おままごとの人形
根ヶ地部 皆人
おままごとの人形
「ばっかみたい」
バーのカウンターに片肘ついて、栗色の髪をした女が吐き捨てた。
「どいつもこいつも恋愛デート結婚ハネムーン浮気失恋痴情のもつれ」
「なかなかにバリエーションがありますね」
苦笑したバーテンダーに、女が噛みつくように叫ぶ。
「同じよ同じ! ぜーんぶ惚れた腫れたの話ばっかりじゃないの!」
「良いことだと思いますよ?」
バーテンダーは笑みを、今度は苦笑ではなく、心からの微笑みを浮かべて言った。左半身の口角挙筋が収縮しているのがよく分かる。
半身の皮膚がない人体模型は表情が分かりやすいのやら分かりづらいのやら、と女は肩をすくめたが、その彼女もじつのところ人間ではない。
人間……地球の支配種族である「ヒト」が絶滅して、もうどれほどの時が過ぎたのか。
地上で生活を営む、もしくは生活の真似事をしているのは、「ヒト」が絶滅した後に命を得て動き出した人形たちなのである。
「ばっかみたい」
栗色の髪をした女の人形は、またそう言ってグラスを傾けた。
琥珀色の液体が、女の口の中に流れ込む。
口だ。口がある。
女には、口があった。いや、人間を模した人形に口があるのは、不思議ではあるまい。だが、飲食の必要がない人形に、なぜ液体が飲めるのか?
「おままごとよ、おままごと!」
叫んだ女が空になったグラスをカウンターに叩きつけると、バーテンダーが即座に瓶を傾け、グラスを琥珀色の液体で満たす。
「飲みすぎですよ」
言動不一致の人体模型を、女が睨む。
「酔っ払いはしないわよ。人形なんだもの」
「そうですかねえ」
「そうよ!」
またも一気に酒を飲み干し、グラスをカウンターに叩きつける。
「恋も酒もぜーんぶおままごとじゃないの!」
「そうですかねえ」
「そうよ!」
グラスに酒が満たされる。
女はグラスを持ち上げ口元へ運び、そこで不意に溜息をついて、グラスを持つ手に額を預けた。
「おままごとだわ。愛だの恋だのってのは、あんなもんじゃないの。人形たちがやってるのは本物じゃないのよ」
「そうですかねえ」
「そうよ」
あんたさっきからそればっかりね、とバーテンダーを睨みつけて言う。
「わたし、愛についてはくわしいのよ」
あらためてグラスを口へと運び、一気にあおる。
女の口元から、一筋の琥珀色の液体が流れた。
口があり、酒が飲めても人形は人形。アルコールを吸収できるわけではない。彼女のボディの許容量を、飲酒量が超えてしまったのだ。
「愛のことなら、なんでも聞いて。伊達に
バーテンダーの人体模型が手を伸ばし、女の口元に残る酒の雫を親指で拭った。
左半身の皮膚がない男と、ただ美しくあるために造られた女が見つめあう。
「人間がわたしに向けた愛は、あんなもんじゃなかったもの。だから人形の愛はおままごとなの」
男の手が女の頬を撫でた。
「ああ、あなたは寂しいのですね」
「それもきっと、おままごとだけどね」
男の手の上に、女の手が重なる。
「ばっかみたい」
おままごとの人形 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba
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