第5章 カーテンコール
そうして、瞬く間に時は過ぎ、ファッション•ウィークは開催され、あれよあれよという間に最終日を迎えた。
どよめきと共に始まったショーを舞台袖で見守りながら、フィオは応援に駆けつけたマダム•リナリーを仰ぎ見る。話したいことはたくさんあった。聞いて欲しいこともたくさんあった。だがそのどれも言葉にならなくて、結局吐き出せたのはどうでもいいことだった。
「ねぇ、マダム•リナリー。ホルディって、すごい人だったのね」
「ええ、そうよ。フィオちゃん、知らなかったの?」
きょとんと目を丸くするマダム•リナリーに、そうではないのだとゆるく首を振る。
「すごいんです、本当に。今回一緒に作業をしていて、音楽が世界の共通言語だって、思い知らされたんです」
あの時。フィオの手から生み出されたラフ画を元に奏でられた旋律を耳にした瞬間、全身が貫かれた。それほどの衝撃を受けた。
ホルディの手から生み出された音は、フィオの世界そのものだった。未熟で幼い出来損ないから羽ばたいとは思えないほど、思い描いていた世界があますとこなく表現されていた。
その感動を、何と言おう。
それはきっと、芸術家同士にしかわからない領域で、分かち合うのも惜しいひとときだった。
「……いい音」
目を閉じて、耳を澄ます。フィオの服を着て歩くモデルを見るよりも、彼が生み出したフィオの世界を象徴する音楽を聴いていたい。
夢見心地のまま、ショーは進む。音楽も時と共にクライマックスを迎え、カーテンコールの時間になった。
次々に挨拶を終えて舞台を彩った者たちがはけていく。その最後に彼はいた。渡されたマイクを受け取って、にやっと口角を上げる。
「どうだお前ら!度肝を抜かれたか!抜かれただろう!何せこれまで見たこともない服だっただろうからな!それなのに主役がいないなんて興醒めだ!!」
舞台のど真ん中、楽しげに笑ったホルディが高らかに叫ぶ。
「フィオ!オレの救世主!出てこいよ!お前のおかげで舞台は大盛況!満員御礼拍手喝采!お前がここにいなくてどうするんだ!?」
「え、えええええっ!?」
「ほら、行ってきなさい」
こんな衆人環視の中行けるわけがないと怖気付くフィオの背を、マダム•リナリーが無情にも押した。
舞台を照らす光が全身に降り注ぐ。視界を灼く白に呻き声が溢れ、息が止まった。
たたらを踏んで舞台袖から転がり出てきたフィオを、観客が見ている。誰だあれはとざわめく声に冷や汗が背を伝った。
怖い。さっきまで熱狂していた空気がみるみる沈静化されていく。あれだけ華々しく終わろうとしていたのに、不穏な空気が広がっていくのがわかる。
身分を失い、自分のブランドも持たない無名のフィオは、ただの不審者だった。今日の衣装案を手がけたとはいえ、場違いすぎた。
「……あっ」
足が震える。逃げ出したいのに、動けない。どうしよう、と五文字が頭をぐるぐると巡る。吐きそうだ。
フィオは顔色を失ったまま立ち尽くす。舞台中央に行くことも、引っ込むこともできない。
涙で滲んだ視界の先で、ホルディだけがただ楽しげに笑っている。
「刮目しろ!こいつが今回の立役者、フィオだ!お前らが感動した服は、全部全部こいつの作品だ!」
ばっと身を翻して近づいてきたホルディが無遠慮にフィオの手を掴み、引っ張った。鈍い痛みが手首に走る。痛い、と小さく抗議するがホルディは耳を貸してくれない。ぐいぐいと舞台中央まで引っ張られて、肩を組まれた。熱い。ライトの熱だけではない。布越しに伝わる彼の体温に頬が紅潮する。
「わかったら平伏しろ!褒め称えろ!作り手には敬意を払え!お前たち消費者には一文の価値もないが、こいつには百億の価値がある……!」
「…………っ!」
羞恥と恐怖の念を上回る感動で、心が震えた。
貴族であった頃、フィオには何の価値もなかった。家族からも愛されず、家のための道具になることもできず、路傍の石以下の存在だった。服が好き、と言っても誰も聞いてくれなかった。趣味で描いたラフ画を評価してくれる人もいなかった。
フィオ•アルケイデアには、何の価値もなかった。
でも。
「さあ、皆の衆!繰り返せ!彼女はフィオ!期待の新人デザイナー、フィオだ!」
マダム•リナリーに絵の才を認められた。
ホルディに唯一無二のセンスだと努力を買われた。
そして今、無価値のフィオに、ホルディが箔をつけようとしてくれている。
言葉もなく立ち竦みながら、フィオは観衆を見る。椅子に座っていた彼らが一人、また一人とまばらに拍手をしだす。フィオ、フィオ、と名を口ずさむ。やがてそれは大きなうねりとなって、割れんばかりにホールを満たした。
「な?この晴れ舞台には、お前の愛が、芸術が最適解だった!」
悪戯っ子みたいな顔をしてホルディが笑う。太陽のようなその笑みを見て、フィオも破顔する。
世界が変わった瞬間だった。
程なくして、王都には新しいブランドが立ち上がり、従来とは違う路線の夜会服が流行した。
デザインを一手に引き受ける少女は、訪れる客を迎えて朗らかに言う。
「パンクとゴシックのお店へようこそ」と。
後日。マダム•リナリーはこう言った。
「消費者の有り難さもわからないあのお馬鹿さんにしてはいい働きをしたわ。あの傍若無人の権化の言葉でなければ、無名の新人の作品を素直に受け入れるなんてできなかったでしょうからね」と。
ノンデリ青年と原石少女 言ノ葉紡 @rfj4y7ig
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