育児

ハナの章 第四節

 二人の赤ちゃんは、お兄さんを蓮太郎、弟を健太郎と名付けました。

 私は、浩一さんにお願いをして、お屋敷とおたなに電報を打っていただきました。そうしますと、お母様がすぐに駆けつけてくださいました。

「まあまあ、双子の男の子なんて素晴らしいこと! でかしたわ、ハナさん!」

 お母様は、とてもお喜びになりました。


 ご近所の亜沙子さんも、お祝いに駆けつけてくださいました。

「おめでとう、ハナさん! いきなり双子なんて、こりゃ大変だ! でもお母様がいらしてくださったのなら、まずは安心かな?」

 お母様は、すぐに亜沙子さんと仲良くなってしまわれました。お年の近いことや、お二人とも大きなお子さんを二人もお持ちということもあり、随分お話が合ったようでした。


 浩一さんも、久しぶりにお母様に会えてうれしそうでした。

「来てくれてありがとう、母さん。すごく助かるよ、ハナを助けてあげてね」

「勿論よ。あなたは、お家のことは私達に任せて、お仕事を頑張ってちょうだい」

 お母様も、久しぶりに会えた浩一さんに、感慨が深いといったご様子でした。


 お母様と亜沙子さんのお二人が色々お話をされて、少なくとも二月ふたつきほどは、私は外出しない方がよいということになりました。その間、お買い物などは、お二人が交互に行ってくださるとのことでした。私は、お二人に甘えるばかりで、申し訳ない思いでおりました。


「いいのよ! この時期のお母さんはね、周りにたくさん助けてもらうものなの。ね、シヅさん?」

 亜沙子さんがそんな風に仰ると、お母様もそれに応えて仰いました。

「そうそう! 浩一の時も、お義母かあさんが色々助けてくれたっけ。お嫁に来たばかりの時は、そりゃあ色々いじわるを言われて、大変な思いをさせられたものだったけれどね」


 久しぶりに食べるお母様の作ったお食事を、浩一さんはとても喜んでいました。

「おいしいよ、母さんの作った煮物、この漬物も。ハナが作ったのも、もちろんおいしいけど、母さんの作った料理を食べると、子供のころに帰ったような気持ちになるね」

 そう言われて、お母様も随分お喜びのご様子でした。


 でも、そのような状況は、あまり長くは続きませんでした。お母様が、慣れない町での生活で体を壊してしまわれたのです。私は亜沙子さんにお願いをして、すぐにお屋敷へ電報を打っていただきました。


 お屋敷からは、村の若い人を伴って、お父様が見えられました。

「久しぶりだね、ハナさん。随分遅れてしまったけれど、出産おめでとう。もっとハナさんを助けてあげたかったけれど、どうも女房も年のようだね。これが風邪か何かで、赤ん坊にうつりでもしたら大変だ。女房は連れて帰らせていただくよ」

 お父様が、苦笑しながら仰いました。


「お父様、どうかそのように仰らないでください。お母様には、たくさん助けていただきました。お母様には、お屋敷でゆっくり休んでいただいてください」

 私はお母様に助けていただいたことにとても感謝していたので、そのようにお返事をしました。

「ありがとう、ハナさん。浩一は、よい嫁を貰った様だね」

 お父様は、にっこり笑ってそう仰いました。


 お父様は、浩一さんにお会いすることができませんでした。一緒にいらした村の若い方に手伝っていただいてお母様を車に乗せ、明るいうちに村へ引き返していかれました。

「サチに、女房の面倒を見させるよ。女房のことは何も心配しなくてよいからね」

 お父様は私を気遣って、そのように仰ってくださいました。

「ありがとうございます、お父様。さっちゃんやスミさんにも、どうぞよろしくお伝えください」

 そういう私に、お父様はにっこり笑いながら、私に手を振ってお帰りになりました。


「そうか、ちょっと心配だけど、あちらの家にはサチもスミさんもいるから、心配はいらないだろう」

 夜遅くに帰宅した浩一さんが、残念そうに言いました。

「お仕事は、大変ですか?」

 私がそう聞きますと、浩一さんは、苦笑いを浮かべて答えました。

「もう一息ってところかな。会社を立ち上げるときに力を貸してくれた若い人たちが頑張ってくれているからね。僕も負けてはいられないよ」

 お仕事のこととなりますと、私には力になれないところですので、私は浩一さんの言葉をただ聞くことしかできないのでした。


「せめてしっかり食べて、ゆっくり休んでください」

 そういう私に、浩一さんは、にっこり笑って答えました。

「ありがとう! ハナもあまり無理はしないようにね」

 私は、ただ頷くことしかできませんでした。


 亜沙子さんは、昼の間、変わらず色々とご助力をしてくださいましたが、お母様のご助力を得られなくなったことで、私は育児の負担を少しずつ重く感じるようになってゆきました。


 ただでさえ慣れない育児、生後一年に満たない赤ちゃんは、二時間おきにミルクを欲しがり、特におむつの替えは、とても頻繁にしなくてはいけないのです。そして、その合間におむつのお洗濯やお食事の支度などもしなくてはいけません。亜沙子さんが手伝ってくださるお陰で、なんとかしのげていましたが、私の体力は、日を追うごとに削られてゆきました。


「本当に、元気のいい赤ちゃんが二人もいると大変だ。ハナさん、少し休んでて、おむつのお洗濯は、私がやっておくから」

 亜沙子さんが、そう仰ってくださるのですが、赤ちゃんの様子が気になって、とても気が休まらないのです。お食事も、店屋物てんやものが多くなっていきました。浩一さんは何も言いませんでしたが、私は、お仕事で大変な浩一さんのお食事を用意できない自分を情けなく思っておりました。


 そのような日々が続いていたころです。

 二人の赤ちゃんの様子が、明らかにおかしいのです。顔が赤くなって、苦しそうにしているのです。ちょうど、亜沙子さんが、お子さんのお家に呼ばれて、ご不在の時でした。私は慌てて、二人の赤ちゃんを買ったばかりのベビーカーに乗せ、急いで二人が生まれた助産院に連れて行きました。


「熱が高いね。これは、大きな病院に運ばないと」

 赤ちゃんの様子を見て、助産婦さんがそのように仰いました。私はどうなってしまうのかと思い、がたがたと震えておりました。

「落ち着いて! 大丈夫だよ、大きな病院で薬をもらえば、すぐによくなるさ」

 助産婦さんは、そういって、救急車を呼んでくださいました。救急車はほどなく到着し、すぐに二人の赤ちゃんを病院に連れて行ってくださいました。


「熱が出たのは、いつ頃? その時、熱は測りましたか? その後の様子は?」

 救急車に乗っていた救急隊員の方に震えながら説明したことを、お医者様にもお伝えしました。

 そうしていると、二人の赤ちゃんがけいれんを起こし始めたので、私は悲鳴を上げてしまいました。

「ああ! 赤ちゃんが……、先生、赤ちゃんたちが震えて……」

 そんな私に、お医者様が鋭く声をかけられました。

「落ち着いて、お母さん! お薬を投与して、様子を見ましょう。大丈夫ですよ、今はとてもよい薬がありますからね」

 お医者様にそう言っていただいて、私はやっと震えが止まり、息をつくことができました。


 その時、私に看護婦さんが、声をかけてくださいました。

「差し出がましいようですが、お母さん。お顔の色がよくありません。少しお休みになってください。二人の赤ちゃんは、我々が見ておりますから」

 その言葉を聞いた私は、涙が溢れてきて、止まらなくなりました。その時の私は涙の理由もわからず、ただ看護婦さんのお言葉に甘えて、赤ちゃんのそばに急ごしらえしていただいた簡易ベッドに横になって眠りました。


 私は、四、五時間ほど眠っていたようです。目を覚ますと、二人の赤ちゃんは、薬が効いて、落ち着いて眠っておりました。顔色もよくなっていたので、私はほっとして、二人の赤ちゃんを抱きしめました。


「もう少し、お休みになっていかれませんか? まだお疲れのように見えますよ」

 そう言ってくださる看護婦さんによくお礼を申し上げてお断りし、私は帰り支度を始めました。体が休まって、回復した赤ちゃんの顔をみて落ち着いた私は、簡易ベッドで眠りに入る前に涙が止まらなかった理由が、わかったように思ったからです。


 それまで私は、気持ちがずっと張り詰めた状態で、疲労も限界に達しておりました。そのような時に、看護婦さんに優しい言葉をかけていただいて気が緩んだということは、もちろんございましたが、それよりも、そのとき、私が一番欲しかった言葉をくださったのが、初めてお会いした看護婦さんであったということに、私はいいようのない疑問のような気持を持ってしまっていたのです。


「なぜ、私が一番欲しい言葉をくださるのが、初めてお会いした看護婦さんなのでしょう……」

 看護婦さんのお仕事がそうしたものだというお話や、その看護婦さんがお優しい方だったということは、もちろんあったのだと思います。でも、その時の私が思ったのは、そういうことではないのです。


 私は、病院の方にタクシーを呼んでいただき、お家まで戻って参りました。私は、タクシーの運転手の方に少し待っていただいて、簡単に荷物をまとめました。そして浩一さんへの手紙をしたためてリビングのテーブルの上に置いてから、二人の赤ちゃんと一緒に、またタクシーに乗って、運転手さんに村まで行っていただくようにお願いしました。


 村に到着した私は、タクシーの運転手さんに、おたなの前まで行っていただくようにお願いをしました。そして、運転手さんに手伝っていただいて荷物をおたなの裏口に運び、奥様をお呼びしました。奥様は、突然訪ねてきた私に何を聞くこともせず、ただ二人の赤ちゃんと、私を受け入れてくださいました。


「奥様、あの……」

「おかえり、ハナ。おお、これがお前の赤ちゃんだね、双子とは、これはまた大変だったろう。それじゃあ、一人は私が抱いていくから、ハナはもう一人を抱いて家へお入り」

 奥様にそう言って赤ちゃんの一人を抱き上げてお家に入られたので、私はタクシーの代金をお支払いして、もう一人の赤ちゃんを抱き上げてお家の中へ運びました。

「すぐにお前の部屋に赤ちゃんの寝床をしつらえるから、少しの間、居間で寝かせておきな」

 奥様は、そう仰ってお座布団に赤ちゃんを寝かせました。私は、お座布団をもう一枚敷いて、その上にもう一人の赤ちゃんを寝かせました。


 二人の赤ちゃんは、お腹がすいたようで、少しぐずりだしたので、私は二人の赤ちゃんに交互におっぱいを上げておりました。そうしているうちに、奥様と旦那様が、居間に入ってこられました。

「お前の部屋の準備はやっておいたよ。おっぱいを上げ終わったら、二人の赤ちゃんと一緒に、ゆっくり休むといい。それとも、お風呂に入るかい?」

 私は、お風呂をお断りして、私がこのお家で生活していた頃に使っていた部屋に入りました。部屋は、私がいた頃のままになっておりました。


「ちゃんと掃除もしてたから、割ときれいなままだろ?」

 奥様は、そう仰いました。私は、言い様のない感謝の気持ちを抑えられず、こう申し上げました。

「なんとお礼を申し上げたらよいかわかりません。本当にありがとうございます」

「何言ってるんだい。お前は私らの娘だって言わなかったかい?」

 奥様は、笑いながらそう仰ってくださいました。


「私も、しばらくはここに寝かせてもらうようにするよ。交代で赤ちゃんの世話をするようにしよう」

 私は、奥様のご提案をありがたくお受けし、赤ちゃんにミルクをあげる間隔や、おしめを替える間隔についてお伝えしました。私は、ゆっくりと眠ることができました。


 翌朝、久しぶりに奥様のお手伝いをしてお食事の用意をしてから、奥様、旦那様と一緒に朝食をいただきました。坊ちゃんがいらっしゃらないとはいえ、久しぶりにいただくお家でのお食事は、とても懐かしく、おいしく感じました。浩一さんがお母様の作ったお食事を喜んだ気持ちが、私もわかったような気持がしました。


 落ち着いてから、今の状況、今の私の気持ちをお二人にお話ししました。お二人は、私が一通りのことを話し終わるまで、何も言わずに、ただ聞いていてくださいました。

「浩一さんのお仕事がお忙しいことは、よくわかっているつもりです。浩一さんも大変なのです。でも、赤ちゃんを育てることについて、私の方が一方的に消耗しているように感じていた時、私が一番欲しかった言葉をくださったのが、浩一さんではなく、病院の看護婦さんだったことに、私はいいようのない疑問のような感情が湧いてきてしまったのです。私は、きっと冷静にものを考えることができなくなってしまっていると思い、一度おたなに戻って頭を冷やした方がよいだろうと思ったのです」


 私のお話の後、旦那様が仰いました。

「実は昨日の夜、お屋敷のお坊ちゃんが訪ねてきてな。お前が寝ていると伝えると、今日のところは帰ると、お前をよろしく頼むと言って、帰って行ったよ」

 私は、それを聞いて、浩一さんに申し訳なく思う気持ちで一杯になりましたが、そんな私の気持ちを察したかのように、奥様が仰いました。

「お坊ちゃんにはね、出直す様に言ったんだよ。ハナは出戻ってきたんだ。連れ帰りたいなら、それなりの準備が必要だろうってね」

 私は、それを伺って驚きました。私は、そこまでのことなどは考えておらず、ただ二人の赤ちゃんがある程度大きくなるまで、町から離れて、おたなのお世話になれないかと、ご夫婦に相談することを考えていただけだったのです。


「でも奥様、私は……」

 そう言おうとした私は、奥様に制止されました。

「いいからお聞き、ハナ。夫婦ってのは、不思議なもんでさ、片方だけ幸せになるってことができないもんなんだよ。片方が幸せなら、片方も幸せになる。不幸になる時もおんなじさ。もしね、片方が不幸せで、もう片方が幸せだっていうんなら、そりゃもう、夫婦じゃあなくなってるんだよ。あたしはそう思うね」


 そう仰る奥様に、私は何も言うことができなくなりました。旦那様が仰います。

「お坊ちゃんがお前を迎えに来たいと思えば、それには何が必要か考えてから、またここに来るだろう。お前も落ち着いて、よく考えておくんだよ。二人で生活を作るということや、子供を育てるということをね」


 それからは、私は奥様に助けていただくことで、比較的体力に余裕を持ちながら、二人の赤ちゃんのお世話をすることができるようになりました。そして、私は浩一さんと二人で子供を育てる生活の在り方について、ゆっくりと考えることができるようになりました。


「私、初めから生まれた赤ちゃんを連れて、お屋敷なり、おたななりへ移って子育てを考えた方がよかったのでしょうか」

 私は、赤ちゃんが生まれたとき、浩一さんと一緒に子育てをしたいと考えたことが誤りだったのではないかと思うようになりました。


「さて……、何が正解かなんてことはないんだよ、きっとね。それぞれ選択した答えごとに結果がついてくる、それだけなんじゃないか?」

 奥様はそのように仰いましたが、私には奥様の仰っていることがよく理解できませんでした。

「それぞれ選択した答えごとの結果と言うのは、どういうものなのでしょう」


「お前は、なぜお坊ちゃんと一緒に子育てがしたいと思ったんだね?」

 奥様にそう聞かれて、私は答えました。

「私は、浩一さんと赤ちゃんに、それぞれお父さんと子供の関係を作って欲しいと思ったのです」


 奥様は、優しくこう仰ってくださいました。

「それは間違いじゃないと思うよ。お坊ちゃんが、お前と分担して赤ちゃんのお世話をすることができれば、一番いい形で父親と子供の関係を作りながら子育てができただろうよ。ただね、お坊ちゃんは仕事の方が忙しくて子供の世話をする余裕がなかっただけなんだ。そうじゃないかね?」


「仰る通りです……」

 私は、そう答えることしかできませんでした。

「お坊ちゃんが子育てから離れているだけ、赤ちゃんの方も父親から心が離れるもんさ……。実のところ、うちの子だって似たようなもんでね、ハナが気付いていたかは知らないが、結構お母さん子なんだよ、あの子は。それは、旦那の責任でもあり、あたしの責任でもあるのさ」

 奥様が少し寂しそうに仰るので、私は言葉を続けることができませんでした。

「奥様……」


「結局のところ、子育てなんてものは、現実的な問題とがっぷり四つに取っ組み合って、できるだけのことをするしかないのさ。大事なことは、子育てに関係する人たち全てに無理が来ないように気を付けることくらいか。これが正しいとか、あれが正しいなんてことは、誰にも言えないんじゃないかね」

「ありがとうございます、奥様……。私も、ゆっくり考えてみます」

 私は、浩一さんのこと、浩一さんのお仕事のこと、自分にできること、これまで色々な人に助けていただいたことなどに思いを巡らしながら、そう答えました。


 二、三日して、また浩一さんがおたなに来てくださいました。今度は、奥様が浩一さんを私と赤ちゃんたちが眠る部屋まで通してくださいました。

「大丈夫? 辛くない? 僕にできることは?」

 浩一さんは、手紙一枚残しておたなに来てしまった私を責めることもせず、そう言ってくれました。私は、浩一さんに私の気持ちをお話しました。

「大丈夫です。奥様も、旦那様もよくしてくださいました。赤ちゃんたちも元気です。でも……、私は浩一さんと一緒にいられなくて、幸福ではないと感じています」


 浩一さんは、驚いた顔をしていました。それからしばらく考えて、こう言いました。

「ハナが幸福でないのなら、僕も同じだよ。それなら、一緒に僕らの家へ帰ろう。僕もできるだけ子供たちの世話をするようにするから」

 私は、まだ浩一さんと夫婦でいられているということが嬉しくて、涙が出て参りました。そして、浩一さんに尋ねました。

「ありがとう、浩一さん。ハナは浩一さんにそう言ってもらえて、とても嬉しいです。でも、浩一さんはお仕事をしながら、赤ちゃんのお世話ができるのですか? きっと眠る時間は、今の半分ほどになってしまいます」


「それは、必要なことなら、少しくらい眠る時間が少なくなってもなんとかするよ」

 浩一さんはそう仰ってくださいましたが、私はゆっくり首を振って言いました。

「いいえ、それではいけません。今度は、浩一さんが体を壊してしまうでしょう。私は、しばらくはこのまま、おたなで赤ちゃんを育てます。そしてお仕事の目途がついて、浩一さんが早くお家に帰れるようになってから、もう一度迎えに来てください。そうしたら二人でお家に帰って、二人で赤ちゃんを育てるやり方を相談して決めましょう」


 浩一さんは、少し辛そうな顔をしてこう言ってくれました。

「そうか……。ハナがそういうなら、そうしよう。僕は頑張って、仕事に目途を付けて、できるだけ早くにハナを迎えに来れるようにするよ。できるだけ早く、二人とも幸せでいられるように」

 浩一さんは、そう言って私をぎゅうっと抱きしめてくれました。私は浩一さんの気持ちが嬉しくて、浩一さんにぎゅうっとしがみついてしまいました。


 浩一さんが、おたなに私と赤ちゃんたちを迎えに来れるようになるまでは、一年近くの日数が必要でした。その間、赤ちゃんたちは、大きな病気をすることもなく、すくすくと大きくなってくれました。浩一さんは、お仕事の合間を見て、時々おたなに顔を見せてくれました。


「赤ちゃんが大きくなるのって早いんだね。もう歩けるようになってる」

 そういう浩一さんに、私は答えて言いました。

「はい、でも焦らないでください。浩一さんは、浩一さんができることをやってくださればよいのだと思いますから」

「そうだね。最近、やっとハナの言うことが分かってきたような気がするんだ。相手を大切に思うことと同じくらい、自分を大事にすることが必要なんだって言うことがね」

 私は、私と浩一さんが、親として、そして人としても、赤ちゃんたちと一緒に成長できているのだと思えるようになりました。


 何度か、さっちゃんも訪ねてきてくれました。

「うわぁ、これがハナちゃんの赤ちゃんたち? かわいいーー!」


 私は、お屋敷に行かなかったことで、さっちゃんに何か言われることを想像していたのですが、さっちゃんは、そんなことはおくびにも出さずに、ただ私と一緒に暮らすというお話の通りにできないことを惜しんだのでした。

「そうだよねぇ、あたしとハナちゃんだけだと、赤ちゃんのお世話だけで精一杯だものねぇ。やっぱり生活の糧っていうところが厳しいよねぇ」


 私は、お母様のご様子について尋ねました。

「うん、お母さんは、もうすっかり元気だよ。村に帰ってきて一週間もしたら、随分元気になってたよ。そのあと、またハナちゃんのところに行きたがったんだけど、お父さんが止めたの。また同じようなことになったら、ハナちゃんたちに迷惑がかかるだろうって」


 私は、落ち着いたらまたお屋敷にご挨拶にいくので、お母様によろしくお伝えいただくように、さっちゃんにお願いをしました。

「そうだね、またいつでもうちに来てね、お母さんと待ってるから!」

 さっちゃんは、にっこり笑って、そう言ってくれました。


 二人の赤ちゃん、蓮太郎と健太郎が何もつかまらずに歩くことができるようになったころ、私を迎えに来た浩一さんと、おたなを離れる日がやってきました。

「やっと仕事の方が落ち着いてきて、一緒にやって来てくれた若い人たちに大抵の仕事を任せられるようになってきたんだ。今なら、早く帰って赤ちゃんの面倒を見ることもできるし、仕事に合間に仮眠をとることだってできるよ」

 そういう浩一さんに、私は答えて言いました。

「これからは、浩一さんと子供たち、皆が一緒に暮らせるんですね。ハナは嬉しいです」


 浩一さんが運転席で待つ車に、二人の赤ちゃんと乗り込んだ私に奥様が仰いました。

「寂しくなるね。またいつでも帰ってきていいからね、ハナ。お坊ちゃんと一緒でも構わないから」

 そう仰っていただいた奥様と旦那様に、私は言いました。

「本当にありがとうございました、奥様、旦那様。蓮太郎も、健太郎も、助けていただかなければ、とてもここまで健康に大きくなることができなかったと思います。また来ますね」

 私は、手を振ってご夫婦にお別れをし、私と浩一さんのお家への帰途につきました。



to be continued...

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