第37話 最終話
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「なにか言いたげですね、サイモン」
回廊を歩いていたシエルは足を止め、白衣のポケットに両手を突っ込んだまま振り返った。
自分に付き従っているのは〝天使〟と呼ばれる量産型のクローンだ。
このサイモンと名付けた個体は非常に優秀で実に味わい深い思考をするため、肉体が劣化するたびに脳から記憶媒体を抜き出し、新たな肉体に移植して側に置いている。
「感じることがあるのなら、いまここで言いなさい」
黙ったままのサイモンに命じる。
「残酷なことをなさるな、と」
無表情のまま、酷薄にも思える声音で応じるサイモンに、シエルは小首を傾げて見せた。
「リチャードのことですか?」
「エイダとかいう小娘は、これ以上の種の混雑を避けるために殺すべきです」
きっぱりと言い切るサイモンに、シエルは笑った。
「だから、これ以上彼女の遺伝子を残さぬため、リチャードに護衛を任せたのではないですか」
シエルはポケットから片手を出し、首から下げているネームプレートの位置を調節した。普段は首から下げるこのネームプレートが忌々しいと思っていたが、いまから
「リチャードもエイダも惹かれあっています。互いをおもいあうふたりを一緒にしたというのに、なにが不満なのですか?」
もちろん、リチャードの身体には念のため不妊の処置をしている。彼がエイダとの間に子を為さぬためだ。
「その結果、小娘もリチャードも苦悩するのではないですか」
「どうして?」
「小娘は、天使とだけではなく人との間にも子をもうけられません。一般人にはリチャードの姿が見えず、彼女は人間界でたったひとり。そしてその状況を作り出しているのはリチャードです。彼が小娘を守っているといえば聞こえはいいが……。ようするに彼女に誰も近づけないようにしているだけだ」
サイモンはまっすぐにシエルをみつめた。
「小娘の孤独を作り出すのはリチャード。互いにそれに気づいた時、苦悩するのであれば、いまここで種の混雑を防ぐためにも小娘を殺処分すべきです」
「不要なものと切り捨てることがいいことだとは思いません。孤独も、苦悩も、煩悶も。すべてが生きる上で必要不可欠なもの。それをなくして至高の体験はできないのですよ」
シエルは、ふふ、とサイモンに微笑みかけた。
「サイモン。今日のあなたは随分と饒舌ですね。いえ、今日だけではありません。リチャードと関わるようになってあなたは変わりました。それはね、リチャードの感情があなたを動かしているのです」
サイモンは相変わらずむっつりとしている。見ようによっては不遜な表情だ。シエルは苦笑する。きっと他の研究者なら処罰の対象とするところだろう。
そう、この研究施設にいるのは新たに発見された惑星の研究者たちだ。
シエルは惑星に住む知的生命体についてのチームに参加しており、主に認知行動について調査・研究をしていた。
「あのリチャードという個体は本当に興味深い。わたしたちの予想をいつも裏切ってくれる。そしてね、サイモン」
シエルは彼を見上げた。
「それが多様性なのです。それなくして生物は発展しない。わたしたちは不要なモノをいろいろ排除し、究極の生命体を作ろうとしていますが……」
これは間違いなのではないかとシエルは思っている。
不要なものなどこの世にはない。不要な生命などそもそも存在しないのだ。
「リチャードとエイダの間にも今後いろいろ辛いこともあるでしょう。ですが、わたしはそれを見守りたい。きっと彼らは我々が想像もしないような結果をもたらす可能性があります。そしてそれこそが、生命の神秘なのです。あなたも、ぜひ協力してください」
黙ったまま返事をしないサイモンの腕を軽く叩き、シエルは白衣の裾をひるがえして回廊を歩き始める。
リチャードとエイダの、
了
スキルを全て奪われて転生させられた俺。やり直し条件は〝良い子〟になること⁉ 果たして二十歳までに原状復帰できるのか! 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095
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