第4話 恐怖


 私の記憶を呼び起こすには、充分すぎる物だった。

 

 あの時、振り返らなければ。

 あの時、無理矢理腕を振り払わなければ。


 忌まわしき"缶バッジアレ"を、見ることは無かった。

 苦しき"トラウマ"を、思い出すことは無かった。


『君に憧れたことだってある』


 そう、言われなければ。


 ――私の中に眠っていた"恐怖"が、うずくことは無かった。

 ――私の中に眠っていた"孤独"が、芽を開くことは無かった。


「――」


 気付けば、私は部屋の前で無意識に泣いている。

 ドアを開ければ、そこにはベッドがあって、机があって。

 一人になれる空間が、そこにはあって。

 なのに、私は舐め切ったキャンディの棒を咥えながら、部屋には入れずに静かに涙を流している。

 勝手に、目から涙が溢れてきて止められずにいる。

 

 誰かが同じシェアハウスに入居してきて、荷物を整理してた時も、中庭で佇んでいた。

 皆が自己紹介をし合ってた時も、中庭で佇んでいた。 


 全部、一人になりたかったから。 


 でも、本当は分かってる。

 ――『一人』になりたいのに、『独り』に怯えていることを。


『今日も可愛いね〜』

『僕のこと認知してますか!?』

『カリナ姉さん〜! こっち向いて!』 


 そう考えた瞬間、私の頭の中で『声』がループし始めた。

 あの時のサイン会、あの時のミート&グリート、あの時のライブ会場。


 ひたすら鮮明に、残酷に、無情に、私の頭を埋めつくしていく。


「……やめて……やめてよ……」


 無意識に、そんな言葉を私は吐き出す。


『カリナ姉さん! 今日も美しい!』

『新曲聞きました! 最高です!』

『無理しないでね、いつまでも応援してるよ』


 それでも、『声』は止まってくれない。

 ずっと、ずっとずっと、私の頭の中で響き続ける。


「……やめて……やめてってば……」

『ダンスキレッキレだったね。鳥肌たったよ』

「……消えて……お願いだから……」

『唯一無二だね、カリナ姉さんは』

「……頭から……出ていってよ……」


 


『さすがだね――"アイドルの最高到達点"は』


 


「やめてってばっっっ!」


 

 

 声を張り上げると同時に、再び私の瞳から涙が溢れ始める。

 居てもたってもいられなくなった私は、涙を流しながら階段を下り、外へと出た。


「……どうすれば……良かったの……」


 きっと、死んでも答えの出ない問いなのだ。

 それでも、私は"その答え"が知りたかった。


『独り』が『一人』に変わってくれる方法。

 ――その、答えを。

  

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