浩一の章 第一節

 皆さん、初めまして。私は、浩一と申します。つい先日、五十ニ歳になりました。

 ハナは、私の大切な伴侶です。


 これまでのことを振り返ってみると、生まれた村でのこと、村から出て今までのこと、全てあっという間だったような気がします。


 少女だったハナの家族に起こったこと、山で起こった落石事故のことは、父から聞きました。ハナのご両親と一緒に山に入った人が、落石に巻き込まれたハナのご両親の救出を村の人達に頼んだそうなのです。しかし、救出に向かった村の人たちにできたのは、現場からハナのご両親のご遺体を搬送することだけだったそうです。


 村長である私の父が取り仕切り、ハナのご両親のお葬式を済ませた後、たった一人残されたハナの今後のことについて話し合う人たちが集まりました。集まったのは、ハナのご親戚、私の両親、それと両親の友人である商家のご夫婦でした。


 私の父がその話を進めていたそうです。

「ハナ? お前は外に出ておいで。話が決まったら呼びに行くから、それまで家の外で待っていて欲しいんだ。おいシヅ、お前がハナに付いていておやり。そう、大丈夫だ、心配はいらないよ。……さて皆の衆、これでこの場には大人しかいない。遠慮のない話を聞かせておくれ」


 しばらく続いていた重たい沈黙を、ハナのご親戚のうちの一人が破ります。

「……うちは無理だ。とてもじゃないが余裕はない。うちには子供が二人もいるんだ。この上負担を増やしたら、とても食べてはいけないよ」

 その声に導かれるように、次々に同じような声が続いたそうです。

「うちもだ、余裕なんてない」

「ハナには悪いけど、うちも無理です」

「うちもです。兄貴には随分助けてもらったけど、とてもじゃないが余裕がない」


 次々に上がる否定の言葉に耐えかねるように口を開いたのは、村で有数のお金持ちと言えるお家だった、商家を営んでいるご夫婦のご主人でした。

「もういいよ、皆の衆。うちがハナを引き取ろう。丁度、奉公人を探そうとしていたところでね」

 父が口を挟みました。

「ハナの年を考えると奉公人には早いようにも思うが、商いの役に立ちそうか?」

 ご主人は答えたそうです。

「どうかな。実のところ、それはあまり関係がないよ」


 そのご主人のことは、昔から知っている父が言います。

「そうか。お前がそう言うのならいいが、任せていいのだな?」

「できるだけのことをする、ハナのためにな。ご親戚一同がそれでいいのならだが」

 ご主人がそう言ってハナのご親戚一同を見回すと、皆俯いてしまったそうです。


 父が代わりに答えます。

「ご親戚一同もそれでいいそうだ。ハナのことをよろしく頼むよ」

「勿論だ。うちの子供として大切にすると約束するよ、ここに居る皆の衆に」

 ご主人がそう言うと、ご夫婦の奥さんが外で待っているハナを迎えに行きました。


「ハナ? ご両親のことは残念だったね。改めてお悔やみを言わせておくれ。それでね、これからお前さんはあたしらのうちで生活してはどうかって話になったんだ。それでもいいかい? うちでは少し商売をやっていてね。家仕事を手伝ってくれる子がいると、とても助かるんだよ。慣れてきたら、おたなの仕事も手伝ってくれるとありがたいがね」


 その時のハナは、両親を失ったという大きな衝撃と、これから自分がどうなるかわからないという不安で混乱していたと思います。ハナはその時、しばらく黙っていましたが、ようやく口を開いて言ったそうです。

「……私を雇ってくださるのですか? でも、私にできるお仕事があるでしょうか」


 ハナは、まだ子供の自分にできる仕事があるのだろうかと不安を感じたようです。賢い子供だと思います。ご夫婦の奥さんは、笑顔でハナに話したそうです。

「不安にさせちまったかね? でもね、気にすることはないんだ。無理のない範囲で、お前さんができることを手伝ってくれればいいんだよ。あたしらは、お前さんを世話したいんだ。お前さんのご両親に安心してもらうためにね」


 両親のためにと言われて、ハナも気が緩んだようです。目に涙を浮かべて言いました。

「……はい。承知いたしました。よろしくお願いいたします」


 ハナとご夫婦の奥さんが話をしていたとき、横にいたシヅ、私の母は、ご夫婦の奥さん、おキヨちゃんなら何も心配はいらないだろうと思ったそうです。


 こうして、ハナは商家で暮らすことになりました。私がハナに出会うのは、もっと後になってからです。



to be continued...

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