第三章 銀髪の少女と神秘の扉
Episode 12 北部の森、怒れる聖獣に追われて
【現在、とある森】
「まだまだ先は長いわね…」
焚き火を見つめながらセーラがぽそっと呟いた。目はウトウトしていてとても眠そうだ。
「セーラ?」
「あ、ごめんなさい。私、今日は疲れちゃったみたい」
「そうだな。もう寝ようか」
私は奇跡を唱えてかけ布を出してセーラにかけた。地面には柔らかく、背の低い草が密集しているから横になっても問題無さそうだ。
焚き火がパチパチする音を聴きながら、私とセーラは眠りに付いた。その夜、私は王都の跡地へと向かう道中の夢を見た。
―――――――――――
【二十三年前、サンサント王国北部のとある森】
「ちょっとレイモンドおじさん!なんでアイツを刺激したのよ!私、ダメって言ったわよね!」
「そんなこと言ったってしょうがねえだろ!起きちゃったんだよ!」
サンサント王国を出て四日目、私たちは「王都の跡地」を目指して野宿しながら北部の森の中を進んでおり、森に棲む鋭い牙を持つ体長五メートルはありそうな聖獣から全速力で逃げていた。
これも全て、希少かつ食べて死ぬなら本望と言われる食材をレイモンドが欲しがり「止めておけ刺激するな、起こすな」という私の忠告を無視した結果だ。
「へっへっへ、でも見ろよお嬢ちゃん!おかげで巣造り小豚を手に入れられたぜ、今夜はご馳走だ!」
そう言うレイモンドの右脇には小さな小豚がぶひぶひ鳴きながら大人しく抱えられていた。
「その子を食べる前に私たちが食べられちゃうわよー!!」
ガルルルゥ!ガグァァァ!
後ろから殺意に満ちた唸り声が聴こえるが私は振り返らない。いや、その聖獣の恐ろしい顔を想像して振り返ることが出来なかった。
「もうすぐ道にでる!荷馬車に乗ったら全力で逃げるぜ!」
ハッハッハッ…!
森の中をこんなに全力で走ったのは村が魔人に襲われて以来だった。ついに道に出た私たちは止めていた荷馬車に乗り込み、レイモンドが手綱で馬を走らせた。
しかし、ふーっと一息ついたのも束の間。聖獣も道に出て私たちを追いかけ続けた。
「あぁっもう!しつこいわね」
私は荷台の上で剣を構え、最悪飛び降りて戦う覚悟を決めた。
「そこの娘!少し待つんだ!」
「え」
ヒュゥゥン、ドオォン!
どこからか声が聞こえたような…と思っていたら何かが空から降ってきて聖獣に激突し、辺りは土煙で何も見えなくなってしまった。
私たちは荷馬車を止めて様子を窺い、だんだんと土煙が晴れてくると誰かが倒れた聖獣の上に乗っているのがわかった。
「間に合って良かった!娘、怪我は無いか!」
そう私に問うてきたのは鎧を身にまとい、左目に眼帯をつけた女性の騎士で右手には深紅の斧を持っていた。
「え、ええ。私たちは大丈夫です」
「そうか、無事で良かった!」
そう言ってニカッと笑う騎士の後ろから声がした。
「サーシャル卿!勝手にどっかに行くのはいい加減にやめて下さいよ」
聖獣の後ろから若い男の騎士が出てきて、何やら彼女に怒っているようだった。
それよりも気になったのは彼の言葉。そう、サーシャル卿と言っていたのだ。そして私はその名前を過去に聞いた事があった。
「サーシャル卿ってもしかして…紅蓮の騎士、サラ・サーシャル?」
私の声を聞いて彼女は真っ直ぐに私を見た。
「いかにも!グレグランド王国十二騎士が一人、紅蓮の騎士とは私のことだ」
――――――――――
【二十三年前、サンサント王国北部のとある森】
「あっはっは!そうかそうか!巣造り小豚を獲ってアイツを怒らせたのか。あの二種は共生関係にあるからな、そりゃ怒られて当然だ」
その日の夜、私たちと紅蓮の騎士サーシャル卿が率いる騎士団は一緒にキャンプをすることになった。彼女の話を聴いてみたかったのもあるが、私たちを助けてくれたお礼のためだ。振る舞う料理はもちろん巣造り小豚を使った肉料理にした。
「しかしこの角煮は美味だな!マルタちゃんの料理が常に食べられるとはレイモンド氏は幸運という他ない」
「お嬢ちゃんは騎士になるための修業で料理を作らされていたからな」
「ほう、騎士になる修業で料理か。あまり聞かないが師匠は誰だ?」
酒をぐびぐび飲みながら彼女が私に聞いてきた。
「ルーカスさんよ」
「なんと先導の騎士殿だったか!あのお方ならあり得る、うん、納得だ」
お酒を飲んだ彼女はかなり上機嫌のようで、横にいる若い男の騎士は「後のお世話が大変だ」と言いたげな深い溜息をついていた。
「私、サーシャル卿に聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」
「ん、何でも聞きなさい。あと、呼び方はサラさんとかで良いぞ」
「サラさん、こんなところになぜ騎士団を引き連れて来ているの?グレグランド王国からはかなり遠いけど」
「ああ、それはこの先の砂漠に…っ!」
サーシャル卿が言い掛けた時に横に座っていた騎士が急いで彼女の口を手で塞いだ。
「サーシャル卿!気軽に話しては駄目ですよ!これは騎士王からの秘密の依頼なのですから!」
「ええい!離してくれスライト!」
彼の名前はスライトというらしい。
「話を聞くと二人ともグレグランド王国出身でマルタちゃんは騎士を目指しているらしいではないか、それにレイモンド氏はルーカス殿の弟で体術に優れているときている。内容は話しても問題ないだろう、何なら協力をお願いしたいくらいだ」
あからさまに嫌そうな顔をしているスライトを無視して私はサーシャル卿との話を続けた。
「騎士団が派遣されるってことはかなり大きな依頼なの?」
「大きな依頼になるかはまだ分からぬが、我が
「なるほどね。それでその依頼内容って?」
「とある扉の確認だ」
「扉?」
焚火の火が私の心のざわつきを映すかのように揺れ動いていた。
「ああ、扉だ。扉は扉でもただの扉ではない、異界と聖界を繋ぐ扉だ。マルタちゃんは四界についてどこまで知っている?」
「異界と聖界を繋ぐ扉」。私はサンサント王国で出会った叡智の魔人カーラを思い出していた。それを察したのか、レイモンドが私の肩に手を置いて落ち着くよう促す。
「そうね、おとぎ話程度にしか知らないけど神界、聖界、魔界、人界の四つの世界よね。魔界は聖界に隣接しているし、魔物も来るから存在するのは分かるけど、神界と人界はおとぎ話の中だけで実際には存在しないって聞いているわ」
「うむ、一般的には確かにそうなっている。しかし事実は異なる」
思い返してみると私は何度かそれらの言葉を聞いた事があった。精霊王は奇跡を使い神界の裁定者を「召喚」していたし、騎士王と出会ったあの日。私が玉座の間から出るときに入れ替わりで入る人物が「人界の代表との会合」と言っていた。
「神界と人界は存在する。そしてそれらと繋がる入り口がどういう理由か、ランダムに出現し消滅するんだ。神界に繋がる扉は過去に一つしか発見出来ていないがな」
「もしかして魔界と繋がる扉もあるの…?」
場を緊張感が満たし始めた。
「―――ああ。存在する」
やはりそうだったのか、私は強くこぶしを握りしめた。
「今回の依頼はその扉の発見と確認だ。魔界に繋がる扉なら塞がないといけない。その場合、魔物との戦闘になる可能性が高く戦力はいくらでも欲しいところだ」
サーシャル卿は焚火を横に真っ直ぐ私を見つめた。
「分かったわ。私たちも連れていって」
「よく言った!よろしく頼むぞ」
白い歯を出してニカッと笑うサーシャル卿、仕方ないなと笑うレイモンド、やはりこうなったかと溜息をつくスライト。
こうして私とレイモンドは精霊の加護を受けるついでに紅蓮の騎士の手伝いをすることになったのだ。
―――――――――――
【用語】
■扉
神界、聖界、魔界、人界それぞれを繋ぐゲート。
聖界内ではランダムな場所に出現する。
■聖獣
神性が強い獣。
獣神の子孫と言われており、狡猾な聖獣は奇跡を使って狩りを行う。
■奇跡
神、聖なる種族が起こす現象の総称。
精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。
主に聖界、神界で使われている。
■魔法
神、魔なる種族が起こす現象の総称。
エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。
主に神界、魔界で使用される。
■魔術
主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。
魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。
【登場人物】
■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ
三十九歳の女性。
この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。
十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。
現在、記憶の混乱が見られるがいったい…
■セーラ
マルタの昔ばなしを聞く少女。
二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。
竜の卵を手に入れる実力がある(?)
■レイモンド・ルーク
二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。
グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。
お酒好き。
■サラ・サーシャル
二十歳の女性で、グレグランドの十二騎士の一人。
ウェーブがかかった赤毛の騎士で左眼には眼帯をしている。
大雑把だがサッパリした性格をしており、時折懐の深さを感じさせる。マルタが騎士を目指していると聞いて密かに喜んでいる。
彼女自身が使用する武器は深紅の戦斧。
■スライト
使用する武器は弓。
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