君と飲む一杯のワイン
甘月鈴音
第1話 依頼
ワインには様々な種類がある。
赤ワイン。白ワイン。ロゼワイン。しゅわしゅわと弾けるような泡のある物から泡の無い物。辛口に甘口。その味わいは奥深く愛好家も多い。
「美味しい」
「この風味。この香り。25年物の赤ワインだね」
お洒落な格好をした恋人たちが豪華な料理を食べて、煌めく夜景を眺めながら、こんな話をしたことがあるのではないだろうか。しかし、ワインを、躊躇いもなく、美味しく、安全に飲めるのも今でこそ。
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「ワインに巣食う悪魔を調べよ」
皇帝ナポレオン3世から告げられたのは1863年9月のことだった。
ハット帽に白のブラウス。襟首にスカーフ、襟を立てたジャケット、膝丈ズボンに長いブーツを着こなしたフランスの学者のレイ・コリアン38歳は内心では、まいったなこれは、と思いつつ「承知しました」と答えた。
それもそのはず、近頃、ちまたではワインに悪魔が巣食った、と噂が広がっていたからだ。悪魔の巣食ったワインは、香りも風味も損なわれ、どろどろの液状で、品質が非常に悪い。
元は良質なワインだったのに、なぜか粗悪品になってしまう。
ワインの需要は年々増える一方。フランス革命後、段級を問わず農民や兵士、労働者たちがワインを飲むようになり、ワイン業界は大増産した。
国がイギリスへの貿易に踏み込むと、さらにブドウ畑を増やすことになり、今回の事例があがりだした。すでに他国からの苦情も殺到している。どうしても、この事例を解決したい。国をあげてワインに巣食う悪魔の調査をすることになった。そこで白派の矢が立ったのがレイだった。
レイは、まだ駆け出しの名も無い学者だったのだが、悪魔のワインの調査をしたい有名学者が現れず、半場、押し付けられる形でレイが調査することになった。とは言え、選ばれたからには国に貢献しなくてはいけない。それにレイは褒美としての多額の研究費が欲しかった。厄介だが依頼を引き受けることにした。
これで少しは妻の機嫌が良くなるだろう。
つい研究に没頭しすぎると実費で負担してしまうことが多々あった。そんなときは食事すらもままならず妻のステラはいい顔をしなかった。とはいえ、ワインに巣食う悪魔を調べるのは容易ではない。
重い任務にレイは鉛のような足を引きずりながら帰路へと向かう。道すがら、卵とパンを籠に入れた少女が、走りながら横切っていく、なんの悩みのなさそうな少女を横目に、レイは盛大なため息をついた。
今、花の都パリの街は、3年後に開かれる万物博覧会に向けて都市の大改造が行われていた。下水道の設備もされず、排泄物による悪臭で疫病があった貧民街は一掃され、凱旋門から12本の広い大通りが放射線状へと伸び生まれ変わっていた。
街は活気で溢れている。3、4階の建物が立ち並び、織物工、なめし工、靴屋、はたまた、食料関連の職人など多種多様な人が働いていた。
紅色に染まりだした空を眺め、レイはこの暮らしを守らなくてはならないなっと思った。
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