第8話 時雨君は面白くない

 梅雨の入りも出口も、曖昧なまま、初夏になった。

 ヤマユリの季節だ!

 近場の山にも幾つか、群生地の記憶がある。


 あんなに、清廉な姿をした花のことを思っているのに。何か心に引っ掛かって、落ち着かない。

 あの、スッとした背筋が伸びた感じの色白美人さんに、ひどく懐かしさを憶える。


 誰だったかが思い出せない。その様な人は、思い当たるのだが。

 彼女と懐かしいは、結び付かない。


 そう、薫だ!

 あの子も、(30過ぎて、あの子って!どうなんかなぁ?まぁ俺の半分の歳か)スッとした美人さんで白百合のイメージそのものだ。

 でも、思い出の女であるはずが無い。


 若過ぎる!

 いや、やっぱりモヤモヤして、落ち着かない。落ち着かないと言えば、いい歳して少しも落ち着かない幼馴染!

 根地一也こんじかずや、俺と違って、一度は結婚したが。嫁に愛想尽かされ、逃げられた男だ。


 此奴は、子供の時から斜に構えて、世間を見下した様なところが有った。

 子供の頃は、それが大人びて見えたが。

 今になって見ると、只の怠け者に過ぎなかった。


 本人にして、良く見せようとか考えても居らず、それがまた誤解を生んだ。

 稚児ややこしい男である。

 全く、どんな悪縁なのか?

 半世紀以上も、此奴に振り回されて来た。


 まぁ、今更、何処かへ移る気もない俺達は、死ぬ迄近所付き合いをしなけりゃならん。

 奴は、お互い様、とか抜かすんだろうが!

 七三で、俺の分が悪い。

 迷惑な話でしか無い。

 まぁ、近所の幼馴染みではあるのだが、最近頻繁に、我が家へやって来る。


「こんちは!委員長、いるかい?」


「あら、コンジッチ!いらっしゃい」 


「バイト先で、アジの開き貰ったから、お裾分けに持って来た」


「あら、有り難う!お茶でも飲んでく?」


「オッ、良いね芋磯町民はそう来なくっちゃ」


「お茶請けは、お煎餅ね!」


「隣町の”焙り煎餅“ね、やっぱり分かっていらっしゃる」


「根地、分かっていらっしゃる、じゃあねえんだよ!」


「おやっ、時雨!珍しいな、今日、会社はどうした?」


「今日は、休みだ、珍しいじゃねえんだよ!週に三日も会社に行かねぇってのに、何で、珍しがられてんだ!俺は?」 


「いやっ、俺もバイトが忙しくてな、毎日は寄れねぇんだな!」


「誰が毎日、来いなんて言った」


「あれっ、そうじゃねえの?二人っきりじゃ間がもたねぇって」


「「それは、無い!」」


「なんだ〜っ、仲良しかよ!おめっとさん!」


「「有難う!」」


「それにしても、何でアジの開きなんだ!俺が魚嫌いなのは、分かってるじゃねえか!」


「時雨よぉ、いつまでも若くねぇんだから、食事には気を付けようぜ」

「好き嫌い言ってると大きくなれねぇぞ」


「俺より、10cm以上、低いお前に言われてもなぁ」

「魚とかじゃあるまいし、死ぬまで大きくはなんねぇっうの!」


「男同士でも身長の話しは、止めとけよ、地雷踏んじゃうぞ」

 

「全く、なんのこったか」

「それより、薫とお前は如何なっているのよ?」


「何が?なんか変か、俺たち?」


「俺たち、って言ってる時点で、おかしいだろう、何時からの付き合いだよ」

「お前が、薫を委員長って呼ぶのは何でだよ!」

「何で、同居人より親しげなんだよ!」 


「おっぉ〜!そっちか、時雨、みっともないぜ、いい歳こいての焼き餅は!猫も喰わねぇぞ!」


最初はなから、猫は餅喰う訳ね〜だっろ!」


「上に鰹節かつぶし振りゃ、舐めるぜ」


「如何でもいい事に、拘ってんじゃねぇ」「で、如何なんだ、何で、委員長なの?」


「気になる?気になるのか〜!」

「如何、委員長?......まぁ、イメージちゅうかな?ヤマユリみたいに清潔でスッと、してんじゃん」

 

「お前に、言われると何かやだ!」

 

「フッフッ〜ン!時雨君も、同意ですか、如何です、”ヤマユリ委員長“!」


「園芸委員みたいな言い方、しないでよ!」「ヤマユリは、納得かなぁ」


「委員長!そこは、謙遜しなさいよ」

 

「貴方達しか居ないのに?事実は動かしようがないもの」

 

「そこは、可愛げってもんじゃね!」 

 

「あらっ、居るだけで溢れちゃってるのに!時雨君、溺れ死んじゃうわよ!そんな事したら」

 

「ハイ、ハイ、そこまで言える、メンタルが羨ましい」

 

「仕事中に居眠りこいてた、お前が言うのか?」

 

「何だい!二対一かよ!分かった、分かった、俺もメンタル強者だよ」

 

「アンタだけよ!私を巻き込まないでくれる!」

 

「何だい、そりゃぁ」

「まぁ、良いや、で、だ」

「時雨も、委員長呼びしたいのか?」

 

「へっ、そりゃ一歩後退じゃね、名前呼びしてんのに」

 

「ほんじゃ、何、俺が呼び方変えりゃ良いの?」

「委員長、何て呼ばれたい?俺に!」

 

「えぇ〜、コンジッチに?時雨君以外なら、奥さんとか呼ばれたい!」

「でも、コンジッチじゃあねぇ、馬鹿にされてるみたいじゃん!」

 

「確かに、俺と委員長の仲だもんな」 

 

「だから、如何言う仲なんだよ!」 

 

「「男女の関係には、無いな(わ)!」」

 

「悪いけど、委員長、タイプじゃ無いし!」

 

「こっちのセリフよ!でも、何処が駄目なの?スレンダーなとこ?」

 

「俺は、微乳好きだから、もっと小さくても良いけど、背が高いとこ、コンプレックス刺激されちゃうな〜」

 

「あぁ、美点の近くに、欠点があるってやつ!」

「まぁ、コンジッチに言われても、気にもならないけど」

 

「えぇっ、少しは気にしてよ!」


 その日の、夜半過ぎ。時雨君と薫さんの愛の揺籠の中。

 

「委員長、僕、今日は良い子だったよね」

 

「えっ、そうだったかしら?」 

 

「委員長の言う事、よぉく聞いて、お掃除したり、お皿も洗って、一緒のお風呂、我慢した」

 

「当たり前のことが出来ても、それを、良い子とは言えないわ」

 

「それじゃ、僕は、悪い子?」

 

「あらっ、お仕置きが欲しいのね!」

「そんな、こと言う子は、悪い子よ!」

「でも、お仕置きしてあげない」 

 

「何で?僕は、悪い子だよ!」

 

「本当に、しょうがない子ねぇ」

「良いわ、今夜だけよ」


 新しい、プレイに目覚めてしまった時雨君と薫さんでした。

 二人の愛の揺籠の中、何が行われたのかは、秘密にしておきます。


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時雨君は、50年後に委員長(死神になった)の腕の中 閑古路倫 @suntarazy

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