なんとなく読み始めた本作ですが、気がつけば夢中になってページをめくっていました。
私有地に勝手に入り込んできた人間によって、愛する家族を理不尽に奪われた弘樹。
彼が抱える孤独と寂しさが胸に迫り、自然と感情移入してしまいます。
その悲しみがやがて狂気へと変わっていく過程にさえ、共感を覚えました。
これは、誰にでも起こり得る話なのではないか――家族を奪われ、ひとりぼっちになってしまった時、自分は今までどおりの自分でいられるのか?
そんな問いを投げかける物語です。
読み終えた後には、家族をより一層大切にしたいという思いが湧いてきます。
秋の夜長のお供に、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
異世界ファンタジーとホラーの書き手、朱さんの代表作です。それに相応しい、とても良質のモダンホラーだと思います。
ストーリーは、私有地である山で妻子をひき殺されてしまった男が、四十九日を契機に山に戻ったところ、マナーの悪い若者らが川沿いを荒らしているところに遭遇し、注意したものの暴行を受けたことにより、感情が静かに暴走し始める、というものです。
そして復讐を誓った彼が、とった行動は?
朱さんが、京都府北部の山間で実際にお聞きになったお話が元になっているとのこと。その分、リアルな人間の狂気と言ったものが伝わってきます。また一つ一つのシーンの書き方がとても丁寧で上手です。確かな筆致で、マナーの悪い若者らがキャラ付けられ、また主人公が無意識に柵の上に跨って呆ける様子など、なんとも胸にジトーっと迫ってくる描写が見事です。
心霊など一つも出てこない、だけど静かに燃え始める人の狂気に、一度読み始めたら離れられなくなる、握力の強いお話だと思います。
まだお読みになられていない方は、是非どうぞ。
読了したので書きます。
注目すべき点はリアルであるところです。読んでいてゾッとしました。
他のレビューにあるように、この作品は史実か否かが分かりません。それほどに描写がリアルなのです。なにせ、今を生きている自分たちでも踏み込みかねない話を軸になっています。
最も恐ろしくなったのは、文章が生き生きとした描写でなかったこです。最初こそ淡々と、そして進んでいくごとに死んでゆく。
元々が冷たく崩れていく存在であるようなのに、死者のように何もかもが無くなってしまう。
もし、誰かが少しでも優しさを見せたなら、自己中心的に振る舞わなければ、違う未来があったのかもしれません。
この作品はただ単に「物語」という枠組みだけで読んで良いものではないと思います。
いつか、自分もその立場に立つことが有り得なくはないのですから…。
"このさき松茸が出ます"という一つのアイデアから広がる奥行のある物語。
これは山に関するマナーを入り口にしたすごく澄んだ尊厳に関する話。
もちろん山やレジャーに関するマナー啓発にも価値はあるし、ホラーとして読むのも面白いのだけど、本質はそれよりもずっと素晴らしいものです。
距離感が良い。木彫りのような無骨さと柔らかさを持った主人公がまずよくて、親子、妻、娘、若者、どれも単純なアイコンで終わらずにそれぞれ呼吸を感じます。そして各シンボルが意識を持って各々を満たすために行動しています。そのためこの話は単なる啓発やホラーに収まらずに土地の境をヒントに「自他の領域」や「人間の関わり」について良く考えることができる物語になっています。おすすめです。
「このさき危険 立ち入り禁止」
どこにでもありそうな注意書きの看板が、一歩一歩、不気味で異様な物語へと読者を誘います。『空白』は、淡々と進む筆致の中に、深い悲哀と恐怖を湛えたモダンホラー作品です。その静かな迫力と緊張感に、ページをめくる手が止まらなくなることは間違いありません。
主人公が入る京都府北部の山。最初は何の変哲もない山道ですが、進むごとに嫌な予感が募り、空気が徐々に変わっていく様子が淡々と描かれます。
徐々に明らかになっていく過去。この山で起こった出来事、そして「松茸」の意味が明らかになるにつれ、読者は物語の背後に広がる深い悲哀と恐怖を知ることになるのです。決して直接的な惨劇が描かれるわけではありません。しかし、その「まだ何も起こっていない」という状況がかえって想像力を刺激し、余計に心をざわつかせます。
タイトルの『空白』が指し示すものは、読み終えるまで明確には分かりません。しかし、その意味が明らかになったとき、物語全体を覆う静かな悲しみと虚無が、一層深く胸に迫ります。じわじわ響くモダンホラーをお楽しみあれ。
その空白に書かれた文字を見た何も知らぬ者たちは、一体何を思うのか。
困惑し、嘲笑し、歓喜し、きっと見た者全員を前へと進ませる筈だ。
が、その言葉の中には、強い憎悪と悲しみが込められている。
そしてその意味を知ったなら、そこへ書かれている文字に、書いた者の意図に、背筋が凍ることになるだろう。
もし、世界が男にもう少しだけ優しかったなら。
もし、空白になる前にその看板を掲げた者が隣にいたなら。
きっと、こんなことにはならなかっただろうに。
その空白には呪いの言葉が書かれている。
いったいその言葉は、これから何人の命を奪うことになるのだろう。
しかし悪意ありきで空白を塗りつぶしたその男の心情を、読み終えて今、どうしても私は共感せずにはいられない。