第4話 後悔

 それから一年と2にかげつ後の冬。

「大変だ。コリアンさん。カルロさんが……」

 息せき切って走ってきたアレンの息子のサブの話にレイは目を疑った。


「なんてことだ……」

 ようやく、悪魔に巣食ったワインの原因を掴めて、これからだとゆうのに、カルロの家が離農することになったと言うのだ。


どうやら今年の夏の猛暑で、すべてのワインに悪魔が巣食ってしまい、経営が悪化して借金を背負いこんでしまったらしい。


レイは急いでアレンの家に向かった。アレンは部屋に閉じ籠もり、蝉の抜け殻のように動かず、じっと外を眺めていた。


 レイが声を掛けようかと躊躇っていると、ようやくアレンが微かに動き「悔しい」と言った。つっと一粒の涙を流し、滝のような雫を流すと嗚咽する。


 レイはカルロの背を撫でてやることしかできなかった。カルロはぽつりぽつりと状況を説明してくれた。


 ワインに悪魔が巣食ったこと、離農すること、妻の父親の後を継いで街でパン屋を手伝うこと。すでに来週にはこの街から出ていくらしい。


 レイはなにも出来ず、ただ、話を聞いてやることしかできなかった。


 この街を去るカルロの後ろ姿は酷く小さく見え、なぜもっと彼らのために親身になって研究をしなかったのかと、誰に怒るでもなくレイは自分自身に腹を立てた。


「あなた、夕食です」

「後で食べる」


 その日からレイは何かに取り憑かれた様に部屋に閉じこもり、研究するようになった。


 食事をまともに取らない夫に、人知れずステラは日に何度もレイの部屋の前に立ち、何度も扉をノックしようとしたが留まっていた。

 しかし、そんなことをしていては無理が生じる。ついにレイは倒れてしまった。


 自室で起き上がろうとしているレイを見るなりステラは駆け寄った。


「あなた、大丈夫ですか」

「大したことはない。騒ぐな」


 ステラは眉を酷く吊り上げ夫を凝視した。レイの体は痩せ細り、目の下には紫色のクマがあり、顔色も石のように真っ白だった。


 レイはふらつきながらも棚に手を添えると立ち上がった。そんな夫にステラは手を差し出し支えてやった。


「あなた。昨日も、ろくすっぽ寝ていらっしゃらないでしょう。それに今朝もパンを口にされていない、少し休んで下さい」

「構うな、研究をする」

「いい加減になさってください」


 滅多なことでは仕事のことに口を挟まないステラは怒鳴りつけた。それにレイは気を損ね、眉間に深い皺を刻ませる。


「俺は忙しいんだ。お前は、ただ家にいるだけだろう。誰のおかげで何不自由なく暮らせていると思っている。俺のすることに口を挟むな」


 腹を立てたレイはステラを部屋から追い出し、扉を閉め鍵をしめて閉じこもった。

「あなた」


 ステラは戸をどんどん叩き、無理矢理こじ開けようとノブを回すが、虚しく空回りするだけで開くことはなかった。


 レイは荒々しく机に座り、ワイン農家から送られてきたワインのサンプルを顕微鏡で覗いた。

「やっと悪魔の巣食ったワインの原因を掴んだんだ」


 これが成功すればカルロも街の人も喜ぶはずだ。レイは研究を進めようとして、ふと手を止めた。


 机の角に置かれたパンとミルクが目に止まった。朝食も取らないレイに今朝、ステラが用意してくれた物だ。レイは決まり悪気に頭をポリポリ搔くと手を伸ばしてパンを掴んだ。

 

 さすがに言い過ぎたなとレイは思いつつも決して謝ることなど出来ない。

 レイは獣のようにパンを口に運び食べるとミルクで流し込んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月12日 12:00

君と飲む一杯のワイン 甘月鈴音 @suzu96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画