一話 吸血鬼-9
ふう、と白雨は息をつく。
「事件は振り出しに戻ってしまったようですね」
田城氏は彪が引っ張って外へ連れ出した。彪は警察にもコネがあるらしく、引き渡してくると言っていた。
何でもアリだなと京一は思う。
ほぼ半日歩き回っていた京一は脱力してソファに座る。白雨もその隣に腰を下ろした。
「そうでもないようだよ」
囁き声が聞こえて驚く。
いつの間にか部屋の入り口に白髪の青年が立っていた。
朧だ。
「おや、朧さん。起きていたんですか。静かなのでもう寝ているのかと」
「資料に目を通してたんだよ。……騒がしいのは御免だからね」
決して大きくはないがよく通る声だ。
どこかその調子は白雨にも似ているが、妖しく柔らかな耳触りは女性的な気さえする。
騒がしいというのはおそらく先ほどの田城と彪のやりとりだろう。
「資料?事件のですか」
「そう。なかなか興味深かったよ」
そう言って几帳面にファイルしてある紙束を机の上に置く。
「新しい被害者が出たようだよ。テレビをつけてみるといい」
朧がそう言うので白雨がテレビをつけた。
『本日未明、小学生男児が道に倒れているという通報がありました。男児は幸いにも大きな怪我はないとのことですが奇妙なことに血液を抜かれており、病院に搬送されました。警察は最近起こっている連続吸血鬼事件との関連を……』
「報道でも吸血鬼事件なんて呼ばれているんですか」
白雨は呆れた顔をする。それから表情を引きしめて言った。
「今までにないパターンですね」
ニュースを聞き流しながら白雨は机の上に置いてある書類を広げる。
目を細めて被害者欄を見て話す。
「これまでの標的は若い女性でした。だから余計に吸血鬼だなんだと騒がれていたんです」
「余計にってなんだ?」
京一が聞くと白雨は薄らと笑った。
「吸血鬼は異性を魅了する力を持つと言われるんです。だから、犯人が男性だとすると被害者としては女性が考えられるということですね」
白雨がすらすらと言うことに京一はなるほどと思う。
「……ここにきて対象を変えたのはなぜなんでしょう」
白雨は顎に手を当てる。
平坦な声で朧は言った。
「何にせよ、犯行の時期が狭くなってきているね」
「ええ。初期の事件は月や週をまたいでいましたが前回の事件が起こったのは一昨日です。危険な兆候ですね」
「どのあたりが危険なんだ?」
完全に会話から取り残された京一が質問すると白雨が険しい顔で答えた。
「犯人が暴走しだしたということですよ」
ため息をつく。
「犯行のペースが加速している。犯人にブレーキをかけていた罪悪感が薄れてきたのかもしれませんね。或いは何か状況が変わったか。早急に手を打たなければまずいと思いますよ、京一さん」
そうだ。
犯人を見つけて殺人を止めなければならないのは自分なのだ。
だけど、どうしたらいいのだろう。
犯人の行動が全く予測できない。
狙われる人間がわかっていなければ犯行が起こってからしか行動することができず、犯人を捕らえることは不可能だろう。
「どうしたら……」
そう呟くと朧は言った。
「その様子じゃ気づいてないのだろうけど。被害者には共通点がある。そのパターンを見分ければ自ずと犯人に近づくんじゃないかな」
軽く言う朧の発言に白雨は目を見開く。
「朧さん、パターンをみつけたんですか」
「うん」
むしろなぜわからないんだ、という顔をしている。表情があまり動かない割にはこちらを小馬鹿にしている態度が伝わってくる。
何故か、彪に似ていると思った。
「共通点、ですか」
ふむ、と白雨が言う。
「住所はあまり離れていませんが近所というほどでもない……。だとすれば……」
ぶつぶつ唱えながら視線を左右に動かして資料を読む。
やがて、目が一点を見つめた。
「そういうことですか」
どういうことなんだろう。
「あの……俺も資料見てもいいか?」
「ええ、どうぞ」
何かをみつけたらしい白雨が素早く資料を渡してくれる。
「どうも」
資料を流し見た。
女性の写真と経歴が載っている。
白雨が言っていた通り、どの女性も若い。
けれどもそれ以外特に似通ったところはない。しいていえば、地味な印象だというところくらいか。派手な化粧をしているわけでもなければ髪を染めているわけでもない。
写真を撮る時ならこういうものなのだろうか。
写真。証明写真。
「何か、気づきましたか?」
横から白雨が問いかける。
「いや……」
待てよ、と思う。
ある文章欄が気になった。
そういうことか。
「合っているか分からないんだけど……」
「構いませんよ。言ってください」
※
人は血から何を連想するだろう?
生、死。
痛み、残酷。
自分の場合は永遠だ。
人間の体にはいついかなる時もずっと血が通っている。血が通っている限り人間は生き続ける。
そして、人と人は血で繋がっている。
親、その親、そのまた親……脈々と受け継がれ身体という器に注がれていく。
血がある限り人は永遠に不滅だ。
決してなくなったりしない。
病院で目覚めてから。
弟の点滴の管に繋がっているあの色を見た日から、なんだか喉が渇いて仕方ない。
こんなのは人としておかしい。
いや自分はとうに人ではないのか。
死の淵から戻った怪物。
赤赤赤。
ああ、もうダメだ。
自分は人でなしなのだ。
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