第二話 双子探偵 その12/カウンセリング


 県警の呼んだカウンセラーは、青い顔をしている。ゴールデンウィーク明けで、五月病の群れと戦うだけでも大変な時期だろうに。あの『箱』の近くにある漁協のビルの一室で、オレもカウンセリングを受けることになった。


「警官どもによる『赤い天使』被害者の会だけじゃなく、オレまでカウンセリングしちゃうことになると、疲れちゃうよね!」


「1ダースの警官が、退職しちゃいそうな勢いよ」


「殉職するよりマシ。トイレで拳銃自殺するより前に、転職しようぜ」


「それ、笑えない」


「じゃあ。もっと笑える言い方を選ぼう。みんなトラウマを背負い過ぎたから、インポテンツ/勃起不全になるかもしれないな。あるいは、犯罪心理学を題材にしたドラマの『ネタ元』たちのように、死体に対してしか欲情できなくなっちゃうとか」


「後半は笑えない。殺人鬼警官の誕生とかに、立ち合いたくないの」


「だろうね。気にするな」


「はあ。おしゃべりなインテリは、厄介だわ」


「君の周囲の人間関係には同情するよ」


「心理分析をしかけないの。それは、私がする係。まあ……ちょっと、分析しすぎて、疲れ果てているけれどね」


 そのあげくに、オレみたいな男の相手をすることになる。働き改革なんて、やっぱり幻想なんじゃないかね。あらためて思う。無職で良かったよ!


「君のせいじゃないさ。悪いのは、犯人。さあ、気楽に行こうぜ」


「カウンセリングするのは、私なんだけれど」


「オレはいらない。人間の心を、持って生まれなかったから大丈夫。姉は?」


「お姉さんも、落ちついているみたいよ」


「だろうなあ。ヤツの他人でしかない警官どもとは異なり、覚悟が違う。あんな『トリック』に遭遇してもね」


「……ひどいイタズラだわ。『犠牲者の声を録音していた』なんて」


 ネタは単純だった。あの倉庫の天井裏に、隠しカメラとマイクがあっただけ。警察が調べているはずで、その調査を一度は乗り切っている時点で、恐ろしく有能だが……。


「そいつで、リアルタイムにこちらを見ていた。姉がやって来るのを、待っていたんだよ」


「これだけ倉庫を好きに使われるなんて……」


「『それがやれる犯人』ってことだろ。推理するまでもねえハナシだ。これなら逮捕は、遠からず……だと、いいんだがな」


「探偵ゴッコでもしているの?」


「お医者さんゴッコならやれるよ、医学部中退だから。高度なやつをね」


「軽口や汚い言葉を使って、相手から主導権を奪おうとする手口かしら? 『相手の鼻先に、まず一発食らわせろ』」


「そんなつまらないこと企んじゃいないよ。ねえ、心のプロさん」


「何かしら、医学部中退くん」


「自殺者、激増するかな?」


 彼女はしばらく考えたあとで、うなずいた。


「時期が良くなかったわね。ゴールデンウィーク明け。コロナもあったし、海外じゃ戦争ばかりよ。ただでさえメンタルが不安定になる時期に、あんなものがネットに流れた」


「エグイ映像って、人の心を壊すときがあるからね。うちの母校であった講演会でさ、赤ちゃんの出産シーンを流してくれた女の大先生がいたんだ」


「そ、それは」


「女子が悲鳴をあげて、倒れたよ。三人もね。たかが出産シーンの映像だけでも、ああなるんだ。きっと、エイリアンを見ている気がしたんだろう」


「昔の映画、知っているんだ」


「うん。小説家志望だから。名作はよく見ている。きっと、倒れた三人は、連想しちゃったんだね。チェストバスター」


「あれ、エグイわよね」


 古典的映画のネタが伝わるなんて、さすがはセラピストだ。


「女って、大人になって妊娠しちゃうと、アレをしないといけない。出産だ。体を裂いて、血まみれの赤ちゃんが自分の体の奥底から出てくる。そう思うと。女の体っていう自分自身のことが、怖くて、しょうがなくなったんだよ。それだけで、人は気絶できる」


「出産は、恐怖の象徴でもあるからね」


「そうだよ。でも、まだ得体の知れる存在だ。だから、知性で処理可能。ありふれた現象に過ぎないという側面もあるからね。しかも、基本的にハッピーなことだから」


「猟奇殺人は、そうじゃない」


「うん。ヤツのグロイ死体を見せつけられたら、心ぐらい壊れちまう。しかも、さっきは死体のくせに、しゃべったんだぜ。「たすけて」って。オマワリさんが反応しないといけない言葉でもある。だから、オレ以上に集中して、聞いちまったはずだ」


「受け入れがたいものは、自分の心の平穏を壊してしまう」


「そういうこと。それを、警察も身に染みてわかってる。1ダースの警官が心を病んだ。職業倫理の決意と、経験値で守られたメンタルが、あっさりと壊されてる。頼り甲斐のある君まで、そばにいてくれるのに。じゃあ、それらが一切ない『一般市民』は、どうなるんだよ」


「想像すると、気分が悪くなるわ」


「だから、『誰でもいいから逮捕しろ』という意志を固めているのかも」


「さ、さすがに、オマワリさんたちもそんなこと考えないんじゃ?」


「誰かが犠牲になれば、自殺者は抑えられるかもしれない。算数としては、正しいよ。生贄ひとりで、大勢の自殺者が減るかも。オレが県警本部長で、法より人命が大切な善人だったら、やってるよ」



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