隙間から覗く顔

龍田乃々介

前夜

「おい、なんか着信してるぞ」

「え、なんすか着信してるって。普通電話鳴ってるぞって言いません?」

「鳴ってねーだろマナーモードで。早く出ろよ。彼女じゃねーの?」

「え~俺彼女いたんだ~あどれどれ…………あぁ、っクソがよ……」

「桧山って誰?彼女?」

「先輩それしつけーっす。友達ぃ……みたいなもんすかね。もう縁切りたいすけど」

「何?金貸してくれとか?やめとけよ~金貸しの良い男は女嫌がるぞ~」

「あーもうちょっと酒抜いて来てくださいよしつけーっすよ、最近幼馴染モノにしたからって調子乗って……


あ、いや丁度いいわ。先輩ちょい聞いてくださいよ。

俺のダチ、最近おかしいんすよ」



桧山が実家にいたころ、あいつの部屋に変なのがいたらしいんすよ。

いつからいたのかとか、なんでいるのかとかまったく知らなくて、ある日うっかり知っちゃったみたいな。事故みたいな気づき方したらしいです。

授業でやるプリント解いてたら地震があって、小さい揺れだったんすけど棚の上に飾ってた野球選手のサイン色紙が後ろの隙間に落ちちゃって。

で上から見て、あこりゃ横から取るかってなって、横から見て、それで目が合ったらしいです。


そうそう。って。

横から見たら、棚と壁のほっそい隙間の向こう側に、男の顔があったって言ってました。


見えてるのは男の細い目と、その下の頬と、その上のおでこと髪の毛くらい。顔の三分の一か四分の一かくらいっつってたかな。無表情な感じでじーーっとこっちを見てたらしいです。

もうめちゃくちゃビビったって言ってましたよ。足攣るくらい勢いよく跳ねて部屋の隅っこに激突したとか。

そういうかんじで一旦離れたわけですけど、でもそしたらもっと怖くなってきちゃったんですって。

ってのも、その棚が置いてあったとこ、開けっ放しにしてるクローゼットの横なんで、こういう感じで……、棚の向こう側ってのが扉で塞がってる形らしいんすね。

つまり、人が入れるスペースとか絶対ないって。

まあ人いたとしてもそっちのが怖いだろって話すけどね。でまあ顔のあった位置の低さ?的にも絶対おかしいってことで、怖くてしばらく動けなかったけど、めちゃくちゃゆっくり動いて部屋のドア開けて、ダッシュで廊下出てリビング行って母ちゃんに泣きついたらしいです。そんとき高校一年っすよ。ウケますよね。

まあその母ちゃんもそう思ったのか、見間違いでしょって取り合わなくて。桧山がめちゃくちゃに泣きついたら、お前いくつだよってめちゃくちゃにキレられて。でもそれで逆に勇気出たらしいです。幽霊より母ちゃんのが怖いわって。

自分の部屋戻って、恐る恐るもっかいその隙間を覗いて、やっぱクローゼットのドアが汚れててそれが顔に見えたんじゃねーかなって……


そんなことなくて。普通にいたらしいです。その顔。

無表情に、じーーーーっと、こっちを見てくるんですって。


それから桧山はしばらく部屋を避けて、なんかの拍子に勇気が出る度隙間を覗いたけどやっぱり顔があって。でも母ちゃんにはこっぴどくキレられたんで誰に相談するわけにもいかなくて、結局進学して実家出るまで棚とクローゼットの周りになるべく近づかない生活送ったらしいです。

で、ここからが最近の話なんすけど。


実家が全焼したらしいです。


火元わかってません。モバイルバッテリーとかじゃないかとは言われてます。桧山の母ちゃんがあいつの部屋掃除したとき、なんか不用意に触ったんじゃないかって。

でも火事の話聞いてあいつが一番ビビったのは燃えたことじゃなくて。


クローゼットを閉じて、棚の後ろを掃除した。って母ちゃんが言ったらしいんすね。


「あの隙間の顔が隙間から解放されて、家に火を点けたんだ……」


ってあいつは考えたみたいです。それ以来夢にその顔が出てくるんですって。

下宿先の部屋のベッドと壁の間とか、大学のPCルームにあるPCと仕切板の間とか。行きつけの牛丼屋の券売機の札入れるとことか、テレビに出てた展望デッキの人ごみの間とか、コンビニに並んでるペットボトル売り場の向こうとか、服屋の服と服の間とか、電車とホームの間とか……って言ってたっけな。とにかく夢の中で見る隙間には必ず、あの顔がいる。

しかも夢に出てくるその顔は、逆さになってるらしいです。

そう。逆さ。上下逆です。つまり、最初に見てた顔の左半分の、逆が見えるんすよ。


酷い火傷でぐちゃぐちゃに爛れた右の顔が。

そっちの顔は笑ってるんですって。ニタァ……って。


そーゆーわけであいつ、住むとこずっと転々としながら、行く先々でとにかく隙間埋めまくってるらしいです。

あの隙間の顔が現れないように、燃やし殺されないように……って。



「…………マジ?」

「マジです。何人か他の友達が桧山のこと泊めてやったらしんすけど、リュック一杯のガムテ持参で部屋ン中目張りされまくったとかで、みんなガチギレしてました」

「うわ~。そりゃイヤだわ。泊めねーわそりゃ俺でも」

「そでしょ?なんで俺も連絡無視してんすよ。うち荒らされたくねーし、なんか気味悪いし」

「ひぇー不気味だ不気味だ。酔い覚めたわ。おーこわ」

「へっへ、話した甲斐ありましたわ」

「怖いから……電話してミチルに慰めてもらおっかな!」

「うぜー!うっわそんな、うっきうきでスマホ打つ人いるんだこの世に!うーっわ!あーなんすかその顔腹立つ……」




「あれ…………圏外?」

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隙間から覗く顔 龍田乃々介 @Nonosuke_Tatsuta

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