第2話 妻

「うちの実家のワインも悪魔の病気にかかって、父が品質が落ちたと嘆いていたわ」


 帰宅するなり妻のステラ30歳は真相困った顔でため息をついた。

 手編みのレースの大きな襟に、薄手の長袖のブラウス、まん中にギャザーを寄せたエプロン。頭はてっぺんに丸く結い上げていた。


 レイとステラは親同士が決めた政略結婚だった。子供はいない。ステラはレイにとって、良くできた妻だった。しかない学者のレイは仕事ばかりで妻の相手を疎かにすることはよくあることで、仕事に没頭して何日も帰らないこともあったが、決してレイの邪魔をするような女ではなかった。


「まったく、悪魔のワインは増えるいっぽうだ」

 ステラは帰ってきたレイにパンとじゃがいものスープを進めた。レイは当たり前に感謝も述べず食事をする。


「悪魔に汚染したワインは、風味は勿論だが、ワイン樽が膨張して白い糸が引くような事例も出ているんだ」

「まぁ」

「あれではイギリスとの貿易は上手くいくまい」

「困りましたわね」


「病気解明にはワイン産地に行くしかないな」

「えっ」

「なんだ? お前も行くだろう」

「……ええ」


 戸惑った様子の妻になにも感じずレイはさっさと食事を済ませると今後のことを考えながら私室へと向かった。

 ステラは曇った表情を浮かべ、静かに夫の背を見送った。


 ステラは手織り工場で働いていた。女が職を持つことは男性からは好ましくなかったが、レイは妻が働くことを認めていて、ステラはこの生活に満足をしていた。しかし、それは自分の仕事を邪魔しなければであった。よく言えば、懐が大きい。悪く言えば、自分の仕事以外に関心がないのが夫だ。


「──なんだって、本当に手織り工場辞めるのかい」 


 街の中心にある井戸場でステラは汚れた服を桶に入れ、手洗いで洗濯をしていると、仲の良い太めのミリアに言われ、ステラは経緯を話した。


彼女は怒りを膨らませながら嘆いていたが、一番、辛いのはステラであった。なにせ、工場には子供の頃からよく知る近所のエリがいたからだ。


エリはステラによく懐いていて、花を摘んでくれたり、一緒に編み物をしたりしていた。

成人して同じ工場で働くことになり、どれほど嬉しかったか。子供のいないステラには我か子のような存在だった。


そのエリが、今年の冬に結婚することになり、結婚衣装を工場が携わることになった。ステラはその衣装をどうしても見とどけたかった。しかし、夫が家を出て行くと言うならば、従うしかない。


子供のいないステラにとってエリの花嫁衣装を見れないのは、とても辛いことだが、女として子供が産めないことに、うしろめたさがある。


そのことでレイに攻められたこともないし、二人で気ままに生きようと言ってくれた。そんな夫は何処を探してもいないと思う。


悲しむステラに、いつだったか、そのままでいいと言い、小さな花を一輪、贈ってくれた。あのときからステラは何があっても夫に着いて行くと決めていた。


 そうして、1週間後、レイとステラは葡萄産地へと向かった。

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