Episode 14 とある訪問者

【現在、とある森】


「それじゃマルタ様、私は一度家に帰るわね」


 家に到着するやいなやセーラがそう言うものだから私は驚いてしまった。


「分かった。両親も心配しているだろうからその方が良い」

「また来週になったら来るから話をしっかり思い出しておいてね」


 セーラが家を出た後、私は二日ぶりに一人の時間を過ごすことになった。思えばこの日々が当たり前だったはずなのだがたった二日間、少女と過ごしただけで既に寂寞の感情が胸の内に芽生えていた。


「さて、昼食の準備でもしようか」


 そう言い、腰を椅子から上げた時、扉をノックする音がした。セーラが何か忘れ物でもしたのかと思い、足早に扉へ向かう。

 

「セーラ、何か忘れ物でもしたのか…」


 何の確認もせずに扉を開けるとそこには美しい女性が立っていた。歳は二十半ばだろうか、思い出せないが誰かの顔に似ているような気がした。


「す、済まない。あまり人が来ないものだから知人と勘違いしてしまった」

「お昼時にすみません。貴方がマルタさんで合っていますか」


 私は少し警戒しながら「ああ、確かに私の名だが」と答えた。


「良かった。貴方が憶えているかは判りませんが、お会いするのはこれで二回目なんですよ」


 その言葉を聞いて私ははっとした。彼女は私が修業でミーシャとルーンの森に出かけた時に泉で見た女性だ。その時は一瞬しか顔を見なかったが、先代騎士王様に似ていたからよく憶えていた。


「貴方はあの泉で会った…」

「そうです!憶えていてくれたんですね」

「それはもう。立ち話もなんだから入ってくれ」

「ありがとうございます。では」


 その後は二人で昼食を取り、互いの緊張が解れてきたタイミングで私は訪問の目的を訊いた。


「さて、本題だが今日はいったいどういう目的で私を?」

「は、はい。そうですね…何から話したら良いかしら」


 彼女の名はアルセイアスと言うらしく、先代騎士王様と同じ名前だった。


「まず私についてですが、私は先代の騎士王アリス・アルセイアスの母です。種族は貴方達がいう精霊ですね」

「やはりそうでしたか…」

「ふふふ、話し方は変えなくて良いですよ。だって貴方は今の騎士王ではないですか」

「私には十数年間、民を騙し続けたという罪があります。そんな私に王を名乗る資格はありません」


 罪を悔いる私を彼女は責めも慰めもせずに、ただ優しく微笑みかけていた。しかし、ただの微笑みでこんなにも心が救われるのは彼女が精霊だからだろうか。

 

「あの状況では仕方ないことだと私は思いますよ」

「あれを観ていたのですか」

「ええ、私は精霊ですから聖界の出来事はほとんど観ていますよ」


 驚く私を見て彼女はにこっと微笑んだ。


「ここからが本題ですが、マルタさん。貴方はどこまで憶えていますか?」


 私の身体が固まった。彼女はこの数日間で感じてきた違和感について何か知っているのだ。


「それが詳細な記憶はあまり…。最近家にくるセーラという少女に昔話を聞かせていて、徐々に思い出しているのですが」


 セーラという名を聞いて彼女の表情が曇った。


「彼女は貴方に何と?」

「いえ、ただ私の昔話、英雄譚を聴かせて欲しいと」

「…そうですか」

「貴方は私の記憶について何か知っているんですか?教えて下さい!」


 思わず声が大きくなる私に対して申し訳なさそうに彼女が口を開いた。


「私にとっても今の状況、特にセーラさんの存在は想定外なんです。マルタさんの記憶についても無理に情報を教えて思い出させてしまうと貴方に悪影響があるかも知れません」


 私は「そうですか…」と一言だけ返答した。


「セーラさんの目的は判りませんが、注意した方が良いと思います。あと、私は貴方の味方ということも覚えていて下さいね」


 確かに彼女から敵意は感じない。


「さて、今回は現状確認で来たのでそろそろ御暇おいとますることにします。また一週間後にお会いしましょう、どうやらセーラさんは毎週このタイミングは必ず帰宅しないといけない様ですから」


 そう言って立ち上がった彼女の見送りをしに扉へ向かった。


「そうそう、貴方の記憶が戻ることは良いことなのでこれからもセーラさんに物語を話してあげて下さいね」


 最後にそんな言葉を残して彼女は去って行った。


―――――――――――


【現在、ルーンの森 深奥の泉】


 私はマルタさんと別れてから森の泉でセーラさんのことを考えていた。そもそも、あそこにマルタさん以外の人が現れるなんてあり得ないはずだったのだからこれは異常だ。


 そしてセーラさん、彼女は自分のことについてマルタさんに何も話してはいない様子だった。


「まさか、セーラさんの目的はマルタさんへの復讐…?」


 いや、そう決めつけるのは早計な気がする。しかし、ではなぜ彼女がマルタさんの前に現れたのかが解らない。


「マルタさんの治癒はもうすぐ終わるはずですが、このタイミングでイレギュラーが発生すると困りますね」


 今回私がマルタさんに施した回復の奇跡は強制力と実現力がとても強いものだが、奇跡をかけた後における対象への干渉がほとんど出来ないという欠点があった。故に現状この奇跡を中断することは不可能という事になる。


「情報が少ない中これ以上は考えても仕方ないですし、久し振りに外の様子を見に行きますか」


 私はルーンの森に棲む動物達を誘って森の外を見に行くことにした。足取りは決して軽くはないが、これはこの森の精霊としての責務だ。動物達もどこか不安そうな目をしている。


「大丈夫ですよ、皆さん。見るだけですから」


 動物達を励ましつつ、私は森の入り口へ向けて歩みを進めた。


―――――――――――

【用語】


■ルーンの森

グレグランド王国から北に10kmほどの場所にある森。聖界きっての巨樹の森でさまざまな動植物が生息する。

森の中心部には泉があり、森を守る精霊が棲むと言われている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、サンサント王国以外では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。

何かの罪を悔いているがその詳細は不明。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには彼女の存在は想定外らしい。


■アリス・アルセイアス

二十二歳の女性。聖界最大の国、グレグランドの十代目国王。

王としての彼女は常に冷静で、裏切り者を容赦なく殺す冷酷さから氷の王と呼ばれることもある。


■アルセイアス

ルーンの森の深奥にある泉の精霊、森の精霊とも呼ばれる存在。

騎士王アリス・アルセイアスの母親でもあり、外見はアリスに似ている。

マルタの現状に深く関わりがある様だが詳細は不明。敵ではないようで、傷ついたマルタを癒していると思われる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀髪騎士の英雄譚 Ⅰ 家ともてる @TomoteruUchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画