第64話 妖狐の中で
「夏樹さん! 同情してはダメです! 夏樹さん!」
妖狐の中で意識を失いそうになり、冬樺の声で我に返った。
「これは父の策略です。自分を見失わないでください!」
「さくりゃく?」
「あなたを取り込もうと企んでいるんです。同情を誘い、同調させて、あなたの生きる気力を失くそうとしているんです。取り込まれないでください」
「でも、妖狐の番を退治したんは、オレの先祖みたいやねん。恨まれる理由があったんや。復讐されても仕方ないやん」
夏樹は寝ぼけているような、ふわふわとした感覚の中にいる。冬樺の言葉が信じきれなかった。
「先祖が妖狐を退治したのはなぜですか? 僕たちが、所長たちが退治をするのは、なぜですか? 妖だからしているわけではないでしょう。退治する理由を考えてください。夏樹さんがダルマに向かって行ったのは? 野寺坊たちを退治したのは? 今回僕たちが妖狐を追ったのは?」
「理由? 退治の理由」
「そうです。すべて同じ理由からでしょう?」
冬樺の必死な言葉に、夏樹の頭が覚醒に向かう。
「退治する理由は、人に害を及ぼしているから」
「わかっているじゃないですか。だったら、先祖が番を退治したのもわかるでしょう」
「人を襲った?」
「そうです。僕は番の中にいました。妖狐のやってきたことを、垣間見ました。心から嫌悪する行為を行っていました。退治されるには、理由があるんです」
「わかった。もう大丈夫や」
妖狐の中にいたことで影響を受けたのか、妖狐に同情する気持ちが強くなっていたが、都合のいい所しか見せなかったのは、妖狐の作戦だったと気がついた。
もういい。こんな汚い手を使って夏樹を取り込もうとする妖狐の中にはいたくない。
「外で待っています」
冬樺の声が遠ざかっていく。
夏樹は霊力を使って、妖狐の意識から飛び出した。
*
「失敗したか」
チッと舌打ちが聞こえた。
意識が戻った。どこにいるのかわからなくなったけど、目の前に妖狐がいて、戦闘中だったことを思い出した。
「おまえ、汚い手使うなや」
「あれは、儂が経験した事実だ。千年近く前の過去に。妖だからと排除する人間など、憎悪する対象以外なり得ない」
「ふざけんな。おまえらが人を襲うからやろう」
「儂らにとって人間は食事だ。牛や豚や鶏、昆虫すらも食べ生を繋ぐ人間と、何が違う。儂らとて、霞で生きていける体ではないのだ。何かしらを摂取せんと、妖力を保てない。保てなければ消えてしまう」
「おまえらも人と同じもん食えばいいやろ。今を生きてる妖は、人と同じもん食べて、生きようとしてる。牛鬼は人やなくて、給食食べてた。座敷童子は奈良の名物食べてた。付喪神は毎日お菓子作ってる。食べる必要のない体でも、美味しいって食べてる。かまいたちとオレは弁当を分けて食べた。みんな、生きるために人の社会に馴染もうとしてる。楽しんでる妖かておる。おまえはそんな努力したんか。人を助けて自分を犠牲にしようって、欠片でも思ったことあるんか」
「あるわけなかろう。人など助けるに値せん。いや、儂は儂以外の生き物を助けようとなどど思わぬわ」
「息子でも?」
「当然だ。儂は存在するからこそ、儂なのだ」
「意味わからん。自分のことしか考えてへんってことやな」
「それこそが、儂だからな」
「オレ、個性ばりばりの妖ら好きやけど、おまえは無理や。仲良くなりたいとも思わん」
「ぐわはは。そこだけは考えが合うようだな」
顎を大きく開いて嗤った妖狐が真顔に戻った瞬間から、再び戦闘開始となった。
次の更新予定
古都奈良 妖よろず相談所 衿乃 光希 @erino-mitsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。古都奈良 妖よろず相談所の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます