今日から明日.

こんな話、酒のつまみにもならないだろうなと思いながら最近のことを話すと、見ず知らずだった彼女は、眉根を寄せてつぶやいた。


「自信がないって、そんなに悪いことなんですかね」


「悪くはないとは思うんですけど。やっぱり、あったらあったほうがいいなって」


「それは、ご自分がそう思われているんですか?」


図星をつかれたと思ったのと、彼女が「しまった」という顔をしたのは、同時だった。


「ごめんなさい、いきなり。余計なことばっかり言うのって、私の悪いクセで」


「それ、本当にそう思ってます?」


いたずら心が芽生え、そう返す。視線が合い、私たちは少しの沈黙の後、思いっきり笑い合った。


「ごめんなさい、思ってないですね、全然」


「私もです。付け焼き刃の自信より、自信がないまま用心深いほうがいいなって」


じつはそれが本心だった。だから、否応なしに「怠慢」だと切り捨てる先輩に、内心で反発していた。

そして私はその思いを、表に出さずずっとかみ殺していた。


「私もなんです。自分がのびのび書いたものに限って、堅苦しいって言われて、だから面白くしようって、ずいぶん勉強しました。そういうところがまた堅苦しいんだって、怒られちゃいましたけど」


「難しいですね」


「本当に」


答えが浮かばない。

でも、そんなもんだよねと思って下を向くと、さっきこぼしたお茶の染みがそのまま残っていて、ああ、ダメなやつなんだな私って、また思って。

でも、私の中の落ち込みは、さざなみのように細やかになっていた。


夜が深まっていく。

今日の私は、あと少しで終わる。

明日の私も、そう変わらないだろう。

ああ、なんだか。


それでもいいって、思いたかったのかな。

だってあなたは、きっと頑張るから。

目の前の彼女と、同じように。


「遅い時間ですね。私はそろそろ、お暇します」


彼女が言った。

見上げた壁時計は、22時を指そうとしている。


「今日はありがとうございました。近いうちに、お礼をさせていただければ」


丁寧に頭を下げる彼女に向かって、私はぶんぶんと首を振る。


「お礼なんか、いいんです。その・・・・・・」


黙っていようかと思ったけれど、けっきょく言った。


「スニーカーさえ、なんとかなれば」



タクシーの後部座席で頭を下げる彼女を見送ってから、一人の部屋に戻ってきた。

窓を開けていたこともあって気がつかなかったけれど、外から部屋に入ってみるとまだ酒の匂いが残っていて、あの人はどれだけ飲んだんだろうと苦笑してしまう。


やはりというか、彼女は私と出会ったときの記憶が半分くらい飛んでいたらしい。

スニーカーの惨状を目にした彼女の悲壮な表情は、ちょっと表現のしようがなかった。

土下座せんばかりの彼女をなだめるには、倒れかけていた彼女を連れ帰るのと同じくらい苦労した。


連絡先を交換した私たちは、今度一緒にスニーカーを見に行く。

弁償は当然として、その辺の適当なやつでいいですよ(実際、犠牲になったのはそういうものだった)と言ったのに、彼女が迷惑料も含めて贈らせてくださいと言ってきかなかったのだ。なんだかとんでもない値段のものを贈られそうで、ちょっと怖い。


彼女の本名は、斎藤美貴さいとうみきさんと言うらしい。

ペンネームは、西野由香にしのゆか

わたしの名前と一文字違いだったので、そのことでも少し盛り上がった。

そして彼女が帰ってから、「西野由香」の記事を検索しようとして、やっぱり止めた。

それは彼女じゃない。そんな気がしたから。


不思議な一日だった。

今日も明日も明後日も、ずっと同じ日が続くと思ってた。

そんな私に訪れた、ワンクッションのような夜。


この夜の出来事と、今日彼女と交わした、なんていうことない約束のことを、

私はしばらく、忘れることはないだろうと思う。


またカーペットの染みを見下ろしてしまい、けれど思わず含み笑いをしてしまう。


これは自信がないわたしが自信がないから出会えた、

少し情けない、だけど可愛い夜の物語だ。


End.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンクッション 西奈 りゆ @mizukase_riyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画