シェアハウスに入居したのは良いんだが、世界的アイドルと同居するのはさすがに聞いてない
たいよさん
出会い
第1話 伝説の終わり
今日からまた始めます。
最後まで読んで頂けたら幸いです。
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『――誠に申し訳ございませんでした』
虚ろな目、覇気を失った声色、ダラリとぶら下がる艶めいた黒髪、無気力な謝罪。
それでいて、華奢な体にはあまりにも完璧に着こなされているスーツ。
頭を下げると同時に、おぞましい数のシャッター音が無機質な白色の室内に鳴り響き、会場内を不快な騒音が包み込む。
その音と共に深々と頭を下げ続ける世界のトップアイドル――
瞬く間に世界に名を馳せ、"アイドルの最高到達点"と全世界から称された彼女の姿が、
◇◇◇
2月某日。
一通りの大学受験も終わり、残す行事が卒業式のみとなった。
久しぶりの登校日ということもあり、教室内は心地の良い喧騒感で包まれている。
が、そんな喧騒感を他所に未だに机に向い、自らの爽やかな黒髪をぶら下げている男の子。
それが、
「ちょっと、また勉強してるの!? 久しぶりに会ったんだし、もっと気楽に過ごそうよ」
そんな康太の元へ、茶髪のミディアムヘアを備えた美少女、
康太の机に少しお尻を乗せ、ちょこんと座っている。
「言ったろ、勉強に終わりは無いんだって。警察官になるためにはやり過ぎくらいが丁度いいんだ」
「
爽やかな短髪に、バランスの取れた顔。
ついでに身長は180センチほどあり、成績も優秀な為、康太は密かに女子からモテている。
しかし、根が真面目で、近づき辛い雰囲気を容赦なく醸し出しているのだ。
「うるさい。俺は夢を叶える為に勉強をしてるんだ。やればやるだけ近付けるんだよ」
「ふん、あっそー。その返答も堅すぎてそろそろ石になるんじゃない、康太」
「現実的にありえない」
「堅……」
相変わらず堅苦しい返答しか寄越さない康太に若干引く絵莉。
「……あ! そういえば康太、ちょっと見て」
すると、絵莉は自らのスマホを制服のポケットから取り出す。
絵莉は、その画面を康太へと向けた。
「これ、知ってる?――天宮カリナの"脱退"」
絵莉のスマホ画面に映るのは、『アイドルの最高到達点・"天宮カリナ"、『NOVA』脱退』という見出しのニュース記事。
「ん......ああ。もちろん。アイドルに無関心な俺と絵莉ですら認知してるスーパースターだしな。むしろ知らない人間なんて居ないと思う」
物欲や関心が無く、ただただ堅く真面目に生きている康太ですら名を知る
年々、アイドルの市場規模が大きくなっていく現代。
康太の住む日本も例外ではなく、
しかし、その中でも圧倒的な存在感を放ち、他グループとは明らかに一線を画していたのが、4人組ガールズグループ『NOVA《ノヴァ》』。
その中心人物、ナンバーワン人気メンバー、日本の――否、"世界のトップアイドル"として君臨し、グループを引っ張っていたのが――天宮カリナである。
「確かに、康太の言うことが嘘じゃないくらいには凄い子だし、知らない方が珍しいかもね。後ろに座ってる風雅なんて泣いちゃってるし」
「なんだそれ……って、本当に泣いてる!?」
絵莉に言われ、康太は素早く後ろに振り向く。
すると、本当に
「そりゃ……そりゃ泣いちゃうよ……」
「……」
「……だって……だって推しがあぁ……」
「……」
「……"カリナ"は僕の青春だったんだぞぉ……くそぉ……くそぉおおおぉ……」
「……」
「……嘘って言ってよおお……カリナあぁぁあ……」
人目も
とはいえ、風雅が泣き叫ぶには妥当な理由があった。
「……そういえば生粋の『
康太、絵莉、風雅の幼馴染三人衆で、唯一の"アイドルオタク"であるのが風雅だ。
「……あぁ……あの
「しかもその天宮カリナが、お前の推しメンか」
「……そうだよおおおおぉぉぉお……!」
追撃のように康太が言うと、風雅は再び泣く。
ポツポツと、風雅の机には涙の跡が付いた。
「……カリナ……これからだってのに……どうして……」
◇◇◇
――
何より、当時3人組でアイドル界最前線を安定的にキープしていた『NOVA』のメンバー体制を、天宮カリナの加入に合わせて"わざわざ"4人組に変更させる程の、異色の存在。
艶めいた黒髪のウルフカット、それでいて8頭身から構成される圧倒的なビジュアル。
見る者すべての期待を凌駕し、自らの世界へ引きずり込む驚異的なパフォーマンス。
国民の恋心を瞬く間に掻っ
国民の姉のような雰囲気を持ちつつ、年齢による幼さが共存するギャップ。
『可愛い』よりも『カッコイイ』
『美女』よりも『イケメン』
そんな言葉が似合う、唯一無二のアイドル。
まさに"アイドルになるべくして生まれてきた"と言っても過言では無い、そんな人間であった。
『NOVA』加入後、世間には"メンバー体制を変えるほどの逸材"と期待されていた事もあり、カリナの人気はうなぎ登りだった。
齢16歳にして"SNS総フォロワー数1億人突破"、齢17歳にして"世界的な超高級ブランドのアンバサダー就任"と、カリナの人気は留まる所を知らず、国内のみならず世界的なアイドルへと成長。
"目には目を、オタクには天宮カリナを"という言葉が流行語大賞を受賞するなど、『NOVA』のメンバー内でも、
そして――全世界から"アイドルの最高到達点"とまで称される程に、名を馳せた。
全てが順風満帆に進み、アイドルとして右に出る者はいない。
そんな中で迎えた18歳の夏。
"それ"は起こった。
"『世界的アイドルグループ『NOVA』のメンバー・"天宮カリナ"、プライベートで
8月下旬のとある日。
『週刊誌』が報じた一つのスクープに、日本、否、世界に衝撃が走った。
◇◇◇
「……"未成年飲酒"ってだけで、脱退までしなくてよくない……?」
風雅が、絵莉と康太をキョロキョロと見ながら呟く。
「そうだな。でも日本って法令遵守の国だし、難しい所だとは思う」
「……。でも、誰かに迷惑かけた訳じゃないじゃんか」
「まあ、俺たち一般人の感覚からしたらそうだろうけど。……今回はあの"天宮カリナ"の不祥事だ。アイドルって人気商売だし、不祥事の一つでも起こせば一生その肩書きがついてくる。脱退は妥当と言えば妥当な気もするな、俺は」
アイドルは人気商売で成り立つ以上、周りの目を気にするのは必須。
故に、誰かに迷惑をかけようがかけまいが、不祥事の一つでも起こせば"悪のレッテル"として存在し続ける。
その事を康太が言うと、風雅は不満そうに康太へと視線を向けた。
「……けっ。薄情なやつだな。少しは僕みたいな『NOVA』オタクに希望を持たせてくれよ! これだから勉強ばっかりの真面目人間は!」
「希望……か。持たせてやりたいけど。難しい世界なんだろ、芸能界ってのは」
「……分かってるさ! この堅苦しい真面目人間め」
「悪い悪い。後でジュース奢るから許して」
「うし!」
本来の落ち着きが戻ったのか、風雅の表情が若干柔らかくなる。
「にしても、俺らと同い年だろ? 天宮カリナって」
「そうだよ。18歳。好きな食べ物はプリンで、嫌いな食べ物は無い。休日は本を読んでて、仕事終わりはよくジムに行くらしい。あ、メンバーカラーは黒色だよ。後、『NOVA』のメンバーの中だっ……」
「わ、分かった分かった。俺が止めなかったら日が暮れるまで話すつ……」
風雅が語り始めると、絵莉が康太の肩をトンと叩く。
「康太、風雅がこの状態になったら10分は覚悟しなきゃダメ。ということで、私はトイレに行ってきます」
「逃げやがったな……」
そう言いながら、絵莉は教室の出口へと歩いていく。
「と仲良しなんだよね。ファンからの愛称はカリナ姉さんって呼ばれてるんだ。年齢は一番下なのに。メンバーの間で呼ばれてるのは確か……」
「……聞くしかないみたいだな」
"カリナ熱"を早口で語り始め、全く周りが見えなくなった風雅に、康太は観念して目を閉じる。
そのまま本当に10分程経過した所で、風雅のオタク話は幕を閉じた。
「6月3日! これがカリナの誕生日!」
「……あ、お、おう。ありがとう」
「どう? 推す気になった? ……って、カリナ姉さんはもういないんだった……」
「……おい、勝手に自爆するなよ」
再び風雅の熱いオタク話が始まる所を、風雅の自爆で回避成功。
康太の心の中は安堵で包まれる。
「……あー、本当にどうしようかな。僕はこれから何を糧に生きていこう。康太も"シェアハウス"に入居しちゃうし」
再び俯きながら、風雅が寂しそうにポツンと呟く。
康太は、"警察官になる"という夢を幼い頃から持っていた。
その為、公務員就職に強い大学へと進学予定だ。
しかし、その大学は康太の実家からは到底通える距離ではない為、康太は"シェアハウス"へと入居する。
「寂しい? 一緒に来るか?」
「無理に決まってる。僕と康太じゃ頭脳のつくりが丸っきり違う。僕は僕に合った大学に行くよ」
「ほめてる……って事でいいんだよなそれは」
「勿論。僕の脳味噌の9割を占めてる"オタク室"が、康太の場合は"勉強室"になってるだけだからね」
「ほめてる……な。多分だけど」
何故か納得出来る理由を不思議に思いつつ、康太は頷く。
すると、風雅が「そうだ!」と前置きして、自分のリュックサックに付いていた"ある物"を取り、康太へと差し出した。
「ちょっと恥ずかしいんだけどさ。これ、良かったら康太のリュックにつけてよ」
そう言って風雅が差し出してきたのは、『天宮カリナ』の写真がプリントされた黒色の缶バッジ。
所々にラメ加工が施されキラキラしているものの、カリナ本人はクールビューティーで、丁度良いバランスが取れている。
「これを? 俺のリュックに?」
「うん。僕を忘れないように、形見的な物だと思ってさ。嫌だ?」
「嫌じゃないけど……」
アイドルに全く興味が無い康太からすれば、私物に缶バッジを付けるのは中々に至難だ。それも周囲の目に入るリュックサックに。
とはいえ、それを風雅の前で口に出すのもまた至難。
「これを付けるのか……」
康太は渡された缶バッジを眺めながら呟く。
「いいから! ほら! リュック貸せ! 布教だ布教!」
すると、それを見た風雅が強引に缶バッジを康太のリュックへと付けだした。
「うし! 布教完了!」
彩りが増した康太のリュックを見て、風雅は満面の笑み。
「……」
「さすがに1人くらいいるでしょ! 『NOVA』オタク!」
「そりゃそうだろうけど……これで外歩くってのは中々に勇気がいるぞ」
「うるさい! 持ってけ! つべこべ言うな!」
平凡な生活を送ってきた康太にとっては、何となく珍しい感覚だった。
「『天宮カリナ』……か。まあ、シェアハウスの住人と共通の接点くらいは作っとくのもいいな。友達作りにもなるか」
確実にオタク感が増した自分のリュックサックを見ながら、康太は呟いた。
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