第8話 真治の謎解き

 新たな情報を得て自室に戻る。

 ここに来て事件は一気に急展開した。はたして今後はどのように対処したらいいのだろうか。これからの対応に少し悩む。ヘブンが言うように、彼女のしもべとして働けばいいのか、それとも中村との協力関係を続ければいいのか、そうなると中村の扱いはどうすればいいのか、女性の二股経験などあるわけもない。いや、これを二股とは言わないのか、しかし俺にとってはそういう次元の問題なのだ。とにかくよくわからない状況であるのは間違いない。考えても仕方が無い。流れに身を任せるしかないとも思う。


 さていい機会なので、これまでの事件を整理してみる。愛用のノートにとにかく気になる点を列挙してみた。


 ・シェパードの殺害予告状『麗美山荘に行くな。

          行けばいけにえの血をもって罪を償うことになる』この意味は

 ・百瀬氏は誰にどうやって殺されたのか。密室殺人の謎

 ・祭壇にあったメッセージ『4』と『え』の意味は

 ・松井の毒殺方法。シェパードはどうやったのか

 ・松井の席順は3で彼を狙ったものなのか

 ・横井は誰にどうやって殺されたのか。密室殺人の謎

 ・小麦粉は何を意味するのか。

 ・見立て殺人。教会、脂身、小麦粉

 ・中村が言った2号室にある違和感とは何か

 ・祭典参加者は裏の顔、犯罪に手を染めている。選定の理由は

 ・各部屋にある絵の意味は

 ・そもそも祭典メンバー内にシェパードはいるのか。外部の犯行なのか。


 とりあえずこんなところか、とメモを見て振りかえるが、なんと何もわかっていないことにあらためて驚く。そうなのだ。実際、謎については何もわかっていないのだ。これは推理作家としては致命的ではないのか。こんな状態だから編集さんからも駄目だしを繰り返される。

 落ち着いて客観的に見てみる。物事は俯瞰してみろとよく言われている。

 百瀬氏は祭典メンバーを意図的に選んだのだ。いわば裏の顔を持つ犯罪者である。そういった人間を遺産相続人にすることで、争いを起こさせたのかもしれない。財産を独り占めにしようという気にさせる策略である。そう考えると辻褄はあってくる。

 犯罪を犯すような欲深い連中を一堂に会せば、間違いなく殺人事件が起きる。現にシェパードなる人物から、不参加を促す脅迫状が届いて、殺人事件も起こっている。

 腹の空いた魚の前に餌を垂らせば、食らいついてくるのは当然である。なるほどそういったことかもしれない。さらに参加者はこれからの日本を担う有能な人物ばかりで、頭脳明晰でもあり、トリックを考えるのもお手の物かもしれない。俺には無理だけど。

 裏の顔で言うと、昴も裏の顔を持っていた。なんと彼は自分で小説を書いていなかった。ネットなどではそういった根拠のない噂があることはあった。ただ、それはやっかみに似た謂(いわ)れのない中傷だと思っていた。しかし考えようによっては昴ほどの頭脳の持ち主であれば、そういった小説作成方法なるものを構築することは容易なのだろう。いわゆるプロダクション制とでもいうのだろうか、もしそれがバレたとしても、彼ならそれを口八丁手八丁で、正当化して切り抜けることが出来る。しかしデビュー作から盗作だったとは、信じがたい気もする。

 さらに中村にも裏の顔があるかもしれないというのだ。あの天真爛漫な幼稚園児のような女性にも、殺人者としての。はたしてそれはどういったものなのだろうか、ヘブンの情報網を使ってもわからなかった彼女の犯罪行為とは。気にはなる。

 そして本人は言わなかったが、ヘブン自身にも裏があるという。これもネット情報だが、彼女の生い立ちには謎が多い。本人だけでなく事務所も詳細を隠している。ヘブンは事故で両親を亡くし、施設で育った経験を持つ。ここまではある程度、情報公開されている。そこから努力をし、13歳の時にオーディションを経てデビューを勝ち取ったというのは有名な話だ。デビュー前後に何か不正があったような話は聞いていない。となるとデビュー前になんらかの犯罪行為があったということになる。いったいそれはなんなのだろうか。

 参加者全員が裏の顔を持っていることは疑いようがない。

 もう一度、メモを見ながら俯瞰して考えてみる。物事は一方向ではなく別の見方をすることが重要だ。

 しばらくぼんやりと考えていて、ここでハタと気が付く。これは推理小説でよくある。インチキパターンなのではないか。ここにいない人間が実は存在していて、影でなにやら事件を起こしているといった類のやつである。古くからそういう小説もあり、読み進めていくと、いやいや聞いてないよと言いたくなるやつである。

 そして犯人には過去の因縁があり、実はあの人の親戚だったとか、別れた関係者だったとかいうやつである。そうなるとその犯人は近くの旅館にいたり、隣町のどこそこにいたとかいうのである。

 今回の場合だと隣町は無理なので、山荘付近の小屋に隠れていて、その何者かが事件を起こしていることになる。なるほどそう考えるとそんな気もしてくる。

 さらにメモを見ながらそれを掘り下げてみる。

 すると天からの啓示のように何かがひらめく。そしてある人物が浮かぶ。彼ならばこの一連の殺人は可能かもしれない。そしてそれだけの頭脳も持っている。

 昴皇子である。

 先ほどのヘブンの話だと、昴は自分で小説を書いていないことになる。つまり締め切りに追われているというのは真っ赤な嘘となる。よって彼が祭典に参加しないというのは、どう考えても不自然なのだ。その理由は何なのか。それは恐ろしいことだが、昴はすでに山荘に来ており、隠れて殺人を犯しているのだ。こう考えるとすべてのつじつまがあってくる。

 自分で考えてそのアイデアに驚く。考えれば考えるほどそんな気がしてくる。昴は山荘にいて殺人を続けている。数字に意味を持たせたがるのも推理作家の悪い癖だし、密室殺人や見立て殺人などはその最たるものだ。

 まてまて急ぐな。急がば回れだ。とにかくその前提ですべての殺人を推理してみよう。

 昴皇子は長谷川真治と似ている。いや、人によってはクリソツとも言われるほどだ。つまりはここにいる連中には見分けがつかない。昴が山荘に居たとしても俺との区別がつかないのだ。俺と昴が出会えばそれで終わりだが、基本的に昴は隠れているのだから、会う機会はないはずだ。

 まず昴はシェパードとして参加者に脅迫状を送る。とにかく参加者は少ない方がいい。それが上手くいき9名が6名まで減った。

 その状態で最初の事件だ。百瀬氏は選定に絡む重要人物で死んでもらった方が何かと都合はいい。後から変な注釈がついても困るのだ。それでまず最初に殺害する。

 教会まで百瀬氏を呼び出し何らかの方法で殺害する。そして昴は山荘内に隠れる。これは一時的なものでいい。図書室もしくは入口辺りでもいいだろう。そうして山荘の人間が教会に集まった時点で、凶器をヘブンの部屋に投げ込み、空き室に隠れていればいいのだ。

 ただ、ここに問題がある。どうやって密室にしたのかである。鍵は百瀬氏が持っており、それで密室になったのだ。スペアキーは無いということだった。まてよ、本当にスペアキーは無かったのか。とにかくこの前提が崩れれば、この推理は簡単に成り立つではないか。昴はスペアキーを持っていたのだ。はい、これで一丁上がり。

 続いて松井の毒殺。これは簡単だ。青酸カリさえ入手できれば、厨房に忍び込んで牛脂に混ぜればいいのだ。料理の順番は山荘内では周知の事実だった。表もあることから、昴であれば簡単だろう。そして3番には誰が座っても構わないのだ。とにかく参加者が減ることが重要なのだ。あれ、でも俺が座ったらどうするつもりだったのだろう、昴が死ぬことになる。確率は6分の一か、それに懸けたのだろうか。まあ、これは後で考えよう。

 そして横井の殺人である。これもスペアキーさえあれば可能となる。密室殺人は鍵さえあれば出来るのだ。

 何か久々のひらめきではないだろうか。自分の推理に自分で酔う。

 一人で悦に浸っていると部屋の扉が勢いよく開けられる。びっくりしてそこを見ると、中村がいた。「ん、どうした昴、何か嬉しそうだな」

「びっくりするじゃないですか、急にドアを開けないでください」

「ああ、それはすまなかったな。で、何かあったか?」

 この話は中村には出来ない。ヘブンから聞いた各人の裏情報があるからだ。「いえ、何でもないです」とごまかす。

「そうか」なんとなく不審な顔をする。

「中村さんは何をしてたんですか?」

「うちは情報収集と考え事だな」

「考え事ですか、それで何か見つかりました?」

「まあな」

「何ですか?教えてくださいよ」

「いや、まだその段階じゃない。そうだ。与那さんが昼飯の時に話があるそうだぞ」

「そうですか」

「そろそろ昼食の時間だから呼びに来た」

 今は11時半である。


 中村とレストランに顔を出す。

 参加者はついに4名を残すのみとなり、レストランも閑散としてきた。梅沢はいるが案の定ヘブンはいない。

 今や昼食も一品のみとなっていた。本日はドライカレーだそうだ。中村は大盛を俺は普通盛を頼む。相変わらず中村の食欲は旺盛だ。

 そして、やはり留津に連れられてヘブンが顔を出す。

 全員が揃った段階で与那が話を始める。

「お疲れ様です」与那はいつもの口調で話をするが、参加者の反応は薄い。さすがに精神的疲労が伺える。

「皆様に報告事項がございます。まずは朗報から。先ほど出洞が崖崩れ現場に行ったところ、すでに道路の復旧作業が始まった模様です」

 これは確かに朗報だ。思ったよりも早い開通になるかもしれない。

「土砂越しに話をしたそうで、事件についても連絡が付いております。警察が動いてくれるそうです。まずは道路の復旧を優先し、すぐに警察が捜査を行うそうです」

「開通はいつ頃になるのかな?」梅沢が質問する。

「予定では明後日中には何とかなりそうです」

「なるほど、そうなると予定通りの日程になるな」

「そうなります」本来は5日の祭典期間である。

「また、吉屋から昨日の横井氏の死因について報告があります」

 メモを見ながら吉屋が話を始める。

「横井さんの死亡時刻は午前1時、梅沢さんが物音を聞いた時刻です。死因は頭蓋骨陥没による脳挫傷で後頭部を鈍器で殴打されたことによるものです。また、頚椎の骨折も見受けられますが、直接の死因は脳挫傷です。殴打痕から判断すると相当な力が加わったものと思われます」

「具体的にはどういった鈍器でしょうか?」中村が質問する。

「そうですね。はっきりとは言えませんがハンマーなどの大型の鈍器ではないでしょうか。衝撃の強さから考えての話です。詳しくは司法解剖の必要があります」

 あの部屋でハンマーを振るったのだろうか、そんなことが出来るのだろうか、光景を想像すると空恐ろしい気がする。やはり女性では無理かもしれない。そうなると俺が考えた昴説が増々有力になる。


 そんな検死報告を聞いては、昼食を食べる気も起きず、若干残してしまったが、中村は全く意に返さず大盛りを完食していた。さすがは幼稚園児だ。

「昴、午後はどうする?」口の周りにドライカレーの跡が残っている中村が言う。

「ちょっと調べたいことがあるので、別行動にしませんか?」

「何?調べたいことって?」

「鍵についてです。本当にスペアキーが無かったのかどうか、与那さんに管理状況を確認したいと思っています」

「なるほど、確かにそれはいい考えだな。じゃあよろしく頼む」

 そういうとどこかに消えていった。

 昼食を終えたヘブンがレストランを離れようとしている。俺は駆け寄って話をする。「ちょっといいかな」

 ヘブンは周囲を気にする。「部屋に来て」小声でそういうとそのまま自室に戻っていく。

 いったん自室に戻り、ノートを持ってヘブンの部屋に行く。

 ドアをノックする。「はいって」と声がする。

 緊張気味に入るとヘブンは全く意に返さず。「何?」と女王様の貫禄で宣う。

「ちょっと考えを聞いてほしくって」

 そう言って先ほど考えた昴犯人説を話す。

 ヘブンは一通り話を聞いてから、しばらく考えている。

 そして自分の考えをまとめるように話し出す。「どうかな。そんなことあるかな」

「可能性はあると思うんだけど」

「じゃあ、本物の昴がいるとして、どうやってここまで来たの」

 それについては考えていた。「自家用車じやないかな」

「昴は車を持ってたの?」

「それはわからない。じゃなかったら、タクシーで来たんじゃないかな」

「タクシー?」

「駅前にタクシー乗り場は無かったけど、昴だったらタクシーを配車すると思うんだ。それでここまで来る」

「ふーん」しばらく考えて「じゃあどこにいるんだろ」

「山荘内の空き部屋か、そういえば倉庫みたいな建物があっただろ」

「ああ、蔵みたいなやつか」

 山荘から山の方角、教会の裏に蔵のような倉庫があった。今は使われていないようだが。

「山荘の連中も俺と昴の区別は出来ない気がするんだ。出会っても俺だと思うわけだし」

 ヘブンはじっと顔を見る。なんか赤くなる。

「そうかもしれないね。似てることは似てる」

「そう、だから昴が山荘にいてもなんとかなる気がする」

「わかった。じゃあ私がいそうなところを探ってみる。あんたはマスターキーの状況を確認して」

「うん」

 ヘブンが了承してくれた。つまりは可能性を認めてくれたのだ。なんだか誇らしい気分になる。


 与那の部屋に行く。彼女は自室で何か仕事をしていた。

「すみません。ちょっとよろしいですか?」

 黒縁眼鏡を指で持ち上げながらこちらを見る。「何でしょうか?」

「はい、鍵の件で確認したいことがあります」

「鍵ですか?」

「はい、管理についての話は聞きましたが、実際はどうなのか、その確認をしたいと思いまして」

「なるほど、よろしいですよ」与那が笑顔を見せる。

「鍵のスペアーは百瀬氏の部屋にあるんですよね」

「そうです。論より証拠でご覧に入れましょう。参りましょうか」

 そう言うと与那は部屋を出て行く。後を追いかける。

 与那が歩きながらこちらを見ることもなく話す。「百瀬の部屋の鍵は吉屋が持っています」

 まずは吉屋の部屋を訪ねる。ノックの後、しばらくすると眠そうな顔をした吉屋が顔を出す。多分、昼寝の真っ最中だったようだ。「何かな?」

「はい、百瀬さんの部屋の鍵をください」

「鍵ね」そう言うと机の中を探す。

 吉屋は鍵を出し与那に手渡す。いつもそこに置いてあるのだろうか、質問してみる。

「いつも机の中に入れてあるんですか?」

「そう、百瀬さんの事件が起きてからこの管理にしたんだよ」

「それを知っているのはお二人だけですか?」

「そうです。緊急の対応でしたので」与那が答える。

「それまではどこにあったんですか?」

「それまでは私が保管しておりました」

「そうですか、後でそれも確認させてもらってよろしいですか?」

「はい、いいですよ。じゃあ行きましょう」

 3階の奥にある百瀬氏の部屋に行く。与那がディンプルキーを使って扉を開ける。

「与那さん、たしか山荘内には防犯カメラは無いんですよね?」

「ええ、中については未設置です。元々ここはお客様用に作られたものではないものですから、今考えるとそこが盲点だったかもしれません」

 確かにそういった施設ではないのだ。百瀬氏の終の棲家としての山荘である。本来、屋敷内の防犯は必要ないのかもしれない。

 百瀬氏の部屋に入る。

 やはりここは作りが違う。広いこともあるが、ここだけは異空間のように感じる。とにかく広々としており、言うならば中世の王様の部屋といった雰囲気である。他の部屋には無い深々とした絨毯が敷き詰めてあり、中央奥には大きな机がある。そしてそれに見合う椅子も置いてある。

 与那は部屋の奥にあるクローゼットを開ける。

「ここに金庫があります」

 クローゼット内には洋服が吊るしてあり靴棚もある。そしてその奥に黒い薄型の金庫があった。ナンバー式のキーが配置してある。

「このナンバーは私の方で設定してあります。その都度4桁の暗証コードを入力するタイプになります」

 そういうとナンバーキーを隠すように押し、金庫の扉を開ける。そこには部屋番号とそれに合ったキーが吊るしてあった。

「百瀬氏が健在時は彼が管理していたんですよね」

「そうです。ただ、私も開けることは出来ました」

「ということは暗証キーは一定だったんですね」

「はい、そうです」

「それは皆さん周知の番号なんでしょうか?」

「いえ、私と百瀬しかわかっていません。百瀬が亡くなってからは私の方で変更しました」

「そうですか、それでもし合鍵を作ろうと思えばできますか?」

「まず不可能だと思います」与那は自信を持って言い切る。

「山荘の鍵は与那さんが管理されているんですよね」

「はい、ただ鍵はここで保管されています。お客様が来られる時にのみ、ここから1本取ってお渡しする形になっています」

「なるほど」

「ですから、外部の人間が鍵を取り出すことは不可能だと思います」

 スペアキーを作るにしても、鍵を取り出して鍵屋に作らせることになる。そういった時間もないということか。ここは陸の孤島だ。じゃあ、昴はどうやったのか。やはりありえないということなのだろうか。それともあいつは鍵を自在に作ることが出来るのだろうか。

 金庫に吊るしてある鍵を見ると、使用されていない部屋番号は二つずつある。

「4と8もそのままになっているんですか?」

「はい、4号室と8号室については、最初からここに掛かったままとなっています」

 鍵の制作方法は置いといて、その部屋を確認してみたい気がする。もし昴がいたのなら、その空き室にいて何らかの痕跡が残っているかもしれない。

 そして唐突にあることを思い出す。

 そうなのだ。なぜ今まで気が付かなかったのか、ダイイングメッセージの4はひょっとすると4号室を意味しているのではないか、そしてさらには『え』も4号室の絵を言っているのかもしれない。そう考えると謎に迫った感がある。俺はやってしまったのかもしれない。

「部屋を見ることはできますか?」

「ええ、大丈夫ですよ。これから行きますか?」

「はい、是非、お願いします」

 与那は鍵を持つと再び金庫をロックする。やはりこちらには見せないようにしている。管理もしっかりしている。

「先ほどの話ですが、私の机の引き出しも確認しますか?」

「与那さんの部屋の机ですよね」

「そうです」

 一応、その確認も必要だと思い、見せてもらう。与那の部屋の事務机を見る。木製のしっかりした机の引き出しに鍵を置いてあるとのことだ。

「この場所については皆が知っていたのですか?」

「従業員も知らなかったと思いますよ。あえて言うようなことでもないので」

「引き出し用の鍵は無いですよね」

「そうですね」

 少し疑念は残るが不問とする。部屋に鍵はかかるのだからそこまでは考えなくてもいいのかもしれない。それよりも4号室が気になる。あまり騒ぐと与那に怪しまれそうなので、落ち着いているふりをする。

 そして8号室から見学する。

「今回の祭典期間中に開けたことは無いんですよね」

「はい、ただ皆さんがおいでになる前に清掃はかけましたよ。どの部屋にお泊りになるかはくじ引きでしたから」

 扉を開けて中に入る。

 やはりここも他の部屋と同じ作りになっている。例の絵画を見る。大きなテントのような建物が描いてある。そしてその前に髭を生やした男が民衆に何か話をしている。

「この絵は何を描いているんですかね」

「そうですね。前にも申し上げたように、私の方では絵の内容についてはわかっていないんです。でもこれは幕屋というものなのでしょうか」

「このテントのようなものは幕屋と言うんですか?」

「そうです。移動式の神殿といったもののようですよ」

 なるほど、神殿なのか、その前で牧師が説教でもしているのか。

 さらに8号室の中も確認する。洗面所やバスルーム、クローゼットなどを注意深く見たが、人が使ったような形跡はなかった。やはり昴はここにはいないようだ。

「よろしいですか?」

「ええ、大丈夫です」

「では、4号室のほうへ」

 与那と一緒にいよいよ4号室に向かう。俺は興奮を抑えて与那についていく。室内は当たり前のように全く同じ作りだった。

 ここの絵画を見る。男が先ほどの髭を生やした爺さんの前に跪いている。まるで何かの赦しを乞うように見える。男のそばには子牛がいる。

 与那に聞いても同じような答えしか出ないはずなので、絵については聞かず、「この絵を確認してもいいですか?」と聞く。

「はい、どうぞ」与那は平然と答える。

 俺は慎重に絵を動かす。やはり同じように簡単に外れる。はたしてその裏には何かの謎が、ドキドキしながら見たが、何のことは無い、他と同じように4とだけあった。

 当てが外れたか。仕方なく絵を戻す。

 次に部屋の中を確認する。クローゼットの中には何もない。ベッドも使われた形跡は無い。最後にバスルームを見る。やはり風呂なども使用された跡は無い。まあ、そんなことをしたら、ここにいたことがすぐにばれるから、昴がいたとしてもやるはずもないか。

 そしてバスルームから戻ろうとしたとき、思わずぞっとする。

 元々バスルームは幾分薄暗いので、入る時に灯りを点けたのだ。それが今見ると、そのスイッチの上に数字が書いてあるではないか。

 5という数字が黒々と書かれている。これまでも数字がある場所で殺人が起きている。何かの暗示ではないかと気になるのだ。

「与那さんその数字は何ですか?」恐る恐る聞いてみる。

「ああ、これですか、何ですかね。出洞が何かに気づいて書いたのかもしれませんね。彼に確認してみましょう」

 何か当たり前のように言う。そうなのだろうか、修理の必要でもあるので記入しただけなのだろうか、何か言いようのない不安を覚えてしまう。この山荘で数字を見ると何かが起きる気がしてしまう。


 不安を抱えながら自室に戻る。ヘブンはまだ部屋に戻っていないようだった。4号室にあった数字の話をしておかないとならない。

 それにしても5とは何なのだろうか。この祭典ではやたらと数字が出てくる。やはり昴がいて、何かを企んでいるのだろうか。だとすればそれはどういう意味なのか。

 それとやはり合鍵を作る方法が思いつかない。

 今回、必要となるのは教会と2号室の鍵である。教会の鍵はよくあるウォード錠で先端に段差が付いているだけだ。これはやりようによっては簡単に合鍵が作れるだろう。例えば粘土か何かで型を取れば、エポキシ樹脂を流して作れるのではないか。ただ、2号室はディンプルキーで、これは複雑な形状でもあり、鍵の専門家でないと作れない。そうなると持ち出しも必要になるだろう。さらに与那によると鍵の管理はそれなりに為されていたということだ。いったいどうやれば合鍵を作れるのだろうか。

 もう一度、原点に戻って考え直した方が良い気がする。鍵を必要としない方法はないのだろうか。

 教会では殺害までは鍵は要らない。百瀬氏を殺した後、鍵をかけることが出来ればいいわけだ。犯人は殺害後、ナイフを持って外に出る。そして中から百瀬氏が鍵を掛けたとすると、これは成り立つ。

 いや、だめだ。あれだけの出血量だ。出血したまま扉まで歩いたとするとその血の跡が続いているはずだ。血は祭壇にしかなかった。

 となると中から鍵を掛けた後に外に出ればいいのだ。そんな手品のようなことが出来るのだろうか。教会には鍵を取り出せるような穴すらなかった。虫であっても外には出られない。まったくの密室状態である。

 今一度、考え方を変えてみよう。昴犯人説をやめてみる。

 今度は犯人の特定から物事を考えてみる。

 祭典参加者を犯人とすれば、残った人間は中村、梅沢、ヘブンだ。ただ、女性の場合は相当な力を持っていないとならない。ハンマーで頭を砕く力、ナイフで刺すのは問題ないのか。女性を除外すると可能性で言えば梅沢が最有力となる。ただ、いまいち確証がない。それと青酸カリの入手は簡単なのだろうか、それなりに入手ルートが必要になるし、それを隠さないとならない。ハードルは高そうだ。

 となると内部犯行説も考慮したほうがいいだろう。そうすれば鍵の問題はなんとかなる。特に与那が犯人だった場合は簡単である。その場合、問題となるのは動機である。百瀬氏を殺す動機があるのか、それよりも祭典参加者を殺す動機だ。快楽殺人など起こしそうもない。彼女は極めてコモンセンスを持った人間に見える。

 与那以外とすると、一人の人間が連続殺人を実行するための必然性がない気がする。犯人がそれぞれ異なるのであれば可能性はあるが、果たしてそういったことなのだろうか、つまりはそういった恨みを持った人間たちが、複数人山荘の従業員として働いているということなのだろうか。

 諸々考えながらもまったく結論らしきものが見えてこない。さて困ったことになった。このままだといずれは自分も殺されるのかもしれない。昴皇子じゃないのに昴として。

 ヘブンの探索は終了したのだろうか、それも確認しないとならない。

 

 再びヘブンの部屋を尋ねてみる。

 ノックすると今度はいるようだ。中から声がする。「誰?」

「昴です」

 扉が開く。ヘブンが周囲を警戒しながら招き入れてくれる。

「どうでした?」

「一応、周囲の建物を確認したけど、庭師の家は伊作以外の痕跡はなかった。それと倉庫は扉自体が開かないように板張りがしてあったよ。入るなら壊すしかないけど、そんな跡もなかった。あと車庫も見たけど、ここも人がいたような痕跡はまるで無かった。可能性とすれば、後はどこかでキャンプしてるぐらいかな」

「キャンプですか?」

「でも望み薄だよ。あの昴がそんなことするとは思えない」

 確かにあの都会人を絵に書いたような男が、一人でキャンプしている姿は想像できない。

「探索は一人で行ったんですか?」

「そんなわけないでしょ。いつだれが狙ってるかもわからない。留津についてきてもらった」

 なるほど、さすがはヘブンだ。その点は抜かりがない。

「で、そっちはどうなの?」

「はい」そう言って鍵の話と4号室にあった数字の話をする。

「数字の5か、5号室ってことかな」

「でもなんで4号室に5なんでしょうか?」

「ああ、そうだね」

 色々話をしてみるが、やはり見えてくるものは無かった。時間を確認すると夕食の時間になっている。

「食事の時間ですね。また、留津さんが呼びに来ますよ」

 少しうんざりした顔で言う。「先に行って」


 ヘブンの部屋を出て一人でレストランに向かう。

 今晩からは全員同じメニューとなる。テーブルも大きさに見合わない4席のみとなっていた。

 中村はすでに席に付いており、その隣に座る。ふと気づくと梅沢がいない。彼が遅いのは珍しい。

「梅沢さんはまだなんですか?」

「そうだね。珍しいね」

「昴、鍵の件はどうだった?」

「はい」そう言って先ほどヘブンに話した内容を中村にも話す。

 話の途中にヘブンが来て前の席に座る。

 与那がまだ来ない梅沢を呼びに行くように、留津に話をしている。

「昴、それで気になることって何だ?」

「はい、4号室のバスルームのスイッチに5という数字が書いてあったんです。いったい何なんでしょうかね」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、中村は血相を変えて、飛び上がるようにして走り出す。彼女が座っていた椅子が大きな音とともに倒れる。彼女はお構いなしだ。俺は何事かと叫んでみるが、まったく振り向くこともせずに2階へ駆け上っていく。

 仕方なく後を追う。何かに気付いたのだろうか、与那や他の人間もびっくりして続く。


 2階では留津が5号室の扉を開けようとしている。中村は「待って!」と叫ぶと留津に体当たりをする。

 彼女の小さな体が飛んでいく。

「扉を開けてはだめ」そう言うと中村は扉の前で中の様子を探るようにする。

 与那が近くに来て「どうしました?」と尋ねる。

「中で何かが起きてる」中村は鍵穴から中を伺っている。そして苦々しい顔になる。「やられた。吉屋さんを呼んでもらえますか」

「吉屋ですか?」

 中村がうなずいて「毒を撒かれたと思います」

 与那は血相を変えて急いで吉屋を呼びに行く。

「中村さん毒ですか?」

「ああ、まさかそんなことをするとは思わなかった」

「どういうことですか?」

「すまない。もう少し前に対処すべきだった。まだ確証がないから放っておいた。私のミスだ」

 中村は何を言っているのだろうか、意味がまったくわからない。

「どういうことですか?」

「ちょっと待ってくれ。ちゃんと話す」

 与那に連れられて吉屋がゼイゼイ言いながら走ってくる。

「何事ですか?」

 苦々しい顔で中村が答える。「おそらく青酸カリを撒かれたと思います。そういった匂いがします」

「まさか」そう言うと吉屋が同じように鍵穴から匂いを嗅ぐ。それで吉屋も気づいたようだ。「皆さんは少し離れてください」そう言って周囲の人間に離れるように指示を出す。

 吉屋だけを扉の前に残し、全員が少し離れて見守る。ゆっくりと扉を開け、中を確認している。そして言う。

「ああ、確かにそのようです」

 中村が話す。「近くに行っていいですか?」

「中に入らなければ大丈夫です」

 扉の前から中の様子を見る。

 部屋は水浸しだった。これが青酸カリだというのだろうか。そして部屋の中央に梅沢が大の字になって悶絶している。その皮膚は赤く変色している。

「高純度のシアン化ナトリウム溶液を撒かれたみたいです」

 吉屋は周囲に触れないようにして中に入る。そして梅沢を確認する。もちろん触る事はしない。

「絶命している」

 意味が分からないので中村に聞いてみる。「どういうことなんですか?」

「スプリンクラーを改造したんだろう。そこから青酸カリを噴霧した」

 確かに部屋の天井中央にスプリンクラーが付いている。そこからはまだ液体が滴っている。梅沢は青酸カリのシャワーを浴びてしまったのか。それはひどい。そこではたと気付く。ああ、ひょっとすると。

「それはスイッチと関係するんですか?」

「多分、4号室のバスルームスイッチと連動していた」

「じゃあスイッチを押してこうなったんですか?」

「仕組まれていたんだよ」

 俺は殺人を犯したのか。

 吉屋が言う。「これから中和処理を行います。安全性が確保できるまでは入室禁止とします」


 中村が振り返ると、そこにいる全員に向かって言い放つ。

「これですべての謎が解けました。これから謎解きをおこないます。皆さんロビーにお集まりください」

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