親殺し/親への反発』に失敗した連中の巣窟だけど、オレはそうでもない。ただの知的好奇心で医大に行っちまっただけ。つまり、覚悟が足りなかった」


「中退したのは、挫折があったから」


「成績は常にトップだったよ。でもね、女の子と会った。両親から虐待されてて、物理的な暴力という外力と、栄養不足、予防接種0のせいなどなどのあげく、体の臓器があちこちダメになってた。でも、社会は必死に彼女を生かそうとして、ベッドに寝かせてチューブまみれにしていたよ。意識だけはあってね、しゃべれもした。賢くて。もうすぐ死ぬって、理解してもいた。8才なのに、かわいそうだ。親は刑務所にいるから、会いにこれない。刑務所にいなくても、会いにこなかったかも。本を読んであげた。好きなんだって。図書室は、いじめられっ子の聖域だ。イケメンのオレに懐いてくれたから。オレはね、周りが止めるのにも関わらず、かまってあげた。素敵なつくり話を、してあげたよ。オリジナル。彼女のためだけの物語だ。死後の世界は、きっと楽しい。何もかもが、満たされている。いい結末を、考えていたんだけれど。聞かせてやれなかったなあ」


「だから、中退した」


「医療の現場は、舐めちゃいけないね。超ド級の不幸がある。フィクションなんて、目じゃないほどの苦しみが、ありふれている。距離感を保つのが、必要だった。じゃないと、共倒れだ。でもね、罪悪感は、行動を促すんだ」


「小説家志望ね。物語が心を救う力を、貴方は思い知らされた。結末は、届けられなかったけれど」


「そうそう。可愛いだろ。もとから、小説家になりたかったわけだけどさ。何か、あの体験が強化してくれているのは事実だ。そのあとの、恋愛傾向とか、もろもろにも、影響があたえられてる」


「死が持つ影響力は、とても大きい」


「そうだよ。それが特殊であるほどに、折り合いがつけがたくなる。『普通』ってのは、とても幸せなんだ。でも、誰しもにあたえられるわけじゃない」


「話してくれて、ありがとう」


「ほら。だから、「オレのことは、関係ない」だったんだ。これは、事件とは関係ない脱線だな。肝心なのは、今のこと。君やオレや、警官たちや世の中のために。この『異常』な事件を、どうにかしようじゃないか。分析を、手伝ってくれよ、心の専門家先生。あんたは、上手く距離感を掴めた点で、オレよりはるかに優秀な医療人の才能があるんだ」



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