一話 吸血鬼-10
仮説を確かめるため京一は白雨と何故かついてきた彪、朧と一緒に大学附属病院の前に立っていた。
「盲点でしたよ」
そう言って白雨は目の前の建物を見上げる。
「犯行にあった女性たちは皆ここと関係がある人間だった」
「看護師に研修生、医者……。最初から経歴を詳しく見ておくべきだったな」
それでも注目しなかったのはただの共通点のない女性の被害者として一括りに見ていたからだろう。
写真に派手さがないのは仕事に関係があるのではないかという京一の推測は当たりでいずれも医療従事者だからだということに職務経歴欄を見て気づいた。
「子どもを手を出したことからおそらく通称吸血鬼とされる犯人は近ごろ小児科……、子どもが対象の医療担当に移った男性スタッフだと考えられます。先の事件の被害者もこの小児病棟にいた患者だったようですし」
「聞きこみをしてきます」
そう言って彪がナースセンターに行った。この中で一番社会人然としているのは彪なのでその役目は適当といえるだろう。
朧は周りの人間から時折視線を向けられていたが微動だにしない。
最初に会った日と同じように彪は黒スーツを隙なく着こみ、朧は丈の長い白コートを着ている。
二人とも手脚が長くモデル並みの容姿ーー言葉通り人間離れしているので、一般人の反応は興味半分近づき難い雰囲気半分といった感じだ。
京一はもちろん後者だ。二人の本性を知っているのでなおさらそうだといえる。
「話を聞けました」
そう言って彪が戻ってくる。
黒革の手帳を見ながらスラスラと言う。
「容疑者と思われる人物の名前は
パタンと手帳を閉じると彪はじっと廊下の奥を鋭い視線で見つめた。
「この先に小児病棟があるらしいです。行きましょう」
連れ立って歩く男四人組を周りの人間は奇妙な目で見る。
目立って仕方ない。
やはり四人揃って来る必要はなかったのではないかと京一は内心思うが口には出せなかった。
消毒液のにおいがツンと鼻をつく。
子どもの患者が多いだけあって廊下には色がついた飾りが多い。白が基調の病院でここだけが色彩豊かに見えた。
車椅子を引いている病院の制服を着た青年がその時通りかかった。
骨に皮膚が貼りついているだけのような細い腕、短く切り揃えた髪に神経質そうな血色の悪い顔をしている。
「すみません、少し話を伺っても?」
彪が青年に近づいた。
「……はい?」
小さな声を半音上げて、青年は言った。
「赤木さんであっていますか?少し話を伺いたいのですが」
不審そうな顔で彪を見ていた青年は次の瞬間目を見開く。
車椅子を勢いよく彪たちのいる方へ押しのけて駆け出した。
それが答えということだろう。
「危なっ」
京一が投げ出された車椅子を支える。
人が乗っていなくてよかった。
「待て!」
彪が舌打ちする。
走り出そうとしたところに朧が足を出したので姿勢を崩しそうになった。
「なにするんですか」
噛みつきそうな勢いでそう言う。
「怒るなよ。廊下で走るわけにはいかないだろ」
なんの騒ぎかと患者やスタッフが集まり出していた。
「そう遠くには逃げられないはずだ。裏に回るよ」
そう言って早くも踵を返す。
「僕らも行きましょうか」
白雨が京一に声をかけてその背中に続く。
不承不承といった顔で彪も後に付き従った。
建物の裏側に出たが人は見当たらない。
彪があたりを素早く見回った。
「いません」
「どこに行ったんだ?」
京一もあたりを見渡した。
病棟の裏側にはフェンスが張り巡らされていた。
京一の身長より高さが倍ほどもある金網はよじのぼるには到底向いているようには見えない。
あたりをうろうろと歩いてから白雨は持っていた唐傘で金網を押した。
「見てください」
全員が白雨の周りに集まる。
「ここの網目がわずかながら破けています。おそらくここから出たんでしょう」
確かに網目が裂けている。
裂けている部分は狭いが赤木は随分痩せていたのでそこから通り抜けたのだろう。
よっこらしょ、と白雨は身を屈める。
「僕と京一さんはなんとか入りこめそうですが……。朧さんもいけそうですね」
朧はコートを脱ぐ。
服のサイズやラインで隠れていてわからなかったが確かに痩せていた。どこか、病的なほどだ。
網目を観察してから頷く。
「僕は抜けられそうだけどお前はどうする?」
そう言って彪を振り返る。
細身とはいえこの中で一番体格が良く、大柄な彪が通り抜けるのは難しそうだ。
「壁伝いに向こう側に行けそうな場所を探します」
はあ、とため息をつく。
「先に行ってください。すぐに追いつくので」
白雨はわかりました、と言うとすでに金網を潜り始めた。
慌てて京一もそれに続く。
最後に朧が行こうとしたところで彪は声をかけた。
「気をつけてくださいよ」
「……わかってる」
「コートを貸してください」
面倒くさそうな顔をしながら、朧は彪にコートを渡す。
「汚れるといけませんから」
「急がなくていいのかい?」
「言われなくてもそのつもりですよ」
そうして、互いに背を向ける。
ちらり、と一瞬振り返って朧を見たが彪もすぐに駆け出した。
「ここは……」
金網を乗り越えると小さな駅に出た。
「ここに入ったみたいですね」
「何でわかるんだ?」
「足元を見てください」
泥のついた足跡が続いていた。
「まだ乾ききっていません。地面がぬかるんでいたので跡になって残っているんです。急ぎましょう」
そう言って白雨は先に立って歩き始めた。
「ここまで来て逃げられては元も子もありませんからね」
京一もぐっと歯を食いしばる。
白雨と並ぶように歩き始めた。
駅に入ってすぐのところには誰もいなかったので改札を通ってホームに入る。
白雨はなぜか全員ぶんの定期を持っていた。
なぜそんなものを持っているのかはあえて聞かないでおこう。
ホームには落ち着きなくうろうろと歩き回っている人間がいた。おそらく電車の到着を今か今かと待っていたのだろう。
向こうにとってはタイミングが悪かったようだ。
こちらを見てハッと足を止める。
「お前が赤木、なんだよな」
彪が言ったことを京一が再度繰り返すと青年はあからさまに眉を歪めた。
「なんなんだ、お前ら……」
ゆらり、と白雨が前に出る。
その目を見て京一は息をのんだ。
目は、青い燐光を帯びている。
「みつけた」
あやしそこなし夜話語り 錦木 @book2017
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