第2話


 大人たちが、包みから分厚い封筒を出したり、何かを書いたりし始めた。

 これは、なんだろう。

 よくわからないけれど、結婚の儀式のひとつなのかな。

 こうして少しずつ、リナお姉ちゃんは怪盗リヒトのものになっちゃうのかな。


「どうしたの? リリ、緊張してる?」

「ん? うーん……。ちょっと、だけ?」


 儀式の途中で、召使みたいな人がくれたオレンジジュースを、ちょっと飲む。

 濃い。

 プリンセスはいつも、こんなに濃いオレンジジュースを飲んでるの?

 いいなぁ、プリンセス。


 大人たちが何かわからないことをしているのを、私はぼーっと見てた。

 そうしたら、召使みたいな人がやってきて、「お時間です。」って言った。

 大人たちに、ビビッて電気みたいなものが走った気がした。

 だってその時、急にみんなの顔が、キリッとしたんだもん。


 小さい声で真面目そうなことを話しながら、みんなはきれいな廊下をすたすた歩く。

 私は置いていかれないように、とっとことっとこ歩いた。

 でも、きれいな廊下を歩いていたら、ふと、気づいた。

 ここは、プリンセスの世界。とっとことっとこ歩くなんて、プリンセスらしくないですわ!

 もっと、プリンセスみたいに歩かなきゃ!

 っていっても、どうすればプリンセスになれるんだろう。

 とたっとたっと歩いていたら、お母さんに「ふふ。」って笑われた。

「プリンセス、手を。」

 手を繋ごうって言う時にする、いつもの仕草と全く同じだった。

 でも、言葉が違うだけで、気分も違う。

 お母さんと手を繋いで歩き出す。これでいいのかわからないけれど、なんだか少し、本当にプリンセスになった気分になる。


 結婚式をするお部屋につくと、私はとってもびっくりした。

 天井が高いし、大きなガラス窓の向こうに見える空とお庭がとってもきれいだった。

 なんだか、お城で流れていそうな音楽が鳴ってる。

 ピアノみたいだけどピアノじゃない、何かを誰かがひいている。


「さぁ、もうすぐリナお姉ちゃんが来るよ。」


 席に座って待っていたら、お父さんが小さな声で言った。

 私はとっても、ドキドキした。

 

 ギィッと大きな扉が開いた。

 その奥には、おじいちゃんと、おばあちゃんと、プリンセスの格好をした人がいる。

 あれ、リナお姉ちゃんなの?

 顔を薄い布みたいなやつで隠しているし、いつもはメガネをかけているのに、今はメガネをかけてない。

 あれは、リナお姉ちゃんとは違うプリンセス?

 うーん、よくわかんない。


 おじいちゃんとプリンセスが、真ん中の道を歩き始めた。

 私のすぐ近くを通る時、プリンセスは、私に向かって微笑んで、小さく手を振ってくれた!

 プリンセスに手を振られた!

 私も真似して、小さく手を振る。

 私から、大きなガラス窓のほうに目をうつした、薄い布の向こうにあるプリンセスの顔を、じっと見る。


 あ、リナお姉ちゃんだ!


 いつもと違う。でも、確かにリナお姉ちゃんだ!

 私の頭の中は、考え事でいっぱいになった。

 リナお姉ちゃん? だけど、プリンセスにしか見えない!

 もしかしたらリナお姉ちゃんは、実はもともと、プリンセスだったのかもしれない。

 いつもはプリンセスであることを隠して、普通の人みたいに生きていたのかもしれない。


 リナお姉ちゃんを、もっともっとよく見てみる。

 おじいちゃんが、怪盗リヒトにリナお姉ちゃんのことを任せた。

 怪盗リヒトとリナお姉ちゃんが、さらに先へと進んでいく。

 ああ、もう!

 怪盗リヒトが王子さまに見えてきた!

 普通の人みたいに隠れて生きていたリナお姉ちゃんを、かっこいい服を着た王子さまが迎えに来たってことなの?

 素敵。

 素敵すぎる!

 私も、いつか、王子さまに迎えに来てほしい!

 ああ、でもなぁ。私はただの、普通の人。

 プリンセスであることを隠して生きてるわけじゃないもんな。

 普通のお父さんと、普通のお母さんと一緒に暮らしている、普通の子どもだもんな。



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