第3話 葡萄

 悪魔のワインを調べる前に、レイはワインがどうやってできるのか調べることにした。


 ワインの原材料は葡萄だ。葡萄作りは一年を通して休むことがない。寒い季節は霜対策に追われ、温かくなり薄黄色の花が咲けば受粉の手助けをする。


6月頃に開花し結実した実は、照り付ける太陽のもと肥大し成熟するのだが、葡萄を均等に成熟させるために栄養が行き届くように剪定する必要があった。


それに加え、野鳥や害虫などの対策もしなくてはいけない。そうして9月から11月にかけて収穫期が訪れるのだ。


 そこからワイン造りが始まる。実った葡萄を絞り機で果汁にし、木桶やタンクに入れる。次第に化学反応が起きワインとなる。


「──ワインってのはなぁ、我が子と同じなんだ。手間ひまかけて出来上がる。どうだレイ。うちのワインは宝石のように真っ赤で綺麗だろう。どこよりも美味いワインだ」


 ワイン農家のカルロが自慢げに木樽のジョッキを持ち上げてワインをレイに押し付ける。それを受け取り絶賛するとカルロは実に軽快に笑い、そうだろうっとレイが咽るほど叩いた。


 その日はレイがワイン産地に来て二月にかげつで、厳かな歓迎会が開かれていた。カルロは豪快で気のいい奴でレイとは良く気があった。


 最初こそ、皆、奇怪なものを見るようにレイに接していたが、カルロの計らいで今では、皆、レイに協力をしてくれる。


「コリアンさん、うちのワインだって負けて無いですよ」

 顔を真赤にして酔いしれてるアレンは、レイの肩に気軽に手を回し言った。アレンは研究に必要ならと、大切に育てていた葡萄の、なん房かを持たせてくれた。


快く丹精込めて作った葡萄をアレンは汗を袖で拭きながら、もぎ取り、レイに譲ってくれた、その屈託ない笑顔を思い出し、レイはアレン農園のワインを称賛した。


それを聞くなり「なんだと」っと酔ったカルロとアレンは小さな喧嘩が始まる。止めるレイを横目に集まった町人は陽気に笑い、やれやれっとやじを投げる。


妻たちは冷たい視線を送り、子どもたちは悪魔のワインを退治するっと言って斬新な正義遊びをして、歓迎会は大いに賑わった。


 帰り際、レイと妻のステラは葡萄農園の片隅の砂利道を歩いていた。

 その日は、落ちてきそうなほど月が大きくて美しかった。夜風が冷たさを帯びてきていたが、酔った体を撫でていくと心地が良かった。


「痛い」

 レイのうしろを歩いていたステラが呟いた。

 目を向けると、覚束無い《おぼつかない》足取りで、月を見上げていたので、挫いてしまったらしい。


「何をしてるんだ。性のない奴だな。ほら、私の背に負ぶさりなさい」

「恥ずかしわ」

「誰も見てなどいない。ほら」


 レイが急かすとステラは照れながらも、ゆっくりとレイの背に負ぶさった。

「重いでしょう」

「ああ、重いな」

「なら降りますわ」

「いいから、私に負ぶさっていなさい」


 ステラは恭しく頷き従った。

「なぁ、ステラ。この町の連中は、いい奴らばかりだな」

「ええ」


 薄暗い一本道を歩きながらレイは国からの使命ではなく、彼らのためにワインに巣食った悪魔をどうにかして解決させたいと心から思った。

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