Episode 13 歴史の彼方に消えし王都の跡地

【現■、とある$℉■@】


 焚火が消え僅かな煙が日の出前の少しずつ白み始めた空へ昇っていく。


 私はそんな世界が動き始める前の静寂の中で目を覚まし、横ではセーラがぐっすりと眠っていた。


「さて、出発するか」


 私はこっそりとかけ布を抜け出し、剣を腰にかけて霧が出ている森へと歩き始めた。


 森の外は一体どうなっているのだろうか。セーラが言うように魔界との戦争に勝ったのならばこの森の外には美しい草原が広がっているはすだ。


「しかし、これはどういう状況だ…」


 この森はおかしい。昨日から歩けど歩けど鳥獣どころか、虫の気配すらしないのだ。辺りには霧とその中で不気味に立ち並ぶ巨木達しかいない。


「先を急ごう…あまり遅くなるとセーラが起きてしまう」


 走って二十分ほどで昨日も訪れた森の入り口手前に到着した。夜明けはまだだ。


「よし…」


 私は森の入り口に向かってゆっくりと歩を進めた。まだ夜明け前なのと霧のせいなのか、森の入り口から光が入ることはなく、薄暗い道が続いている。ここを抜ければ外が見えるは…。


 背筋が凍った。こんな時間に森の入り口に誰かが立っている。影になっていて姿は解らないが背丈は私の肩くらいだ。そう、丁度セーラくらいの。


「誰だ!」


 私は影に向かい剣を構え、そう問いかけた。影からの返答は無い。私がゆっくり一歩を踏み出すとその影はすうっと消えてしまった。


「ふーっ…」


 良かった、どうやらいなくなったようだ。しかし、あの影は一体何だったのだろうか。私は落ち着きを取り戻して剣を鞘に収めた。


「マルタ様。私、森を出ちゃダメって言ったわよね?」


 身体をビクッと震わせて振り返る。すると私は一瞬で闇に飲み込まれてしまった。


―――――――――――


 【現在、とある森】


「マルタ様ーマルタ様ー!」


 私はハッと目が覚めた。

 辺りはすっかり明るくなっている。


「セ、セーラ?」

「もう、お寝坊さんね。ほら、家に帰るわよ」


 身体を起こすとセーラが既に帰り支度を済ませていたようで、残されていたのは私の上のかけ布だけだった。


「少しうなされていたけど大丈夫?」

「済まない、何やら不穏な夢を見てな」

「ふーん…」


 セーラは意外にも興味が無さそうな態度だ。


「さ、出発よ!」


 そう言ってセーラと私は家に向かって歩き始めた。森の中は昨日とは違い、鳥獣の鳴き声がしていた。

 

 道中でサンサント王国を出発して紅蓮の騎士に出会う話を聞かせてあげたところ、新しい騎士の登場にセーラが目をキラキラさせていた。


「紅蓮の騎士サラ・サーシャル様かあ。私の憧れの人の一人よ」

「そうなのか?」

「女騎士って少ないしね。私もなりたかったなぁ」

「これから目指せば良いじゃないか。その歳で竜の卵をとれるのだから才能は十分だろう」

「…そうね。チャンスがあれば目指そうかしら」


 しばらく沈黙が続き、セーラが口を開いた。


「それで、紅蓮の騎士とはその後どうなったの?」

「あ、ああ。その後は――――」


 何処か気まずい雰囲気の中、私は物語の続きを語り始めた。


―――――――――――


【二十三年前、北部のとある森】


 サーシャル卿と行動を共にしてから二日ほどして私たちは彼らと私たちの目的地である砂漠に辿り着いた。

 

 それまでの道は常に森の中だったというのに突如として視界が開けて、荒涼とした大地が広がっていた。こんなところに異界に繋がる扉があるとは思えなかった。


「さあ、到着したぞ。ここが目的地の砂漠『王都の跡地』だ」


 私は思わず「え?」と言ってしまった。

 それを聞いたサーシャル卿が「どうした?」と続ける。


「ここが王都の跡地?建物らしきものが何も無いじゃない」

「ああ、初見では驚くのも無理はない。一説にはこの大地を満たす砂こそが遥か昔に栄えたとされる王都の建造物の成れの果てだと言われているが、この場所は表だけではない」


 サーシャル卿は外套を翻して騎士団員の方をみた。


「諸君!これから砂漠に入るにあたり作戦を練るぞ」


 彼女の掛け声と共に団員たちは彼女を中心に円を作り、私たちも一緒に並んだ。


「我々はこれから眼前に広がる砂漠に入るが、真に目指すはその地下に広がる未踏破の大迷宮『王墓への路』、その最深部だ!先ずはその入り口を探す必要があるのだが、スライト!何か案はあるか?」


 スライトが「はっ」と返事をして答える。


「歴史文書によると大迷宮の入り口は王都の中心部にあったと記されています。そしてその中心部には何をしても決して壊れない結界が張られていると」

「なるほど、ではどうすれば良い?」

「『絶対に壊れない』なら都合が良い。サーシャル卿の攻撃で唯一無事な場所、そこが入り口です」

「大胆かつシンプルな方法だ、気に入った!では諸君、しばし森の中に隠れていろ」


 団員達が一斉に森へと走っていき、私たちもそれに続いた。樹の後ろから砂漠の入り口に立つサーシャル卿をスライト、レイモンドと一緒に見た。


「いったい何をするの?」

「サーシャル卿の聖具を解放して迷宮への入り口を見つけるんです」


 彼女が背中にさしていた深紅の戦斧を抜き、大地に突き立てた。


「聖具を解放します!マルタさん、頭を下げて下さい!」

「えっ、ちょ…」


 スライトが私の頭を手で押さえつけたタイミングでサーシャル卿が叫んだ。


「世界が忘れし名匠が生んだ戦斧せんぷ未戦にして常勝の斧エカテリーナよ!目覚め、我が呼び掛けに応えよ!」


 彼女の声と共に戦斧が赤く輝き始め、それは宝石が輝くようなものではなく、マグマが発している熱の輝きだった。彼女の白い歯の隙間からは白い煙が出ていた。


 彼女は両手で戦斧の柄を握りしめ、大きく後ろに引いて構えた。柄を握りしめる彼女の手からも白い煙が出ており、戦斧が帯びる熱を感じさせた。


「我が眼前に広がる大地を焼き尽くせ!望んだ戦果をもたらす一振りボルカニック・アウスブルーフッ!」


 彼女が斧を振るった瞬間、大地は爆炎に包まれた。


―――――――――――

【用語】


■王都の跡地

それは実在したのか、今となっては誰の記憶にも残らない歴史の彼方に消えし王国の跡地。

当時の建造物は遺らず、ただ荒涼とした大地が広がる場所。


■扉

神界、聖界、魔界、人界それぞれを繋ぐゲート。

聖界内ではランダムな場所に出現する。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■サラ・サーシャル

二十歳の女性で、グレグランドの十二騎士の一人。

ウェーブがかかった赤毛の騎士で左眼には眼帯をしている。

大雑把だがサッパリした性格をしており、時折懐の深さを感じさせる。マルタが騎士を目指していると聞いて密かに喜んでいる。

紅蓮の騎士団カルメロスを率いており、バランスがとれた騎士団らしい。


1)未戦にして常勝の斧エカテリーナ

彼女が使用する戦斧。

今となっては誰の記憶にも残らぬほど遠い過去の名匠によって製作された珠玉の一振り。

刃の部分には古い文字で「此れ、万戦万勝の斧なり」と書かれている。

使い手が見つからず、一度も歴史上にその姿、名前を現すことは無かったが製作者がその戦果を願い、時代と空間を超えて彼女の手に届いた。


■スライト

紅蓮の騎士団カルメロスの副団長。

使用する武器は弓。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る