第3話(終)


 結婚式をしている間、私は少しも退屈しなかった。

 プリンセスと王子さまがあんまりキラキラしているものだから、見惚れているだけで時間が過ぎていった。

 ほとんど座っていたし、ときどき立ったり拍手したりするくらいしか動けなかったけど、ぜんぜん嫌じゃなかった。

「じっとしていて偉かったね。小さなプリンセス。」

 お部屋を出る時、全然知らない、今日初めて会った、たぶん王子リヒトの知り合いの人に言われた。

 私はこういう時、なんてお返事をしたらプリンセスっぽくなるのか、わからなかった。

 だから、ニコッてしてみた。

 そうしたら、ニコッが返ってきた。


 みんなでお城のご飯を食べて、小さなプレゼントを貰ったら、結婚式はおしまい。

 私たちは、結婚式場からドンドンと離れていく。

 すると、なんだか魔法がとけていくみたいに、普通が戻ってくる。

 結婚式場の近くには、おめかしした人がたくさんいた。

 でも、普通の中には、ほとんどいない。

 だから、おめかししていると、変な人みたいに見える気がする。

 ああ、だからリナお姉ちゃんは、普通の人のふりをしていたのかもしれない。

 普通の世界では、プリンセスであることを隠さないと、ちょっと変になっちゃうからって。



 それから何日かたった。

 結婚式で会ったばかりだけれど、写真や動画を一緒に見ようよって、おじいちゃんの家に集まることになった。

 いつもの格好でおじいちゃんの家に行くと、いつもの格好をしたリナお姉ちゃんと、普通の格好をした王子リヒトがいた。

「結婚式、来てくれてありがとう。」

 リナお姉ちゃんと王子リヒトは、結婚式が終わった時にもプレゼントをくれたけれど、今日もプレゼントをくれた。

 今日のプレゼントは、とってもかわいいヘアブラシだった!

「ありがとう!」

「どういたしまして。」

「あ、そうだ。ねぇ、リナお姉ちゃん。」

「ん?」

「リナお姉ちゃんって、本当はプリンセスだったんだね。いつもは普通の人みたいにしてるんでしょ? ねぇ、昔はお城で暮らしていたの?」

 私はとっても真面目に問いかけた。

 でも、大人たちは、「あっはっは!」って、みんなして笑った。


 ぷくう!

 私はどうして笑われているのかわからなくって、何を言ったら笑うのをやめてもらえるのかもわからなくて、ほっぺたを膨らませた。

 私なりの、不満を表す顔だ。


 リナお姉ちゃんは、ぷくぷくになった私のほっぺたを、やさしくツン、とつついた。

 ぷうう。

 ためた空気が、唇を震わせながら逃げていく。


「わたしは、普通の人だよ。でも、そうだなぁ。小さいころに、結婚式の時だけプリンセスになれる魔法を、とある魔法使いさんにかけてもらったかもしれない。」

「え、だれ? その魔法使いさん、どこにいるの? 魔法使いさんに魔法をかけてもらったら、私もいつか、ちゃんとしたプリンセスになれるかなぁ。」


 リナお姉ちゃんが、おばあちゃんを見た。

 おばあちゃんが、お母さんを見た。

 お母さんが、微笑みながら、私に近づいてくる。


「いつか、リナお姉ちゃんみたいに、素敵な人と出会って、新しい世界への扉を開くのよ。わたしの大事なプリンセス。」


 ギューッてされた。

 ぽんぽん、って、頭を撫でてもらえた。

 ああ、わかったぞ!

 リナお姉ちゃんの魔法使いさんはおばあちゃんで、私の魔法使いさんはお母さんなんだな?


 初めてリヒトさんに会った時は、リナお姉ちゃんをうばう怪盗だと思った。

 だけど今では、リヒトさんはいつでも王子さまに見える。

 私も、こんな素敵な王子さまと一緒に、ドレスを纏って微笑みながら、真ん中の道を歩きたいな。

 大丈夫。この夢は、きっと叶う。

 だって、魔法使いさんに魔法をかけてもらったからね。

 だけど、ちょっと不安。

 だって、お母さんは普通の人だもん。

 あの一瞬だけ、魔法使いさんになれる普通の人かもしれない。

 でも、もしかしたら、一瞬すら魔法使いさんになれない、普通の人かもしれないもん。

 お母さんには申し訳ないけど、ちょっと信用できない。

 だから私は、とってもかわいいヘアブラシで髪をとかしながら、鏡の向こうにいる私に、よく話しかけることにしてる。


「いつか、王子リヒトみたいな、素敵な人と出会って、新しい世界への扉を開くのよ。プリンセス。」


 鏡の向こうの私が、おしとやかに微笑む。

 いつか、本物のプリンセスになるんだ。

 大丈夫。私は、なれる。プリンセスになれる!

 鏡の向こうの私に、キラキラのシャワーが降り注いだ。

「よーし、遊びに行くぞーっ!」

 プリンセスになるまでは、私は普通の子。

 いつもみたいに、元気に遊ぶ。

 いつかちゃんとしたプリンセスになって、おすましするその日まで、元気いっぱいに遊ぶんだ!






おしまい



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プリンセスのまほう 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya

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