第9話 君の名は希望 ④


 私、天宮カリナは全てを手に入れたと思っていた。

 富も、地位も、名声も。


 これまで見た景色も、感じてきた感覚も、歩いてきた人生も、18歳にしては常軌を逸していると自覚している。


「黙って私についてきて。幸せにしてあげる」


 私が何かを言えば、それだけでライブ会場のボルテージは最高潮に達する。

 それは国内ツアーでも、世界ツアーでも同じくだ。

 地面が割れんばかりの大歓声が起きて、気絶する人間も居る程に。

 私よりも人気なアイドルはいない。

 嫌でもそう自負してしまう程に、天宮カリナという存在は凄まじかった。


 とにかく、何をするにしてもネームバリューがついてくるし、大量のお金が発生するし、終いには最高評価がついてくる。

 何一つ不自由なことはなくて、誰からも怒られることもなかった。


 少しばかり振りを間違えても、『カリナちゃんは可愛いから大丈夫』と。

 少しばかり歌詞を間違えても、『カリナちゃんなら仕方ないね』と。

 少しばかり表情管理を間違えても、『カリナちゃんならそれがいいよ』と。


『カリナちゃんなら』、『カリナ姉さんなら』。


 魔法のように、私が行う全ての事象にはそんな言葉がついて、誰も私の邪魔をする人はいなかった。

 失敗を、失敗と言ってくれる人は居なかった。


 でもいつからだろう。


『続ける意味がない』

 

 そう思ってしまったのは。


 誰にも邪魔されず、誰にも指摘されず、私のした事全てに成功が保証されている。

 たとえ一般的には失敗していても、天宮カリナに合わせて成功になる。

 文だけ見れば、それは嬉しいことなのかもしれない。

 けど、私は全く嬉しくなかった。


 独りよがりだった気がした。


 孤独だった気がした。


 誰かを笑顔にするのは私の役目。

 私を笑顔にしてくれるのは、ファンの役目。


 ダメな所はダメだと言ってくれて、好きな所は好きだと言ってくれる。

 一緒に歩んで、一緒に頂点まで行って、一緒に最高の景色を見たい。

 それが私のアイドルとしての理念で、信念だった。


「楽しくないんだよね、最近」


 ダンスレッスンが終わったある日のこと。

 私はメンバーに本気で相談した。

 表情も死んでいただろうし、アイドルをやってる日の中で一番醜い顔をしていたと思う。


「え? なんで? カリナの立場だったら何しても楽しくない? 何やっても成功するし、不安材料なんてないじゃん」


 ――返ってきたのは、そんな答えだった。


 結局、一番近いはずのメンバーからも、そう思われているのだ。

 

 周りから見た私は特別で、孤高で、至高。


 でも、私から見た私は孤独で、独りで、単独。


 私が最高到達点と称されてたのは、周りが持ち上げてくれたからだと思う。

 だから、横一線を見渡しても私だけが頂点に居るし、私だけでテッペンに居る。

 そんなの、何も嬉しくなかった。


 全てを手に入れたと思っていた私には、一つだけ手に入れる事が出来なかったものがある。

 

 それは――愛だった。


 本当の友達なんて居なかった。

 アイドルとして振る舞う偽物の天宮カリナを、みんなは好きになってくれた。

 だから、本当の私なんて誰も知らない。


 わがままで、自分勝手で、人に気を使えない私。


 でもきっと、本当の自分を見せた所で、また過剰に持ち上げられて、全てが天宮カリナだから許されると思う。

 だから、誰にも見せたくなかったし、見せる意味が

 無いと思ってた。


 孤独に生きて、有り余ったお金で余生を過ごせばいい。

 そうは思っていたけど、本当は誰かに怒ってほしくて、私という人間と真正面から向き合ってほしかったから、シェアハウスに入ったんだと思う。


 ――そんな時、私の世界を変えてくれそうな人間と出会った。


『お前に、お前だけに怒ってるんだよ』


 そう言われた時、泣きそうなくらい嬉しかったって言ったら、あいつはどんな反応をするんだろう。

 

 自分は平凡だって卑下するくせに。

 私に憧れたこともあるって、言ってたくせに。


 それでも私を特別扱いなんかしないで、わざわざ深夜に、私を正面から怒りにきてくれた。

 

 思い返せば、初めて話した日もあいつはタメ口だった。

 私はそれですら嬉しくて、対等な目線で話してくれる人だって心の中で思ってた。

 

 だから――少しだけ意地悪したくなって。

 あいつの部屋の前だけで、あえて足音を立ててみたりした。

 私は最悪な人間だと思う。

 でも仕方ないの。

 あいつは初めて出会った希望の人間で、私のに変えてくれる人間だと思ったから。


 あいつと私は、正反対の世界で生きてきたと思う。


 非凡と平凡、特別と普通。

 正反対の世界で、それぞれの役割を全うしてきた。


 だから、出会うことなんて無いと思ってた。


『人生で会うべき人には必ず会わされる』


 どこかで聞いた言葉だ。


 会うべき人。

 それがもし、あいつだったとしたら。

 世界で脚光を浴び続けてきた天宮カリナわたしの会うべき人が、あの平凡で真面目な篠塚康太あいつだったとしたら。

 

 私は最高の運命だと思って、それを受け入れるよ。

 そして、声を大にして言ってやりたい。


「――あんたでよかった」


 と。

  

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