第3話 百瀬光一

 山荘の部屋のベッドで目覚める。

 一瞬、どこにいるのかわからないほど熟睡したようで、しばらく呆然としてしまった。そうだった、昼寝をしたのだ。ここまで寝むれるとは、慣れない旅に余程疲れたのだろうか。それともここの異常な環境に疲労したのかもしれない。

 時間を確認しようとスマホを見ると、18時50分だ。夕食10分前ではないか。しまった寝過ごしたと急いで準備する。

 一応、鏡の前で身だしなみと、自分が昴皇子だと暗示をかける。これから5日間はこれが重要だ。

 レストランに急ぐ。

 入り口には若い男性が待機している。俺を見るとニコリと微笑み、「昴様、お待ちしておりました。私は雑用係の江刺宗(えさう)と申します。宜しくお願い致します。お席は自由にお選びください」と案内する。

 江刺宗は20歳後半なのだろうか、俺とは同年代に見えるがしっかりしている。ホテルマンでも通じるぐらいの物腰である。

 テーブルを確認する。座席がセットされており、両側に対面で3席ずつのゲスト席が設けられている。そして奥に一席設けられており、百瀬氏はそこに鎮座するのだろう。

 すでに3名が座っている。参加者は6名なので、あと二人来ていないことになる。

 昴ならば、なるべく百瀬氏の近くに座ると思うが、なんと座席は上座から3人分が埋まっていた。結局、2番目の席に着くしかない。なるほど今回の参加者はそういった人間の集まりということか。皆が昴のように自己顕示欲にあふれているのだ。百瀬氏に取り入りたい欲求満載ということか。言い換えれば図々しい、自己主張の塊のような連中が集まっているということになる。

 まだ来ていない人間は中村とヘブンだ。そう言えばヘブンは遅刻の常習犯だという噂を聞いたことがある。なんでも映画の撮影でも入り時間に遅れ、大物俳優を激怒させたと聞いたことがある。

 18時になり、中村が慌てる様子もなく悠々と到着する。そして当たり前のように俺の隣に座る。「昴、みんな早いな。早いといいことがあるのか?」などと言う。

「いや、そんなことは無いと思いますよ」

 この人はとにかくマイペースということか。執事の与那が時計を確認する。そして江刺宗とは同年代と思われる若い女性従業員に声をかける。メイド服が似合っており、メイド喫茶だと売れっ子になりそうである。

「留津(るつ)さんお部屋までお迎えに行ってください」

「わかりました」留津と言われた女性が素早く動き出す。

 従業員教育はしっかりと出来ている。しかし、ホテルじゃないのに彼らの動きは実に堂に入っている。そういった特別な教育でもしているのだろうか、不思議な気がする。

 手持無沙汰なのか、梅沢が与那に質問を始める。

「与那さん、少し質問してもいいかな?」

 与那はやはり慇懃に「はい、なんなりとどうぞ」と答える。

「ここにはテレビやネットがないのはわかるが、ラジオもないのか?」

「はい、ございません」

「いや、それでどうやって情報を得ているんだ。困ることもあるだろう?」

「いえ、特にはないです」与那は当たり前のように答える。

「いや、だって天気はどう判断するんだ。この雨はいつまで降り続くんだとか、庭仕事にも影響が出るだろう?」

「そうですね。天気についてはある程度、空の動きで推測できる部分もあります。従業員の中にはそういったことが得意なものもおりますので」

「それじゃあ無理があるだろ。じゃあ、この雨はいつまで続くんだい?」

「はい、その者が申しますに、明日には止むだろうとの話でございます」

 梅沢は怪訝そうな顔のまま、質問を止める。確かに来る前に週間天気予報を見た限りはそういう話だった。しかし本当にそういったことが出来る人間がいるのだろうか。

 次に実業家の松井が質問する。

「新聞もないんだよね」

「左様でございます」

「つまりは世の中の動きは何もわからないということだ」

「そのとおりです」

「有線電話はあるって話だったよね」

「はい、百瀬の書斎にございます。ただ、使用実績はほぼないです。最後に使われたのは今回の『これからの日本を変える50人』に関する連絡のみでそれも数回でした。コミュニケーションということであれば手紙などは使用しています」

「今回の招待状みたいなものかな」

「左様です」

 とにかく徹底しているということか。文明というものから逸脱したいという強い意思が垣間見える。

 物理学者の横井敏海が初めて話す。なるほど、思ったより高い声だ。

「電気は繋がれているようですが、これはホテル時代と同じものですか?」

「いえ実は電気に関しては最新の設備を完備しております。太陽光を使った蓄電システムです」

「へえ、それはすごいな」

「はい、元々の電設ですと老朽化もあって、何かと不具合が起きがちだったようです。それでここを改装する際にシステムは最新のものにいたしました。空調を含め、暮らしについての設備は最先端のものになっております」

 中村が質問する。

「お風呂もそういったシステムなんですね」

「はい、そうなります。ライフラインについては自給自足が可能になっています」

「どうりで快適なお風呂だった」

 もう風呂にも入ってくつろいでいるのか。さすがは中村だ。

 俺はこと電気とか科学とかはあまり得意な方ではない。小説家なら知っておくべきだとは思うが、そういった理系が苦手だから大学も文系にいったのだ。そこしか受からなかったということかもしれないが。ただ、昴は医学や物理についても知識が豊富で実際、そういった小説も書いている。医学系の小説もあり、どうしてそういったことまで知ってるのかと思うほどだ。ミステリー作家ならば、青酸カリぐらい知っていれば十分だと思うのだが。とにかく俺としては、そういった分野でぼろが出ないようにするしかない。

 横井が質問を続ける。「セキュリティはどうなってますか?」

「はい、外部からの進入を防ぐために夜間には鍵がかかります。進入口としては、皆様がお入りになった玄関口と、厨房に入出庫用の出入り口があります。そこには防犯カメラも設置されております。外部から侵入があった場合は、警報が鳴るようにもなっています。ただ、ここは陸の孤島ですから、実際はそこまでの心配はしておりません。単なる用心のためです」

「セキュリティということは、警備会社と契約しているのかな?」

「いえ、そこまではしておりません。何かあった場合の確認と言った意味になります」

「防犯は山荘内の人間で行うということですね」

「はい、そうです」

「2階に非常口があったよね。あそこはどうなってますか?」

「通常は固定具が付いておりますが、避難時には中から開けられるようになっております」

「なるほど、通常の非常口と同じと言うことか」

 与那がうなずく。

 質問が一段落した段階で、隣の席の横井教授が話しかけてくるではないか。俺にすればついに来たという感じではある。

「昴さん、式典のパーティでお会いした時と印象が変わりましたね」

 やはり来た、その質問か。

「ええ、眼鏡をやめてレーシックにしたんです」

「なるほど、そうですか。じゃあさぞおもてになるでしょうね」

「いえ、そこまでは」実際は全く持てないけど、俺のモテキはいつ来るんだといいたくなる。

「昴さんは確か私と同じ大学の出身でしたよね」

 ぎょっとする。ええ、そうなのか、そんなこと聞いてないよ。

「そうでしたか、じゃあT大ですか?」

「そうです。私は理学部ですが、確か貴方は法学部でしたよね」

「ええ、まあ」とにかくまずい質問が出ないことを望む。

「法学部だと寺沢教授がいたな。昴さんはどこの研究室だったんですか?」

 えーと誰だっけ、昴の身上書に書いてあったような気はするが、元々記憶力がない俺には厳しい質問だ。一気に背中にじとっと冷や汗が湧いてくる。さて、どうするか、こういう時の機転がまったく働かない。

 すると横井の方が気を遣う「まあ、その辺は個人情報ですかね」

 助かった。しかし、それを良しとして良いのか。

「それが個人情報になるんですか?」なんと中村が追い打ちをかけてくるではないか。まったくこの女はろくなことをしない。仕方ない適当に答えよう。「いえ、個人情報というような話でもないとは思います。でも昴皇子としてはなるべく謎は残しておきたいのです。非公開とさせてください」なんとかそれっぽい理由をでっち上げる。

 横井は笑顔で引き下がる。ただ、中村は何か不満そうにしている。

 その後、10分程待つと、留津に引っ張られるようにして、ようやくヘブンが顔を見せる。寝起きのようで実に眠そうに入ってくる。

 通常は遅刻を謝罪するものだと思うが、何も言わずに席に着く。残りのメンバーの中には露骨に迷惑そうな顔をしているものもいるが、彼女は全く意に返さない。

「それでは百瀬を呼んでまいります」

 そうして与那が主人を呼びに行く。

 すると横井氏が再び俺に質問する。

「昴さん、手紙が来たよね」

「招待状ですか?」

「いや、それじゃないよ。シェパードからの手紙」

 はて、なんだろうシェパードとは。昴からはそんな話は聞いていない。どう答えようかと思っていたら、部屋のムードが一変する。


 レストランの入り口から、百瀬氏が登場する。実際は音楽などないのだが、重々しい交響曲でも流れてくるようである。

 そしてその姿に驚く。確か78歳のはずだ。それがどうだ、目の前を通り過ぎる男性は60歳と言われても納得できるような若々しさだ。黒々とした長髪を肩までなびかせており、威厳のある口ひげを生やしている。髭は顔半分を覆い隠す。まさにギリシャ神話にでも出てきそうである。昴からもらった紹介誌にも写真があったが、実物はそれよりも数段、威厳に満ちている。しっかりした足取りのまま、自分の座席近くまで来て一礼する。

「皆様、ご多忙中の中、ようこそおいでくださいました」

 その声はまるでオペラ歌手が歌っているかのような、朗々とした響きを持っている。俺は思わずおどおどとお辞儀をしてしまう。ヘブン以外の他の参加者も軽く会釈する。いかんいかん俺は昴皇子なのだ。卑屈な態度はご法度だ。とにかく偉そうにしないと。

 百瀬氏が着席し、与那が話を始める。

「それではこれから晩餐といたします。まずは乾杯から始めさせていただきます。ワインをお出ししますが、不都合がございましたらお申し出ください」

 ヘブンが声を上げる「お酒はだめ」

「承知しました。それではミネラルウォータでよろしいですか?」

 ヘブンがうなずく。

 そうして各自にワイングラスが配られ、ピッチャーを使って江刺宗と留津がみんなに注いで回る。こういう動きも高級レストランを見るようだ。

 いきわたったところで、百瀬氏が挨拶を始める。

「それでは皆様、ようこそ麗美山荘においでくださいました。短い間ではございますが、当方主催の祭典をお楽しみください。それでは乾杯!」

「乾杯!」一同がグラスを掲げて乾杯する。

 ワインの味はよくわからないが、色を見ると赤ワインなのだろうか、なにやらうまい気はする。

 実業家の松井が驚いた顔をし、酒の感想を述べる。「これはひょっとしてロマネコンティですか?」なんだそれは?

「ええ、おっしゃるとおりです」与那が答える。

「さすがですね」

 他の参加者も感心しきりだ。なにやらそれは高いお酒のようだ。一体、いくらぐらいなのだろうかと、貧乏くさいことを考えてしまう。

 与那が話を続ける。「それでは料理を出しながらということになりますが、今回の祭典の趣向について百瀬のほうから話があります」

 それを受けて百瀬氏が語りだす。

「食事をなさりながらでけっこうです。さて、これからの5日間の催しについて、私から説明させていただきます」

 料理が配膳車に乗って次々と運ばれ出す。

「与那から話があったように、今回は選択と対応という形式を取ります。部屋割りについても皆様が選ぶといった形としました」

 一同がうなずく。果たして何を言おうとしているのか興味津々である。

「すべての出来事に対し、選択があります。まずはこの料理です。これからは皆様の席順に応じて料理を提供いたします。言い換えれば、今座っている席ごとに異なった料理が出されるというものになります」

 ヘブンが手を上げる。百瀬が手を差し出してそれを促す。

「嫌いなものだったら、どうすればいいですか?」

「申し訳ありませんが、それは残してください。それでけっこうです」

 ヘブンがうなずく。確かにこのわがまま娘だと好き嫌いは激しそうだ。ちなみに俺には好き嫌いなどまったくない。生まれついての貧乏暮らしで食べ物を残すことなどありえないのだ。ただ、昴の好き嫌いは聞いていて、ピーマンなどの癖の強い野菜はだめだそうだ。残念ながら、そういうものは残さないとならない。

 そして、フランス料理なのだろうか、オードブルが運ばれてくる。これは皆、同じようだ。

「私の話を続けます」百瀬氏が続けていく。

 俺は話よりも料理に興味がある。こんな料理は見たこともない。これは魚か、鯛なのか、食べてみると酸味があって実にうまい。

「鯛のカルパッチョだな」中村が解説する。ほ、ほう、これがカルパッチョなのか、初めて食う。しかしこれはうまい。

「この祭典をそういった選択と対応としたのは、私自身の人生がそうだったからです。まあ、私だけではない。皆さんもそうでしょう。ある選択の結果、思わぬ幸運をつかむ場合もあるし、その逆もある。私自身が人生を通じて実感したことです。短い間にはなりますが、そういった人生経験に近いものを感じて頂きたいと思って、こういった形式にしました」

 人生には選択が必要な事例は数多くある。俺自身もそれほど多くの選択があった訳ではないが、ここにいるのもそういった選択の結果であるということは間違いがない。それをこの祭典で再現しようという意図なのか。

「初めに皆様にお約束したように、今回の祭典の結果により、私の財産すべてをその勝者にお渡しするということになります」

 一同がその話に反応するのがわかる。やはり、そういうことなのか。カルパッチョの余韻に浸りながら、話を聞く。

 横井が質問する。「それですが、財産すべてということだとその後、百瀬さんはどうなさるんですか?」

「なるほど、そうですね。私についてはお考えくださらなくてもけっこうですよ。無一文で放り出してもらっても何も困らないのですよ。年金生活でありえない金銭をいただいております。ですから、言葉通りすべてを差し上げると考えてください」

「この山荘も含めてということですか?」

「ああ、いえ、ここは私の終の棲家になっています。ですから私が亡くなった後に譲るということでご容赦ねがいたい」そういって厳かに笑う。なんとこの山荘までも譲ると言うのか、実に太っ腹だ。

「失礼ですが譲渡については、法的にも問題が無いと考えてよろしいですか?」

 実業家の松井らしい質問だ。

「そうです。私の顧問弁護士や資産運用部門にも確認済です。ただ、法人となるクレノロジー社および関連会社については、すでに私の手からは離れて管轄外となっています。よって会社は無関係とお考えください」

 松井が納得する。それでも1兆円は下らないはずだ。昴から資産についての資料をもらっていたが、株などの時価の部分もあり1兆が倍になる可能性までもあるという。

 ここで百瀬氏がより一層厳しい表情となる。

「さて、その勝者となる条件です」

 食事の手を止めて一同が聞き入る。

「本来はこの祭典を通じて、私が決める形を考えていましたが、状況が変わりました。先日私のところにある文書が届きました。聞くところによると、皆様のところにも同じものが届いていると聞きました」

 はて、何を言っているのだろうか。そう言うと百瀬氏は何か手紙のようなものを出してくる。

「先日郵送されて来たこの手紙にはこうあります。『麗美山荘に行くな。行けばいけにえの血をもって罪を償うことになる』そして差出人のところには『祭典参加のシェパード』とあります」

 俺には何のことかさっぱりわからない。ただ、参加者はわかっているようだ。中村に聞いてみる。

「中村さんの所にも来たんですか?」

「ああ、全員に送られて来たそうだ。昴のところにも来ただろ?」

 え、マジか、聞いてないぞ、昴。俺はそれとなくうなずく。そうか、さっき横井が言っていた話はこのことだったのか。

 百瀬氏が続ける。「私の方で調査しましたが、今の所、誰がこの手紙を出したのかはわかっておりません。それで私からの提案です。皆様にこの差出人を見つけていただきたい」

 百瀬氏が周囲を見渡す。この中にこれを出した人物がいるのだろうか。

「複数人が協力して犯人を見つけてもらっても構いません。その場合、財産は山分けとなります。さらに参加される皆さんがリタイヤされることも自由です。つまりは権利を放棄するということになります」

 俺はむしろリタイヤしたい気持ちが満載だ。だって殺されるかもしれないんだぞ。命あっての物種じゃないか。ただ、昴皇子として参加しているこの段階でリタイヤすることは無理だろうし、この中にリタイヤするような奴もいないだろう。ましてや協力しようなどと言う連中じゃない気もする。

 鳳ヘブンが質問する。

「なんだかよくわからない話だけど、その犯人がここにいるっていうの?」

「いると思っています」

 少し憮然とした表情で梅沢が声を上げる。

「俺の所にも同じ手紙は届きましたが、単なるいたずらじゃないかな。それでもそいつを見つけろということですか?」

「そうなります。まあいたずらで済めばいいとは思いますが」

 横井が質問する。

「この中にそのシェパードがいるという根拠は何ですか?」

「この文書を出すことで得をするのは、この参加者以外にはいないでしょう。人数が減れば減るほど財産贈与の可能性が高まります。よって可能性は高いと思っています」

 なるほど確かに百瀬氏の言うことには一理ある。事実、9名参加が6名になっている。3名は脅迫状でリタイヤしたのかもしれない。現在でも六分の一で財産が手に入ることになり、確率が上がっている。

「まあ、ここにいない、いわゆる愉快犯のようなものとして、もし何も起こらなければそれはそれでよしとしましょう。犯人がわからない場合には当初の予定通り、私の一存で贈与対象者を選定させていただきます」

 百瀬氏のこの言葉で参加者全員は納得したようだ。不満そうな人間はいなくなる。それにしても参加者を減らす目的で脅迫状を出したとすれば、大した問題ではないのだが、本当に文面のようなことが起きればそれは大事件になる。

 中村が質問する。

「百瀬さんが受け取った手紙の消印はどうなってましたか?それも重要な証拠になると思ってるんですが」

「確かにそうですね。では皆さんにお見せします」そういって手紙を梅沢に渡す。「回していただけますか」

 梅沢が手紙を確認し、そして次に回す。順番に回覧され、中村嬢の所に来る。彼女はそれを見て言う。

「同じ消印だな」そういって俺に渡す。

 手紙は普通の茶封筒に入っており、郵便として出されている。消印は東京中央郵便局だ。つまり東京から出したことになる。中村が同じだということは他も同様なのだろう。そして中を見るとこれまた普通の用紙に印刷された文字がある。


  麗美山荘に行くな

        行けばいけにえの血をもって罪を償うことになる

                            祭典参加のシェパード

 封筒には宛名しかない。

 俺はそれとなく、質問してみる。

「皆さんの消印も同じだったんですか?」

 それに対し、梅沢が言う。

「君はどうだったんだ?まずはそれを言ってからだろ」

 しまった、それは困った。何せもらってない。

「すみません。持ってこなかったのでわからないんです」

「覚えてないのか?」

「はい」

「悪いが、そういったことなら教えられないな。消印も謎解きには重要な要素だ」

 それで俺は引き下がる。たしかにそのとおりなのだ。

 百瀬氏はその様子を見るが何の反応も見せない。

 中村は小声で俺に言う。「けち臭いな。多分同じだよ」

 俺はうなずく。

 続いて料理が出てくる。ここから各自の料理が異なっているのがわかる。俺の目の前に来たのは魚料理で、白身魚のムニエルとでもいうものらしい、中村がそう言っている。これがムニエルなのか。その中村は鱸(すずき)のタプナード焼きだそうで、名前からしてうまそうだと思う。ただタプナードの意味はわからない。

 参加者は百瀬氏に気に入られたいのか、彼との会話を積極的に試みている。俺は百瀬氏のような年配者に何を聞いていいのか、まったく思い浮かばず、ほとんど無言になっている。隣の中村は料理に夢中で会話に参加していない。

 メインディッシュは肉料理で、豚肉のポワレとか言うやつらしく、中村はカツレツ、他のメンバーもそれぞれ異なる料理だった。

 実業家の松井はその料理にいたく感激したようで、盛んにシェフを褒めていた。

「百瀬さん、ここのシェフは素晴らしい。ここまでの料理を作れるなんて、さぞかし名のある方なのでしょうね」

「そうですね。皆さんもご存じの有名店にいたようです。屋別というシェフでしてね。もう10年近く私の専属料理人として働いてもらっています」

「屋別さんですか、どこで働いていたんでしょうかね。いや、素晴らしい」

 なるほど確かにこんなにうまい料理は久々に食べた。それが美味だとはわかるが、食べなれていないのでレベル感がよくわからない。いつものスーパーの弁当と違うのはわかる。

 残りはデザートのみになって、横井が質問する。

「太陽電池を使った蓄電システムと聞きましたが、パネルは屋根にあるんですか?」

「そうです。この山荘の屋根は広いですからね」

「では、そのシステム本体はどこにあるんでしょうか?結構なスペースを必要とするのではないですか?」

「さすがは専門家ですね。実は蓄電のシステムは地下にあるんですよ」

「地下ですか」

「そうです。元々この山荘には地下にワインセラーや食料の貯蔵庫がありましてね。私が住むためにはそこまでの大きな貯蔵スペースは必要なかった。それで約半分をそういった電設機器用としたんですよ。残りはそのまま貯蔵庫として使用しています」

「地下にはどうやって行くんですか?階段やエレベータにも地下に行けるような表示はなかったですよね」

「地下には厨房から行けるようになっています。元々貯蔵庫になっていましたから、そういう作りになっているんです」

 ここで気を利かせて与那が話を付け足す。

「地下室についても見学の機会を設けます。何分、厨房はシェフ管轄ですから、彼は勝手な出入りを気にします」

「電設機器も見学できるのですね」横井が念を押す。

「はい、そのようにいたします」

 ここで食事をたいらげた中村が質問する。

「先ほど教会に入ろうとしたのですが、鍵がかかって入れませんでした。今後は入室可能ですか?」

「はい、その時間も設けさせていただきます」

 これで山荘内のすべてなのだろうか、雨の中でよくわからなかったが、湖や庭周りにはどんなものがあるのだろうか、興味が湧いてくる。

 その後、デザートが出て夕食は終了となった。ここまで豪華な料理を食べたのははっきり言って生まれて初めてだった。まさに夢心地で自室に戻る。これで財産贈与は無理でも来たかいがあったというものだ。

 何人かはこの後、山荘内を見学するようだったが、俺は少々疲れたのでそのまま就寝することにする。


 最新の風呂だという豪華な湯舟に浸かって、今日一日を振り返る。先ほど横井から言われた昴の担当教授を確認してみて驚いた。なんと彼が知り合いだと言った寺沢教授ではないか。

 ひょっとするとそのことを知っていて、あえて質問したかもしれない。まったく冷や汗が出る。とにかくこの祭典のメンバーはそれこそとんでもない能力の持ち主であり、生き馬の目を抜くような輩しかいないということだ。こんなことなら、参加するんじゃなかったとも思う。まあ、どう考えても俺が犯人を突き止められるわけもない。あの脅迫状を誰が出したのかなど、まったくわからない。次から次へとミステリーを書きなぐる昴本人であれば、それは可能かもしれないが、俺の正体は長谷川真治だ。著名作家のミステリーを読んでも犯人が分かった試しがないし、ほぼ、大団円の段階まで読んで、ようやくそういうことかと思うことが殆どだ。え、何だっけと前に読んだ部分を読み返すこともよくあるし、時にはそれでもよくわからないこともある。とうてい謎解きなど無理な話なのだ。そう考えると昴本人も俺になど期待はしていないだろうと思う。おそらく話のタネに派遣したとしか思えない。

 しかしあの手紙はいつ送られてきたのだろうか、昴が受け取ってから俺に連絡が出来ないほど直前だったのだろうか。あとで中村にでも聞いてみよう。

 温度管理も抜群で、お湯の状態も最高のお風呂を満喫する。ひょっとするとこれは温泉なのではないだろうか、肌も艶々してくる。中村がお風呂がよかったという理由もうなずける。

 突然、部屋の扉をたたく音がする。はて、何事だ。こっちは風呂に入っているんだぞ。

「おーい、昴、寝たのか?」ひょっとするとこの声は中村か。何しに来たのか。

 すると信じられないことにバスルームの扉が開いて、中村が顔を出す。「なんだ。風呂か」

「ちょっと何入ってるんですか」

「暇だから、屋敷内を探索しようと思ってさ、お前を誘いに来た」

 何か、だんだんと馴れ馴れしさも度を越えてきている。今やお前呼ばわりではないか。

「今、出ますから外で待っていてください」

「そう、じゃあ部屋で待ってる」

 まったくこの人は何なのだろう。見た目はスーパーモデルなのだが、行動は幼稚園児と変わらない。

 風呂から出ると、中村は自分の部屋ではなく、俺の部屋にいた。

「ここにいたんですか?」

「部屋で待ってるって言っただろ」

「ご自身の部屋でという意味だったんですよ」

 彼女はそれには答えず、絵画を見ている。

「中村さんの部屋にも絵があるんですよね」

「うん、ある。これとは違う絵だが同じ作家だな」

 なるほど、各部屋にこういった宗教画のような絵が飾られているわけか。

 俺はあの脅迫状について質問してみる。

「中村さんのところにあの手紙が来たのはいつ頃ですか?」

「脅迫状のことか?」

「そうです」

「ここに来る前日だったかな」

 なるほどそんなに急に送られて来たのか。

「今、持ってますか?」

「いや、部屋に置いてある」

「後で見せてください」

「昴に来たやつと同じだと思うぞ」

「そうなんでしょうけど、参考までに見せてください」

「いいけど」そういって何か疑り深い顔をする。まずい心を読まれないようにしないと。

「昴の所に来たやつを見せてくれ」やっぱりきた。

「ああ、置いてきちゃいました」

「まったく、あんな大事なものを置いて来るとは、君は本当にミステリー作家なのか?」

 俺は何も言えずにもじもじしている。

「昴、留津さんに頼んで少し屋敷の中を見て回ることにした」

「留津さんって従業員の女性ですよね。頼めたんですか?」

「うん、今入口で待ってもらってる」

「まじですか?」

「まじ」この人はやることが早いというか、唐突というか。

 中村と入口に急ぐ。確かにそこに手持無沙汰な留津さんがいた。彼女一人で少し心細そうに見える。

「お待たせ、昴が呑気に風呂に入っていてね」

 留津さんはにこっと笑顔になる。こうしてじっくりと見ると俺とは同年代なのだろうか、大学生ぐらいにも見える。確かここは5年前に百瀬氏が越してきたはずだ。はたして彼女は最初からいるのだろうか。

「昴が聞きたがってるから、留津さんの自己紹介から頼むよ」

 はあ、何を言うんだこの人は、確かに聞きたいとは思ったけど。あたふたしている俺を見て、嬉しそうにしながら留津さんが話す。

「はい、留津尚美と申します。昴様とは同年代だと思いますよ。こちらには百瀬さんに採用されて勤務しています。ああ、そういう意味では麗美山荘は最初から同じ従業員ですね。いっさい増減はありません」

「そうなんですか。皆さんこちらに住み込みで働いているんですよね」

「ええ、そうです。私の仕事は雑用全般です。料理も手伝いますし、庭仕事や片付け、江刺宗さんのお手伝いもやります。でも普段はそれほど忙しくもないですよ」

「そうですか、でもずっとここだと物足りなくはないですか?」

「それは都会と比べて、刺激が少ないといったようなことでしょうか?」

「ええ、まあ、ありていに言ってそんな感じですけど」

「刺激は少ないですけど、心の安寧にはいいところですよ。むしろそういった環境を求めて、こちらに来たかもしれません」

 なるほど、そういうことなんだろうなとは思う。ここは世の中の動きからは完全に隔離されている。文明以前の人間としての本来の生活なのかもしれない。事件、事故、争いごとなどとはまったく無縁の世界である。

「教会と地下室については明日与那が案内する手はずになっていますから、それ以外を私が簡単に案内します」

「今は雨ですが外には何があるんですか?」

「ご覧になられたとは思いますが庭園があります。それと温室もあります。さらに倉庫があります」

「倉庫ですか」

「それほど大きなものではありません。今は使われていませんが、ホテル時代は倉庫として使用されていたようです」

「駐車場もあるんですよね」

「お客様用に屋外駐車場が整備されています。百瀬の車については専用の車庫があります。今は出洞が主に使っていて、皆様が来られたベンツと他にはライトバンとトラック、庭仕事用のトラクタがあります」

「従業員の方の紹介はこれからあるんですかね」

「どうですかね。必要でしたら頼んでみましょうか?」

「いえ、特に必要と言うわけではありません。先ほどお会いした方以外にどういった方がおられるのかと思いまして」

「あとはシェフの屋別(やべつ)と庭師の伊作(いさく)ですね。それ以外はもう会っていますよね」

「庭師もおられるのですか?」

「はい、庭園もありますし、雑用もけっこうあるんです」

「そうですか、あと年配の男性がおられましたよね」

「ああ、吉屋(よしや)ですね。彼は医者です。昔から百瀬の専属主治医として勤務されていたようです」

「医者ですか」

「百瀬も高齢ですし、山荘の従業員も何かあればすぐに治療する必要があります。人里まではそれなりに時間もかかりますので」

「なるほど、それだと安心ですね」

 留津がはい、と笑顔で答える。

「従業員の方が辞めないということは、それなりに働きやすいということですか?」

「そうですね」本当は給料も聞いてみたいのだが、あまりにも下賤な話題なので遠慮する。

「昴は給料も聞きたいみたいだ」中村はひとの心が読めるのか。俺は青くなる。

「はは、給料は高いと思いますよ。いわゆるこういった仕事で頂ける賃金の倍以上はあると思います」

 すごい。俺も働きたいぐらいだ。現在のバイト時給は1400円しかない。しまった中村に心を読まれる。案の定、中村はにやにやしている。

「じゃあ案内してもらおうかな」

 中村の音頭で山荘探索が始まる。留津は入口から案内を始めていく。

「ここはホテル時代にはフロント用の施設があったようです。今は無くなっています」確かにホテルと比較すると玄関口は広々としている。

「エレベータは昔の物を改修して使っています。それほど使用頻度もないのでそれで十分です。今は修理中でご不便をおかけしています」

「2階だから全然大丈夫ですよ。3階の従業員のほうが不便じゃないですか?」

「どうですかね。それほど気にはなりません。元々階段を使っていましたから」

「今回のようにお客様が来ることはあるんですか?」

「不定期ですがありますよ。百瀬さんのお知り合いの方が数名程度、年に数回は来られます」

「同じように歓待するわけですね」

「そうですね」そういって笑顔である。

「こちらの方々が、ホテルの従業員並みに応対できるのは何故でしょうか?」

「え、そうですか、そう言っていただけると嬉しいですが、特に何かの専門教育を受けたわけではないですよ。与那が教育係としてひととおりのことを指導したぐらいです」

 それはすごい。顧客に対する態度は一流ホテルと変わらない。それでいて専門教育されていないとは、にわかには信じがたい。それとも与那の指導がそれほど良かったということなのか。

 入口部分を抜けると、最初に全員が集まったロビーに出る。

「こちらはホテル時代そのままです。お客様がくつろがれる場所になります。ソファー類は新しくしたようです」

「山荘の改修については百瀬氏がやられたんですか?」

「私は詳しくは知らないんですけど、百瀬さんが具体的な要望を出して、建築事務所がリフォームしたと聞いています」

 太陽光システムを追加しているのだから、それなりの建築事務所がやったのだろうとは思う。百瀬氏とのつながりもあるはずだが、はたしてどこなのだろう。

「施工内容から見ると八木建築事務所だと思う。そういう雰囲気もある」俺の心を読んだのか、中村が言う。そういえば彼女は美術家だった。こういった建築関連にも知見があるのだろう。

「ああ、そうです。確かその名前を聞いた覚えがあります」

 なるほど、単なる幼稚園児ではなかったのか、少し見直す。

 ロビーは全面ガラス張りとなっており、天気が良ければ湖が見通せるはずだ。今は夜でもあり、雨も降っているのでほとんど何も見えない。

「天気がいいと湖が見渡せるんですよね」

「そうです。湖畔も含めて絶景ですよ」

 なるほど、明日から天気になるのだから、そういった景色が見られるわけか。

 続いてレストランに到着する。先ほどまでの酒宴の後とは思えないほどの静寂に満ちている。灯りも最低限のほのかな間接照明になっており、厳かな雰囲気である。

「この右奥が厨房なんですよね」ステンレス製の扉が閉まっており、今は誰もいないようで静かだ。

「そうです。さきほど与那から説明があったように、厨房から地下室に行くことが出来ます。今は厨房には入らないでくださいとのことです」

「明日、案内してくれるんですよね」

「そう聞いています」

 そして次の部屋に来る。ここは図書室だ。

「ここはどうやったんですか?元々これがあったんですか?」

「いえ、ここは元は大宴会場だったと聞いています。それと部屋もあったらしいですけど、それらをすべて広げて改修したようです」

「すごい量の本ですね」

「はい、百瀬は無類の本好きとのことで、図書館並みに揃っています。お客様もご自由にお読みくださいとのことです」

「そうですか。どのくらいの数あるんですか?」

「蔵書は10万冊は下らないと聞いています」

「そんなにあるんですか?」

「ええ」

「新刊はないんですか?」

「ありますよ。従業員からの要望にも応えてくれますし、極端にいかがわしい本でなければあると思います」

 どういう基準なのかはわからないが、昴の作品はいかがわしい本に該当するのだろうか。それに気づいたのか中村が質問する。

「昴の本もあるのかな?」いやいや、それはないだろう。昴の本は殆どが文庫本だし、百瀬氏はミステリーなんか読まないだろう。

 するとあにはからんや、留津は嬉々として話す。

「あります。私もファンで読ませてもらってます。特にデビュー作の時間移動の話は素晴らしいですね」

「へー昴の本もあるんですか?」しまった。つい本音が出てしまった。

「何か他人行儀だな」鋭い中村の突っ込みが入る。

 俺は青くなる。ごまかさないと「でも文庫がほとんどですよ」

「文庫も置いてます。百瀬はミステリーが大好きなようです。あの小説の謎解きはよかったとか、話をするのを聞いたことがあります」

「へー、でも俺の本もあるとは光栄だな」とごまかす。

「昴さんは多才ですよね。1作目は時間移動のSFミステリだったのが、2作目は一転して社会派でしたよね。あの発想力はすごいです」留津が華やいだ顔で言う。

「そうですか、ありがとうございます」なんかむず痒い。

「それに出版数が多くてびっくりします」

「まあ、書くのが早いのが取り柄ですから」

「感心してます」

 そんなにミステリー本があるのなら、ひょっとすると俺の本もあるのかもしれない。

「私の知り合いの本もありますかね」

「お知り合いですか?」

「ええ、同期というか同時期に新人賞を受賞した作家なんですが」

「どなたでしょう?」

「長谷川真治というんですが」

 中村が笑って言う。「誰だそれは、そんな近所の知り合いみたいな作家の本はないぞ。自費出版本はない」いやいや自費出版じゃないぞ。出版数はそうだけど。

「さすがに自費出版は置いてないです」留津も笑いながら言う。

 ここで追い打ちをかけると変に疑われそうなので、そのままにする。顔に出さないようにしないと。

「でも本を探すのも大変ですよね。目録かなにかがあるんですか?」

「実は検索用にパソコンがあります。専用のアプリが入っていて、それで検索できます」

 そう言いながら、パソコンまで案内する。

「こちらがそのパソコンです。電源を入れて頂ければそのまま立ち上がります」

 そこには図書館にもあるような液晶モニターを使ったパソコンが置いてある。

「パソコンとしても使用できるのですか?」文明を拒否しているのにパソコンがあるとは少し意外な気がする。

「機能は検索に限定されています。今は蔵書に応じて江刺宗が登録と収納作業をしています。書棚も分類が為されているんです」

 なるほど、確かにこれだけあればそういった管理は必要だし、パソコンの使用にも合点がいく。書棚側にも番号付きの銘板が付いていて判別がつくように区分けされている。

「ただ、通信とか検索以外の使用はできないんですね?」

「そうです。ですからアプリを追加することも出来ません」

 そこで俺はハタと気付く。

「山荘のセキュリティはされてるんでしたよね。それ用にパソコンは使用されていないんですか?」

「セキュリティシステム用に専用の端末はあります。ただ、それも外部とは繋がっていません」

「セキュリティシステムでありながら、それで大丈夫なんですか?」

「ここは完全に独立した施設になっています。外とつながっているのは、皆さんが今日来た林道しかないんです。後は山に囲まれていますし、昔あった登山道も今は閉鎖されています。ですから外部から侵入者があるとすればあの道しかありえません。そういった侵入者については、スタンドアローンの防犯システムで十分だということのようです」

「なるほど、外部との接続は必要ないということですね」

 留津はうなずく。「この時間になるとすべてのドアは自動で施錠されます。もしそれを開けようとすると警報が鳴ります。また、防犯カメラも設置されています」

「やはり百瀬さんだとそれぐらいは必要ですね」

「もう狙われるようなこともないと思いますが、用心に越したことは無いので。あと、この山荘の従業員、江刺宗と出洞は格闘技の心得もあります。彼らがボディガードを兼ねているというところですね。まあ、これまでその技能を使ったことはありませんけど」

「防犯対策もそれで十分ということですね」

「今までシステムが起動したことは一度もありません」そう言って笑顔を見せる。中村が質問する。

「セキュリティシステムも地下にあるのかな?」

「そうです。蓄電システムと一緒にあります。私はよくわかりません。それは出洞が管理しています」

 そして図書室を抜けると教会の入り口が見える。本館から教会までは3mぐらい距離があるが、渡り廊下は回廊のように壁と屋根で囲まれており、教会に入るためには本館から行くしかない。

「ここからは教会になっています」

「入れないんですよね」

「今は鍵がかかっています。明日、見学するそうですよ」

「渡り廊下が壁で囲まれていて入れないようになっていますね」

「そうですね。教会用というよりも、ここから本館に侵入できないようにするための処置です。改修時にこの回廊を作ったようです」

「なるほど、山荘自体の入り口は玄関と厨房限定と言うわけですか」

「はい」

「教会は普段は使用されていないということですね」

「そうです」

「中に入ったことはあるんですか?」

「はい、あります。使用はしていませんが、清掃の必要はありますから、そういう意味では中は普通の教会ですよ。ホテル時代には結婚式用に使用していたそうです」

「そうですか」

 俺はもう一度、その教会の扉を見る。黒々と頑丈なその扉は単なる結婚式用の扉とするには惜しい作りである。

 ここで探索を終えて、明日に備えて部屋で休むことにした。

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