第63話 妖狐の過去
青い空を駆ける。すぐそこに雲が迫ってくる。
一転、急降下。遥か下に見えていた地面に降り立った。
再び跳躍。
空を飛ぶように移動する。爽快な気分だ。
これは妖狐の意識の中に入っているのかな、と夏樹は感じた。
どうやら妖狐の中で、過去を教えてもらえるらしい。
重力に逆らうように跳びはねることが、こんなにも楽しいなんて。
妖狐はほかにもいた。三尾が一匹と一尾が二匹。
四匹は一緒に跳びはね、山を森を川を越えていく。
三尾は
家族で自由に飛び跳ねる楽しさを妖狐が味わっているのを、夏樹は感じていた。
場面が変わった。
妖狐の感情が、怒りに溢れている。
ガルルと唸り声を上げながら、周囲を見渡した。
十数人に取り囲まれている。
彼らは現代人ではなかった。袖の長い着物の上に鎧をつけ、背中に矢の尾羽が見え、腰には太刀を佩いている。左右のこめかみには小さな扇のような物をつけていて、変わった帽子を被っていた。
妖狐が体を振っている。思うように身動きが取れないようだ。
視線の先に、三尾の番が倒れていた。
全身から妖力が立ち昇っている。
「よくも、貴様」
番の傍にいる男に、憎しみの感情を向けた。
男は細長い紙のようなものを、倒れている番に向けて投げた。
それが貼りついた箇所から番の体は霧散していき、さほど時間をかけずに消滅した。
「貴様貴様貴様ー!」
妖狐が怒りで体を震わせ、咆哮を上げる。
怒声を浴びせられても、表情を変えなかった陰陽師が、目を見開いた。
妖狐を束縛していた拘束がほどけていた。
近くにいた男に噛みつく。悲鳴を上げた別の男に飛びかかり、爪を立てた。
陰陽師が急いで紙を取り出し、何かを唱えた。
紙が、妖狐めがけて飛んでくる。
躱したはずのはずの紙は、妖狐の傍を飛び回り、背中に貼りついた。
ギャアアと悲鳴を上げる。
一方的な殺戮をやめ、妖狐は陰陽師から距離を取る。
「この恨み、必ず晴らす! 貴様の血が絶えるまで、忘れん!」
捨てセリフとともに、妖狐は跳んだ。
番を失い、自らも傷ついた妖狐は、人の入って来られない深い山で、数百年間眠りについた。
その哀しみに触れ、夏樹も心が痛かった。
大切な人を失う哀しみと怒りは、記憶を取り戻した夏樹には、痛いほどよくわかった。
眠りから醒めた妖狐は、仲間の行方を探した。が、子どもたちも退治されたのか、匂いを追えなかった。
妖狐は一人きりで、ある場所にやってきた。
そこは、夏樹にとって懐かしい場所だった。
記憶の中にあるお地蔵さまの姿。
その先には、夏樹が暮らしていた里があるはずだった。
だが、妖狐はなぜか先に進めなかった。
くんくんと匂いを嗅く。番を倒した陰陽師の匂いがした。
けれど、時が経っている。あの陰陽師が生きているわけがなかった。
おそらく、里に子孫がいたのだろう。
力が戻った妖狐は、恨みを果たすべく里に来たのだろう。
だが里に入れない。
お地蔵さまには結界の役目があったからだ。
姉たちにお地蔵さまを越えてはならないと、さんざん言われてきたのは、これが理由だった。
結界内にいれば、妖狐は入ってこられない。しかし越えると匂いを感知され、妖狐に襲われる。
夏樹もそこまでは知らなかった。長い時の中で禁止事項だけが残り、理由は失われてしまったのだろう。
復讐を果たせない妖狐の深い哀しみが、ずきずきと夏樹の胸を刺す。
つらいだろうなと、同情した。
番や仲間が退治されたのだ。復讐だけが心の拠り所だっただろうに。
満月のあの日、妖狐が里に侵入できた理由はわからない。
お地蔵さまの結界の力が弱っていたのだろうか。
それとも、妖狐の力が勝ったのか。
家族を失った復讐を果たすと誓った想いが強かったからか。
あの陰陽師の子孫が生きていたのなら、里が襲われても仕方がなかったのかもしれない。
妖狐の復讐は、まだ終わっていない。
里出身の夏樹が生きている限り、終わらない。
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