第27話 まったく。なんて状態にしてくれたんだよ。

 聖堂でしばらく待っているとノォラから少し遅れてついてくる形でタイロンがやってきた。

 

 ああ、滅茶苦茶不機嫌そうだ。歩きかたがチンピラだ。やさぐれすぎだ。


 扉から入って、四、五歩でタイロンは立ち止まった。待ち受けている俺たち三人が視野に入ったらしく、表情は一層やさぐれ濃度を増した。

 

「新しい雇い主ってのはテメェか?」

 

 タイロンの胡乱な視線がサイラスのあたりで揺れる。ふらふらした足取りで俺たちの前にたどり着くと一つしゃっくりをした。深酔いした身体から漏れ出てくる特有の臭気が鼻を突く。

 

「違う違う!」


 俺が否定の声をあげると同時に、サイラスは全否定の表情で首を激しく横に振った。超絶嫌そうな顔だ。何も言わなくても何が言いたいのかわかりすぎる。

 

 俺は人差し指で自分の鼻のあたりを指した。


「はぁぁああ? なぁんでテメェみたいなチビガキにオレが使われなくちゃなんねぇんだ」


 薄ら笑いの混じる抗議の声にはこれを本気と受け取っていない響きがある。


「オレはぁ、つまらん冗談を聞かされに来たのか!」


 酒で濁った笑い声を上げるタイロン。

 聖堂に戻ってから一度はナグムの後ろに控えたノォラがタイロンの前に進み出た。


「暴言が過ぎます。タイロン。こちらは女神レイネスに招かれた聖女様ですよ」


「女神? 聖女? 知らねぇなぁ。オレにとっちゃ、どっちもどぉでもいい」

 

 タイロンをたしなめるようにナグムが咳払いした。

 

「そもそもだ。テメェについて行ってオレに何の得がある⁉」

 

 聞くと思ったよ! 


「得があるかって聞かれてあると断言できないところがつらいところなんだけれど」


「ああん?」

 

「何を言っているんだ……」

 

 いきりたつタイロン。狼狽えるサイラス。と、神官たち。

 

 まぁ、みんな落ち着け。こういう酒に溺れているやつを動かす言葉はこうと相場が決まっている。

 

「アソンは大きな集落だからね。人の行き来がここよりある。ってことはそれだけ美味い酒が流通している可能性があるってわけで」


「旨い酒、ねぇ」

 

 狙い通り、期待通りの反応で、にやり笑うタイロン。


 まぁ、可能性の話なんだけれど。でも、酒好きには結構魅力的な誘いだと思うんだよね。

 

「旨い酒!旨い酒!! いいだろう。どうせこの集落にも飽き飽きしていたところだ」


 よっし。のってくると思っていたよ。


「もちろん、ただでは飲ませられないよ。仕事をしてもらわないと」


 仕事は護衛と告げると、タイロンは淀んだ笑い声をあげた。

 

「いいぜ、いくらでも暴れてやる。酒さえきらせなければな。チビガキと一緒に行ってやってもいい」


「チビガキじゃない。【アイシャ】だよ」


「どうでもいいんだよ。そんなことは!」


 多分、今、タイロンの頭の中はあるかないかわからないアソンの美味い酒のことで満たされているんだろう。


 酒さえ切らせなければ、かぁ。ってことはあとの課題は酒代。それは結構、いや、かなり難問題だ。ちなみに俺は財布を持っていない。サイラスが全部管理しているからだ。

 ちらっと横目で見上げると、サイラスはまたもや首を横に振る。全力で首を振っているように見えるのに視線は懇願するみたいに俺へ向けている。


 ごめん、サイラス。もう決まったことだから。なんとか頑張って金策考えよう?

 

「話はこれで終わりか? オレぁ、呑んで待ってるからよ。行くときは声かけろ」


 タイロンはよろめく足取りで俺たちに背を向ける。

 扉の前にはいつの間にか外回りから戻ったらしい神官や神官見習い達がいた。皆揃って入ってすぐのところで固まって立っている。が、タイロンが歩き出すのを見てさっと扉の前から、飛び退いて道を作った。


「へへへ、こわがってんじゃねぇよ」


 道を作る集団の壁の中に入りそびれたらしい若い女性神官があからさまに怯えながらタイロンに背を向けた。タイロンの手がするっと伸びて女性神官の尻の丸みをすくいあげる動きで通り過ぎる。女性神官は声もなくすくみ上った。周りの男性神官達は老若そろって口を閉じたままそれを見ているだけ。そして、タイロンが扉の向こうへ消えたとたん、固まっていた一団は分かりやすく脱力する。女性神官は涙をにじませながら小走りに宿舎扉の向こうへ消えた。


「確か、真面目すぎるくらい真面目って言っていた気がするけれど?」


 ひそっとナグムに尋ねると、


「酒量が増えるにつれ好ましくない行動をとるようになり、正直なところ最近では少々手を焼いておりました」


 ひそっと返してくるナグム。 


 ひそひその内容が聞こえたらしいサイラスが目をひん剥いているのが視界の端に見えるけれど、まぁ、どうにもならないよ。諦めろ。


「サイラス君、しっかり聖女様をお守りしてください。お願いします」


 ノォラが申し訳なさそうに、心配そうに言う。 

 申し訳ないという顔をしつつも、女神の示された道なれば、ってあからさまにほっとしている声で呟いたりしているんだよなぁ。


 まったく。なんて状態にしてくれたんだよ。



  

 ナグムから、この先必要となるものを準備させて欲しい、そのために数日の時間を貰えないか、という申し出があった。タイロンを押し付ける形になったと負い目を感じているのだろうか。支援の申し出は有無を言わせない感じだった。

 さらに、俺としてはすぐにでも出発したいところだったけれど、熱が出たばかりだから休まないとだめだとサイラスに怒られた。

 

 もう大丈夫だと思うんだけれどなぁ。


 神殿がしてくれるという準備を待つ間、俺は体調を整えるようにと部屋に押し込まれ、サイラスは神殿業務をこなしつつ過ごすことになった。

 サイラスは準備待ちの間にタイロン同行がなくなるのを期待していた様子だったけれど、そんな話には当然ならず、ナグムもノォラも何やら忙しそうに神殿の外へと出かけていた。

 

 二日後、体調完全回復の合格をサイラスにもらってからタイロンの様子を見に行くと、薪の納品をしている様子もないのにあいも変わらず飲んだくれていた。代金はまだ神殿持ちっぽい。放出前の大サービスと言ったところだろうか。


「聖女様、よろしいでしょうか?」


 タイロンの様子見を戸口から覗くだけでサクッと切り上げ帰ろうとしたところ、後ろから呼びかけてきたのは店長【マシマ】だった。


「ちょうど神殿の方へお伺いしようかと思っていたところでした」


 マシマはそう言って自分の後ろに視線をやる。マシマが後ろ手に引いていたのは小さめの木製の荷車。上に樽がいくつも積んである。


「こちらが神殿よりご注文頂いておりました飲料水およびお酒になります。食料の方も後程お届けの予定となっております」


 え。

 小学生が三人くらい乗れそうな荷車に、4ℓ樽くらいのやつがざっと数えても10個程……いや、もっと乗っているか。その上まだ何かあるの?


「飲料も荷車もお代をいただいております。ひとまずどうぞお納めください」

 

 神殿の準備がすごすぎる。というか、いきなり大荷物なんだが。

 

「あ、ありがとう……」


 必要なものの準備ってこういう感じのだったのか。


「待ってください。非常にありがたいお話ではありますが、この先これをずっと持ち歩くのはかなり難しいと思います。」


 うん。まぁ、サイラスの言うとおりだね。


「半分はお酒でありますから、お飲みになられる方が運ばれれば問題ない、と神官長様からのご注文で」


 そこまで考えて⁉ 

 

 営業スマイルを浮かべて揉み手するマシマ。



「そういえば、なんか、マシマ……さんってここの雰囲気と違うよね?」

 

 タズムってこう、なんていうか、のんびりしたイメージなんだけど。めちゃくちゃ浮いていない?

 そうだ。この人、俺の書いたラトハノアの世界観っぽくないんだよね。しぐさ? 言い回し? 現実世界の人っぽい……というか! そもそもこの人も登場させてない人だよ。うん。

 

「おわかりになりますか! わたくし、少し前にアソンから移り住んだ者でして。まさかこの歳になってこのような田舎に移り住むとは夢々思いませんでしたが。それもこのように酒場利用者の少ない片田舎にです! しかしそんなことで膝を折るわたくしではありません! わたくしが来たからにはぼんやりとした店で終わらせませんよ!」

 

 えーと、アソンをそんな雰囲気に書いた覚えもないんだけどな。おそろしく嫌な予感がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冴えない小説家志望の黙示録 ろく @KuronekoRoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画