わたしの事、貧乳というやつはいぬのうんこ踏め

桜野結

第1話

 学校の屋上で、私は一人、風に揺れる制服のスカートを感じながら空を見上げていた。青い空にはぽっかりと浮かんだ雲がいくつか。それを眺めていると、ふとあの嫌な言葉が頭をよぎる。


「ねえ、あいつってさ、貧乳だよな?」


 つい先日、クラスの男子がそう言って笑っていた。冗談半分だろうけど、その一言は私の心にズシンと響いていた。


「貧乳って何? それが何だっていうの?」と、その場で言い返せればよかったけれど、現実はそううまくいかない。悔しさや情けなさが混ざり合い、胸の奥でチクチクと痛むだけ。


「胸の大きさなんかで、私を評価しないでほしい。人の価値は、そんな外見的なことで決まるもんじゃないんだ!」私は心の中でそう叫ぶ。だけど、実際に口に出して言うのは怖い。誰もわかってくれないかもしれないから。


 でも、心の中でこっそり呪いをかけるくらいはいいだろう。


「わたしのことを貧乳だって言うやつは、いぬのうんこを踏めばいいんだ。」


 その言葉をつぶやくと、少しだけ気持ちが軽くなる。そうだ、彼らにはわからないんだ。私の価値は、胸の大きさで決まるようなものじゃない。


 その日の放課後、私はいつものように学校の門をくぐって帰る途中だった。ふと前を見ると、あの男子が、まさに犬のうんこを踏んだ瞬間を目撃してしまった。


「え、マジか……」彼は顔をしかめて、足を必死にこすりつけている。


 私はその様子を見て、思わず吹き出しそうになったけれど、ぐっとこらえた。心の中で、静かに微笑む。


「世の中って、意外とフェアなのかもね。貧乳って言われたって、何とも思わない。だって、それが私なんだから。」


 そう思うと、少しだけ空がいつもより青く見えた。


    ◇


 翌朝、学校の玄関に足を踏み入れると、いつもと違う光景が広がっていた。男子たちがみんな玄関のところで、必死に靴をこすりつけている。


「うわ、また踏んじゃったよ!」


「昨日も最悪だったのに、今日もかよ……」


 靴を見てみると、男子のほとんどが犬のうんこを踏んでいる様子だ。上靴に履き替える前、外靴をどうにか綺麗にしようと、彼らは玄関マットで足をこすり続けている。玄関には妙な緊張感が漂い、うんこの匂いがそこらじゅうに広がっていた。


 私はその様子を横目にしながら、無言で上靴に履き替えた。そして、思わず口元が緩む。あまりにもタイミングが良すぎる。


「どれだけ、あたしの胸に注目しているのよ…」


 小声でつぶやくと、胸の内でこみ上げてくる笑いを堪えるのが精一杯だった。これ、もしかして私の呪いが本当に効いたの? 昨日、あんな軽い気持ちで「貧乳って言うやつは犬のうんこ踏め」なんて言ったけど、ここまで全員に効くとは思わなかった。


 だって、ここにいる男子たち、ほとんどが踏んでるじゃない!


 玄関の騒ぎを背にして、私はすっと背筋を伸ばして教室に向かう。彼らが私にどんな目を向けているかなんて、もう気にすることはない。だって、これだけ注目を集めてるってことじゃない?


 ちょっと得意げな気分で、廊下を歩く私の足取りは、いつもより軽やかだった。


 数日後、別の男子がまた私を貧乳と言った次の日、彼も犬のうんこを踏んでしまった。周りの男子はそのことに気づき、さらにざわつき始める。


「もしかして、貧乳って言ったらうんこ踏む法則、ある?」


「そんなことあるわけないだろ!でも、最近、ほんとにそうなってるよな。」


 一部の男子は、自分が言った言葉のせいでうんこを踏んだと考え始めているようだった。その反応に、私はますます心の中で笑ってしまう。


 ちょっと滑稽だけど、こんな風に自分の胸のことで笑える日が来るなんて、思いもしなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの事、貧乳というやつはいぬのうんこ踏め 桜野結 @ankoro29

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画