第26話 あと、一週間……

 食器しょっきをカタカタらしながら、台所だいどころはいる。

 さすがは、おおきなお屋敷やしきだ。ひろくて立派りっぱ台所だいどころ

 シンクのところでは、だれかが食器しょっきあらっている。

「ありがとう。そこ、いといてくれ……って、月澄つきとか!?」

 さらあらっていた人物じんぶつかえる。

 犬上いぬうえくんだ!

 エプロンをつけて、おどろいたかおをしてっている。

耀ようにい! お客人きゃくじん食器しょっきはこばせたのか!?」

 犬上いぬうえくんがすこおこったようなこえった。

「ゎ、わたしが手伝てつだいたい、ってったんです!」

 わたしはあわてて否定ひていをした。

「おきゃくはおとなしくしてろよ!」

 犬上いぬうえくんがくちをとがらせる。

一緒いっしょ食事しょくじをしたのなら、一族いちぞく同等どうとう待遇たいぐう。これがしきたりです。そして、自分じぶんたちの面倒めんどう自分じぶんたちでる。それがここのルールですよね? 惣領そうりょう

 耀ようにいさんがにっこりわらう。

「う……」

 犬上いぬうえくんがやられたというかおをした。

食事しょくじをしたなら、そのぶんはたらいてもらいます」

 耀ようにいさんはわたしにかってウインクをしてくれた。

「……わかったよ」

 犬上いぬうえくんが渋々しぶしぶというかおでうなずいた。

けるか? とすなよ」

「ぁ、ありがとう」

 わたしは山盛やまもりの食器しょっきを、シンクのなかにおろした。


 十三にんぶん食器しょっきは、まだたくさんあらのこっている。

 シンクはかなりおおきいし、蛇口じゃぐち犬上いぬうえくんの使つかっているものとはべつに、もうひとつある。

「わたしも手伝てつだっていい?」

 やっぱりおれいはちゃんとしたい。

 

「おう」

 あきらめたのか犬上いぬうえくんは、みじか返事へんじをした。

わたしはお部屋へやのあと片付かたづけをしてきますね」

 耀ようにいさんは会釈えしゃくをすると、元来もとき廊下ろうかほうへとえてった。


 うでまくりをしたわたしは、蛇口じゃぐちをひねっておさら一枚いちまいった。

 犬上いぬうえくんも一枚いちまいり、ゴシゴシあらってわたしがいたうえかさねる。

 わたしが一枚いちまいり、あらってく。

 犬上いぬうえくんがまた一枚いちまい

 わたしも、一枚いちまい

 どんどんスピードががっていく。

 あっというってきたおさらやまがなくなっていく。

 最後さいごのこったのはおさら一枚いちまい

 犬上いぬうえくんとわたしの同時どうじにのびる。

きゃくだろ、おとなしくゆずれ!」

「ご馳走ちそうになったぶんはたらきたい……」

 わたしと犬上いぬうえくん、どっちもゆずらない。

「おまえ意外いがい頑固がんこだな……」

 根負こんまけしたかお犬上いぬうえくんがはなした。

「……すこしは、部屋へやになれたか?」

「うん──本当ほんとうにありがとう」

「おまえ家族かぞく、おばあさんだけなんだってな」

「え? ……どうしてそれを?」

姉貴あねきだよ」

 あらわった食器しょっき乾燥機かんそうきならべながら、犬上いぬうえくんがった。

「おねえさん?」

「うん」

「どんなひとなの?」

「おっかない!」

 そうって、犬上いぬうえくんはしたしてみせた。

すこ年齢ねんれいはなれてるからな。やさしいんだけど、おれおこられてばっかりだから」

「そうなんだ……」

 コロコロわる犬上いぬうえくんの表情ひょうじょうがおかしくて、わたしはおもわずわらってしまった。

 おかあさんのい――犬上いぬうえくんのおねえさん。やっぱり直接ちょくせつってみたい。

「おねえさん、とおくにんでいるの?」

「ああ」

 犬上いぬうえくんがうなずいた。

「でも、あと一週間しゅうかんくらいでかえってくるぞ」

「え!?」

 わたしはびっくりした。

「なんだ? あの、おっかねえのにいたいのか?」

「え? ええ。まあ」

 わたしちょっとくちごもった。


 ――一週間しゅうかん

 それまで、っていられるかな?

 犬上いぬうえくんに、正体しょうたいかくしていられるかな?

 最初さいしょはコウモリがいやだった。

 変身へんしんするのも、前髪まえがみげるのも、オシャレ?な格好かっこうをするのも。

 

 だけど――

 犬上いぬうえくんは、なにかやりたいことがあるとっていた。

 そのためには、コウモリがつづけてなくちゃいけない、ともっていた、。


 祭礼さいれいることは、もう、わたしだけの目標もくひょうじゃない。

 犬上いぬうえくんのため、わたし自身じしんのため。 

 そして二週間しゅうかん――最後さいごまでれば、なにかわたしはわれるのかな?


 おさらについたしずくをふきりながらわたしは、ぼんやりとかんがえた。


    *      *


 つばさをひらめかせてよるうみぶ。れて2時間じかんあまり。

 新米しんまい教師きょうし、ウーヴェ・シュナイダーはためいきをついた。 

(こんなにはやくコウモリの正体しょうたいがわかってしまうなんて……)

 

 祭礼さいれい初日しょにちよる山手やまてのがけからされたくろかげをウーヴェはた。

 ひらいたくろつばさ翼人トリとはまったくちがう、姿すがたかたち

 ウーヴェの特技とくぎと、記憶きおくさだ。

 一度いちどたものはけっしてわすれない。

 

 ――えたものは鳳雛ほうすう制服せいふくだった。

 全校ぜんこう生徒せいとかお名前なまえ記憶きおくずみ。コウモリは、そのだれでもなかった。

 まだおぼえられていないのは、編入へんにゅうしてくるしん一年生いちねんせいだけ。


 そして――入学にゅうがくしきまえに、一人ひとり生徒せいとこえをかけた。 

新入生しんにゅうせいかたですか? だい講堂こうどうはあちらです』


 間違まちがいない――そうおもったのは、讃美歌さんびか斉唱せいしょうだ。 

 ウーヴェはこのうた苦手にがてだった。

 神々こうごうしいメロディ。ふる翼人トリ言葉ことばかれた歌詞かし

ひとつ、ずっとつ』たったそれだけの内容ないよううただ。

 うつくしいきょくだ、とはおもう。

 だけど、きにはなれない。

 それは、ほんの一握ひとにぎりの翼人トリしからない事実じじつにあった。

 ――これはのろいのうたなのだ。


 二小節しょうせつほどぎたころだった。

 生徒せいと一部いちぶさわがしくなった。一人ひとり生徒せいとたおれたのだという。

 ウーヴェはためいきをついた。

 

 祭礼さいれいではコウモリの素性すじょう調しらべるのはルール違反いはんとされている。

 だが、祭礼さいれい参加さんかするにあたり、〝じょう〟からかれくだされた命令めいれいはこうだった。

なによりさきに、コウモリの素性すじょう調しらべ、報告ほうこくせよ』

 間違まちがったことしとしないウーヴェにとって、これはとてもいや命令めいれいだった。

 

 ばたきをつよめる、ここからうえは〝|嵐の区間ストーム・エリア〟だ。うえした視界しかいわるい。 

 ウーヴェはまよっていた。

 らないとはいえ、仕事しごとはやりとげなければならない。

 それが翼人トリのためになるというのなら。

 だけど、翼人トリであると同時どうじに、いまのウーヴェは教師きょうしでもある。


 昨日きのう授業じゅぎょう。 

 ほおかるほどなが前髪まえがみらしながら、一心不乱いっしんふらんしょうテストをいていた月澄佳穂コウモリ

 一体いったい、どうしてこの生徒せいとが、このようなことになってしまったのか。

 かんがえながら教科書きょうかしょひらき、音読おんどくする。

 

「――うつくしきもの

 うつくしきもの《かわいらしいもの》。瓜にかぎたるちごの顔うりにかいたこどもかおすずめの子のすずめのこがねず鳴きするに踊り来るチュンチュンなきながらはねてくる――――」


 ウーヴェは枕草子まくらのそうしかれた言葉ことばきだ。

 日本語にほんご勉強べんきょうするときり、何度なんどかえしたかわからない。

 当然とうぜんすべてのぶん暗記あんきずみ。

 写真しゃしんのように鮮明せんめい記憶きおくから〝うつくしい〟枕草子まくらのそうし文章ぶんしょうげる。


二つ三つばかりなるちごの2、3さいのちいさなこが急ぎてはひくる道にとことこあるいてくるときにいと小さきちりのありけるをちいさなごみをみつけて目ざとに見つけて――」


 教科書きょうかしょばしたのは、そのさきめなくなったからだ。

 

 頭は尼そぎなるちごのショートボブの娘が目に髪のおほへるをかきはやらでメカクレになってしまっているのも気にせずに

 うちかたぶきてものなど見たるも一心不乱に問題を解いているのは、うつくし。


「どうして彼女かのじょが……」

 びながらウーヴェはまた、ためいきをついた。

 横浜よこはまわんのはるか上空じょうくう目的もくてきえてきた。

 まるいリースで縁取ふちどられた巨大きょだいもんと、それをかかえるようにきずかれた〝そらしろ〟。


 ――報告ほうこくは〝保留ほりゅう〟だ。

 

 今日きょうもコウモリはげきった。

 かた見事みごとだった。

 おしえたことをちゃんとまもるだけじゃなく、自分じぶんでも工夫くふうをしている。

 ただの人間にんげんのはずなのに、どうしてこんなにもはやく、かたをマスターできるのか?


(これでは本当ほんとう八日ようかまでのこれてしまうじゃないか――)

 

 できることなら、直接ちょくせつつかまえたくはなかった。

 しかし、ことがこうすすんでしまったのなら、もはや、自分じぶん安全あんぜんわらせることが彼女かのじょのためになるとしかおもえない。

 だからこそ、ただの生徒せいとがなぜのろわしきコウモリになってしまったのか、調しらべなくてはならない。

 

 もんちかづいてきた。

 わきかためる衛兵えいへいこえをかける。

夜禽やきんの執政官しっせいかん、ウーヴェ・シュナイダー帰還きかんした!」

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鳥獣祭礼[イソップハント]でつかまえて! 〆野々青魚-Shimenono Aouo @ginrin3go

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