第7話 連続

 絵画の謎が解けたわけでもないのだが、思ったとおりに裏側に番号があったので、その後は一度も目覚めることなく朝まで熟睡する。連続殺人事件があったというのに、自分でもこの鈍感ぶりには感心するが、この不可思議な環境のせいで、どこか感覚が麻痺してしまったのかもしれない。

 顔を洗って朝食に向かおうと、廊下に出るとなにやら騒がしい。

 2号室前に数人がたむろしている。

 近づいていくと中村が俺に気づいて「昴、様子が変だ」と言う。

「何かあったんですか?」

「中から返事が無い」

 2号室は横井の部屋だ。「寝てるんじゃないんですか?」

 それに対して、扉の前にいた梅沢が言う。「さっきからいくら声を掛けても返事がない」

 梅沢が扉を強くたたくが、やはり中からは何の応答も無い。

「鍵は掛かっているんですよね」

「ああ」

 中村に話をする。「気になることでもあるんですか?」

「うちは聞いてないんだけど、梅沢さんは昨晩、何かの音を聞いたと言ってる」

 それを受けて梅沢が話す。「倒れるような物音がした気がする。今にしてみれば、何かのうめき声のようなものも聞こえたかもしれない。気になったんで、今朝になって呼び掛けてみたんだが、応答がない」

 血相を変えて与那が走ってくる。

 梅沢が言う。「与那さん中から返事が無いんだ」

「開けてみます」そう言うと合鍵を使って扉を開ける。

 まず与那が部屋に入る。俺たちは後ろから中をのぞく。

 するとなんと部屋の中央に倒れている人間がいる。背中を向けているので誰かはわからないが、おそらく横井だろう。

 与那が駆け寄り、そして呻く。

 後頭部には血の跡がみられる。さらにその異様な光景に言葉を無くす。血だけではなく、何か白い粉のようなものが全身に降りかかっているのだ。床はそのせいで白くなっている。

 与那がその人物を確認する。横顔から横井とわかったようだ。「横井さん」

 数回呼び掛けても返事は無く。脈を診て、そして首を振る。全員が現場に入って周囲を確認してみる。

 窓は閉まっている。梅沢がその鍵を確認して話す。「鍵がかかっている」

 窓には回転式のクレセント錠がかかっている。さらに見たところ梅沢はそれに触ってはいなかった。自分でも確認してみる。やはり錠はしっかりとかかっている。

 中村はバスルームを見ているようで、そこから声が聞こえる。「誰もいない」

 部屋には入口脇に据え置きのクローゼットがある。そこは与那が確認するが、横井の衣類しか無かった。

 そしてこの部屋の鍵がテーブルの上に置いてあるのがわかる。

 俺は思わずつぶやく。「また、密室か」

 横井の後頭部には明らかに殴打されたような跡があり、そこから出血、すでに血は固まっている。

「首が折れているかもしれません」与那が言う。

 確かに首と頭の向きが歪(いびつ)でそう見える。

「どこかに抜け穴は無いのか?」

 そう言いながら梅沢は部屋の中を探す。

 横井の部屋と自分の部屋の間取りは同じで違いはない。床と壁は板張りで、天井も同じく板張りとなっている。すべての板幅は20㎝ほどでそれが隙間なく並べられている。部屋中すべて同じ板材だ。隙間はまったくなく、当然誰かが入り込めるものでもない。

 遺体はベッドと壁の間、部屋の中央部に壁側に向かって倒れている。後頭部に傷があることから、後ろから殴打されたのだろうか。

 次に梅沢はベッドの下側を見る。俺も同じように見るが、やはりそこには何もなかった。ベッドと床の隙間は30㎝も無いだろう。その先には壁があるだけで、当然そこに扉もない。

「スペアキーを使って入ったとしか考えられないな」梅沢が与那を見る。

 それに対して与那ははっきりと言う。

「実は百瀬の事件が起きてから、部屋の鍵は金庫に保管するようにしております。そして金庫の開け方は私以外誰も知らないのです」

 梅沢が呆気にとられたような顔をして、そして気付く。

「じゃあ、貴方が入ったんじゃないのか?」

「そうおっしゃられないように対策しております。金庫は百瀬の部屋にあり、百瀬の部屋の鍵は吉屋が管理しております」

「じゃあ、二人がぐるになってやったとか?」

「申し訳ありませんが、それについては信じて頂きたいとしか申し上げられません」そういって与那は厳かに押し黙る。

 つまりそれは無いということなのか、しかしそれ以外の方法があるのだろうか。大体、凶器が見当たらない。

 先ほどからここにいる全員が凶器を探しているが、この部屋にはそういった鈍器の類が見当たらないのだ。

「凶器は何なんでしょうかね」俺の質問に与那が答える。

「頭部が陥没しているように見えます。相当な力を加えないとこのようにはならないと思います」

 部屋にはそういったものがない。電化製品もないし、実際鈍器自体がないのだ。

 梅沢は遺体にかかっている粉を確認する。それはほぼ全身にかかっている。遺体のそばには破れた茶色の紙袋がある。袋には何も書かれていない。

「何かな、この白い粉は?」中村が質問する。

 与那が答える。「その紙袋は小麦粉です。山荘で使用しているものになります」

 この白い粉は小麦粉ということか。小麦粉をまき散らすことに何か意味があるのだろうか。

 中村は室内をじっくりと探し出す。机の引き出しやクローゼットの中、バスルームの棚なども注意深く探っている。さらには床の板張りを叩いたりしながら、探りを入れる。粉が落ちているので中村はすでに粉まみれになっているが、そんなことを全く気にせずに、ベッドの布団を持ち上げたり、シートカバーも外したりもしている。そしてついにスパイダーマンのような格好でベッドの下にも入っていく。しばらくはそうやっていたが、結局は何も見つけられないようだった。

 顔中に粉を付けた中村が言う。「はっきりとは言えませんが、やはり小麦粉だと思います。鼻から入った感じはそうでした」まじか、大丈夫なのかそんなことして。中村はさらに言う。

「与那さん脚立を貸してもらえますか?」

「脚立ですか?」

「天井も確認したいので」

「なるほど」そう言うと江刺宗に命じる。

 その頃になって吉屋が到着する。さすがに連日の殺人事件に顔色も悪い。

 横井の状態を確認して話す。「亡くなってます。死後硬直の具合から死亡推定時刻は昨夜12時から2時ごろだと思います」

 梅沢が言う。「1時ごろに音がしたんだ」

 つまりはその時間に殴打、声などもあげなかったことを考えると即死に近かったことになる。吉屋が続ける。

「後頭部を殴打されてます。それも相当な力です。頭蓋骨の陥没と脊椎つまりは首の骨も折れてます。恐らく即死だったでしょう」

 脚立を持って江刺宗が来る。

 中村はそれを部屋の隅に置いて登る。そして天井の板張りを触りだす。順に脚立を動かしながら端から端まで触り倒して、じっくりと確認している。

 その間に吉屋は松井の死因について話をする。

「皆さんお集まりなので、昨日の松井氏の死因について報告します。シアン化カリウムが牛脂から検出されました。冷凍庫の残りからも同じように検出されました。シアン化カリウムは脂の中では反応は起こりませんが塩に触れると反応します。つまり胃の中に入って初めて胃酸と反応するのです」

 これで計画的に殺人を犯したことが確認された。そしてさらに今回の横井殺害である。シェパードは矢継ぎ早に殺人を企てている。

 10分近くは天井周辺を確認した中村が脚立から降りて言う。

「アリのはいでる隙間もないな」

 やはり再び密室ということだ。

 壁に掛かった絵を見る。この部屋の絵は住民らしき人々が何かを料理しているようだ。その中に顎髭を生やした偉そうな爺さんなどはいない。民衆だけである。大きな鉄板のようなものに何かを焼いている。そういった絵だった。

「こちらの絵を確認してもいいですか?」

 俺のこの問いに与那は不思議そうな顔をするがうなずく。

 自室の時と同じように絵画を外してみる。絵画の裏上部両端に引っ掛けがあり、壁側にそれに応じたヒンジが付いている。9号室と同じ構造だった。

 そして絵の裏側を見ると、そこには黒く2と言う数字があった。

「すべての絵に番号が振ってあるんですね」

「そうです。絵の内容については百瀬しか知りませんが、部屋番号と絵を合わせたいとの意向で数字を振っています」

 つまり2号室には2の絵が飾ってあるということか。

「昴君、何か気になるのかい?」梅沢が聞いてくる。

「いえ、特にそういうわけではありません」

「そうかい、昨日、松井氏が絵の謎がどうとか言っていただろう。何か気が付いたんじゃないのか?」

「各部屋に番号に合わせた絵が置いてあるということだけです」

 ふんと言って梅沢は話をやめる。実際、それ以上はわかっていないのだ。

 一通りの作業は終わったと見た与那が話す。

「こちらについても現場保全をいたします。今後、警察の捜査があると思いますので、この部屋への立ち入りもここまでとさせてください」

 梅沢が質問する。「立ち入り禁止にするんだな」

「もし立ち合いを希望する場合は、私まで問い合わせてください」

 梅沢は仕方ないといった顔で承諾したようだ。

「またこういう時になんですが、朝食の支度が出来ております。準備が出来ましたらレストランまでおいでください」

 いや、死体を目の当たりにして、食事の気分でもないだろうと思っていたら、中村がそばに来て言う。「昴、飯に行こう」まさにこの人は豪傑としかいいようがない。

 仕方なく、中村に従う。歩きながら彼女が話す。

「何か気が付いたか?」

「番号があったことぐらいです」

「なんだ。ほんとにそれだけか」中村はあきれ顔だ。

「中村さんは気が付いてましたか?」

「絵の番号についてか、もちろんだよ。初日に確かめた」

「まじですか、初日にですか?」

「部屋ごとに絵が違っていただろ。絵に番号でも振ってあるかと確認してみた」

「じゃあ、その意味もわかったんですか?」

「さあな。むやみに人に話すと、今度はうちが殺されるかもしれないからな」はあ、この人は俺も疑ってるのか。「昴、さっきの殺人をどう思う?」

「密室殺人ですか?」

「うん」

「鍵を使って普通に入ったんじゃないですか」

「それで?」それでとはどういう意味だろう。

「昴は部屋の扉が開くとそっちを向くだろう?」

「はあ、そうですね」

「どうやったら後頭部を見せるんだよ」

 なるほど確かにそうだ。そこに気が付かなかった。横井は疑いもせずに犯人に後頭部を見せたことになる。

「もしかして、知り合いだとか」

「そこまで信用が出来る知り合いがいるわけがないだろ。正体不明の殺人鬼がいるんだぞ。深夜に訪ねてきた人間に無防備に背中を見せるなんて考えられない」

「ああ」確かにそうだ。そこまで信頼できる人間がここにいるわけがない。ましてや殺人事件が続いているこの状況で。なるほど、そんなことはありえない。

「じゃあ、外に気を向けさせたとか」

「夜中にか、ここは都会じゃないぞ。夜中は月明りだけだ。それに外を見るようなものがあるか?」

 中村の鋭い突っ込みに何も言えない。

「じゃあ、どういうことですか?」

「はあ?それを考えるのが昴皇子だろ」

 うーん、またそれか。俺は昴皇子じゃないんだけどな。

「他には何か気付かなかったか?」

「小麦粉ですかね。何の意味があるんでしょう」

「そうだな。意味があるはずだな。こういう時はどういう判断をする?」

「小麦粉ですか?」

「いや、こういうのはミステリーの定番じゃないのか?」

「ああ、そういう意味で言うと、現場の何かを隠したかった時ですかね」

「小麦粉でか、他には?」

「他ですか」矢継ぎ早の中村の質問に閉口しながら、考えてみる。何かあるだろうか。「思いつかないですね」

 とたんに中村があきれ顔になる。

「君は本当にミステリー作家なのか」またそれか、毎度毎度痛いところを付くな。「古典的なミステリーだと、こういうのは見立て殺人というのだろ」

「ああ、それですか、そういうことでしたら見立て殺人で有名なのは、僧正殺人事件のマザーグースとか、横溝正史の八つ墓村とかですね」

「そういうこと」

「つまり小麦粉、牛脂、教会で見立てですか?」

「何か気付かないか?」

 はて、何も思いつかない。まったく関係ない気もする。中村は諦めたように言う。

「まあ、いい。他に何か気付くようなことはなかったか?」

「いや、なかったです」

「部屋に違和感はなかったか?」

「違和感ですか」はて、自室との違いはなかった気がしたが、何かあったのだろうか。「いえ、何も気づかなかったです」

「そうか」中村は何かに気付いたのだろうか、考えこむような顔をしている。

 朝飯はほとんどのどを通らず、小さなパンとコーヒーのみを食べた。中村はしっかりと朝食を取っていた。

 彼女はやることがあるそうで、今日は別行動となる。


 中村から言われたことが気になって、横井の部屋を再度確認することにする。与那に断って鍵を貸してもらい、一人で見学することも了承された。一応、俺に対しての信用はあるみたいだ。

 鍵を使って2号室の扉を開ける。

 現場は遺体がないだけで、他は先程と変わりが無い。人型に小麦粉が残っている。

 部屋を見回す。中村が言っていた違和感の正体を突き止めるためだ。部屋の家具や備品についても他の部屋との違いはない。いや、それどころか、まったく同じである。違っているのは絵画のみだ。いったい、どこに違和感があるのだろうか。

 部屋の殺害痕跡を消さないように、そっと入ってみる。天井から壁、さらにはバスルームや洗面台、クローゼットも同じに見える。中村も言っていたが、まさにアリのはい出る隙間もないというやつである。

 しばらく探索していると、扉をノックする音が聞こえる。開けっ放しなのでその上からノックしているようだ。ひょっとしてシェパードなのか。恐る恐る振り返ると、そこには鳳ヘブンがいた。

 ヘブンは今、起きたのだろうか、状況が呑み込めていないようで不思議そうな顔をしている。

「横井さんが殺されたんだ」

 ヘブンはそれほど驚いた様子を見せない。むしろその態度にこちらが驚く。

「そこに倒れてたの?」床を指さす。

「そう。小麦粉も撒かれて跡が付いてるだろ」

「小麦粉?」ヘブンが部屋に入って、中を見て回る。

「与那さんから、現場を保存したいからむやみに触らないようにと言われてる」

 ヘブンは軽くうなずく。「何時ごろなの?」

「亡くなった時間?」ヘブンがうなずく。

「死亡推定時間は昨夜の1時頃らしい。その時間に梅沢氏が音を聞いたと言っている」

 ヘブンはそのまま室内を見回る。「それで?」

「え?」

「何かわかったの?」

「いや、何もわかっていない。鍵は掛かっていたし、山荘側のスペアキーは百瀬氏の部屋にあったそうだよ」

「つまりはまた密室ってことね」

「そう」

「じゃあ昴皇子の本領発揮じゃない」

 こいつも中村と同じことを言う。俺は昴じゃないんだって。

「これからの日本を変える50人の授賞式でも言ってたじゃない。俺に解けない謎は無いって」

 いきなり冷や汗が出る。まずい、やはり昴はヘブンと面識があったのか。それも授賞式で。

「実際はそう簡単にいかないよ」

 するとヘブンは、彼女が演技で見せる小悪魔的な笑みを見せる。「あなた、誰?」

 全身が硬直する。今、言われた言葉にどう対処していいのかわからない。

「昴とは授賞式では会ってないよ。ましてや昴はあそこに行ってもいない」

 俺は何も言えずにあたふたしている。

「誰なの?」

 どうすればいいのか、悩むがまったく浮かばない。俺はついに観念する。「実は俺は昴の替りに来ている」

「だから誰?」

「長谷川真治。一応、作家をやってる」

「長谷川真治?どんな本を書いてるの?」

「ミステリーなんだけど、まだ、本は1冊しか出ていない」

「ふーん、それで昴との関係は?」

「彼と同じ新人賞で知り合ったんだ。昴が大賞で俺は佳作」

「それでなんでその佳作が昴の替りに来ているの?」

 ここで昴との取引を話す。ひととおり聞き終えたヘブンは、「ふーん」と言うとしばらく考え込む。

 残念だが昴の参加資格は、これではく奪されることになる。昴、申し訳ない。ただ俺はこの祭典から解放されることにむしろほっとしている。

「私ね。昨晩、事件があった時間に起きてたのよ」

「え?」突然のヘブンの告白に何事かと思う。

「確かに1時ごろに物音を聞いた気がした」横井の事件の話を始めたことに気づく。「それで廊下に出てみた」

「ああ、それで何か見たの?」

「しばらくそこで見てたんだけど、何も起きなかった」

「廊下には誰も出てこなかったんだ」

「そう、5分ぐらいはいたかな。気になったんでついでに歩いて階段のところまで行ってみた」

 2階をあらかた確認したということか。

「つまり横井氏の部屋からは、誰も出てこなかったんだ」

「そういうこと。まあ、その後はわからないけどね」

 そうなると犯人は、しばらく身を潜めてから出て行ったということだろうか。いや、そんな回りくどいことをする必要があるのか。普通、殺人を犯したのなら、すぐに現場からは立ち去りたいと思うのが人情だと思う。それともシェパードは人間らしい気持ちを持っていないのか。それにしてもヘブンが何故そんな話をするのだろう。

「えーと、ほんとは長谷川の昴。取引しようか」

「取引?」

「そう、あんたのことは秘密にしてあげる。その代わり私のしもべになって働いてくれるかな」

「しもべですか?」

「今、遺産相続候補者は4人になった。その中の誰が犯人かもわからない。少しでも仲間がいた方がいいでしょ。それでおそらくあんたは犯人じゃない」

「はあ、つまり協力関係を築こうということですね」

 そういうことだとヘブンは犯人では無いというのか、いやいや簡単に信じない方が良い。とにかく用心に越したことは無い気はする。あっさり殺されることも考えないとならない。

「そういうこと」

「でも、中村嬢ともそういう契約を結んでますよ」

「だからいいんじゃない。私との取引は秘密にするのよ。それでそっちの情報も私に流す」

「そうですか」スパイのようなことをしろと言っているのか、どっちにしろ、もう降りたも同然の俺の立場で如何こう言えるものでもない。つまりは反論する余地はないということだ。

「それで俺が謎解き出来た場合はどうなりますか?」

「私が謎解きをしたことにするのよ。昴もどきは敗北する」

「はあ」

「あんたの取り分は私が保証してあげる。まあ、半分って訳にはいかないから、それなりにね」

 半分でもとんでもない額だし、それなりでも十分楽して暮らせるだろう、やはり俺に反論の余地はない。

「中村嬢に先を越されたらどうしますか?彼女はいい線いってる気がします」

「でもあんたと共同なんでしょ。最終的には謎解きをするわけだから、後はタイミングの問題。彼女が発表する前に私に回答を教えればいいの。まあ、その前にこっちで謎解きをするつもりだけどね」

 ヘブンはそれなりに自信があるのだろうか、たしかⅠQは150以上とか聞いたことがある。芸能人が参加するクイズ番組などでは優勝常連者だ。つまり彼女にとって、謎解きなどは朝飯前のことなのだろう。どちらにしろ俺の回答はひとつなのだ。

「わかりました」

 ヘブンは納得の表情だ。

「じゃあ、いつまでもここにいるとまずいから、私の部屋に来て」


 少し時間を空けて周囲を気遣いながら、ヘブンの部屋、6号室に入る。

 そういえば山荘とはいえ、女性の部屋に入るのは初めてだ。それも今を時めくスーパーアイドル、鳳ヘブンの部屋なのである。何か急に緊張してくる。もちろん、私生活でも女性の部屋に入ったことはないし、部屋に入れたこともない。つまりはそういった経験はゼロなのである。

 室内は何か甘美な香りがする。それともそんな気がするだけなのかもしれない。自分の匂いが気になるほどである。

 6号室にはやはり違う絵が飾ってあった。なにやらキャンプファイヤーでもしているのだろうか、石で出来た台のようなものの上で、男が火を燃やしている。そのまわりに人がいて、さらには羊もいる。

「この絵にも番号はあったの?」

「裏側に6ってあったよ。1号室の絵にもあった」

「やっぱり最初に確認した?」

「そう、なんとなく気になって調べてみた」

 なるほど、中村と言いヘブンと言い、鋭い人間は同じことをするわけか。俺はそういう意味でも鋭くないのか。

 ヘブンはベッドに腰かけると、俺にはソファに座るように指示する。「じゃあ、これまでに掴んだ情報を教えてくれる」

 まるで女王様が家来に命令するようだ。まあ、しもべなのだから仕方が無いことか。俺は幾分緊張気味にこれまで知りえた情報を話す。ヘブンは時々質問するが、概ねじっくりと吟味するように聞いていた。一通り話し終えてからヘブンは考え込む。

「それで昴もどきは何かわかったの?」

「いえ、ほとんどわかっていません。ただ松井氏はわかっていたように思います。絵の謎や誰が犯人なのかまで匂わせていましたから」

「まあ、はったりかもしれないけどね。それで中村はどの程度わかってるの?」

「それもよくわかりません」

「まだ謎解きは出来ていないってことね」

「そうですね」

「君は何もわかっていないのか。やっぱり本物の昴とは違うんだ。ルックスは似てるのにね」

「昴に会ったことがあるんですか?」

「あるよ。一度だけ。なんだかいけ好かない感じだった。妙な距離感で近づいてくるんだよね。下心丸出しってすぐにわかるよ」

 なるほど、確かに俺もそう思う。

「ああいう輩(やから)は、利用できるもんはなんでも使っちゃえってことだからね。あんたも利用されてるし。ああ、そうだ。今回の人選をどう思う?」

「人選って、この祭典の参加メンバーですか?」

「そう」

「それなんですが、どうも妙な気がしてました」

「どういう風に?」

「百瀬氏はこれからの日本を担う人に相続させたいんですよね」

 ヘブンがうなずく。

「その割にはどこか違っているような、もっと別の理由があるような気がします」

「なるほどね。少しはいけるとこもあんじゃん」

「いけるとこ?」

「そうなんだよ。あんたの言う通り、参加メンバー全員の癖が強すぎるんだよね。まあ、私も含めてだけど」

「はいそうなんです。言い方は悪いですけど貪欲というか、バイタリティが強いというか」

「私もね。人選を聞いた時に気になったんだよね。それで少し調べてみた」

「調べた?」

「参加メンバーの裏の顔」

 いきなりすごい話になって来たぞ。

「でも、鳳さんは参加メンバーを事前にはわかってなかったんですよね」

「まあね。ただ、調べる方法はいくらでもあるってこと」

「そうなんですか?」

「私も含め、参加メンバーたちも祭典に向けて、事前に動いていたしね。調査しようと思えばどうにでもなる」

「なるほど、それで何かわかったんですか?」

「誰が選ばれたかについては、早い段階でわかった」

「そうなんですか」

「まあね。それでメンバーについてあらかじめ調査してみた。そうやって結果も出たんだ。噂の域だけどそれでもみんな相当に臭い」

 参加メンバーの裏の顔について、調査済だということか。

「まずは昴皇子」

「昴ですか?」

「あいつは自分で小説を書いてないよ」まじですか、俺は言葉が無い。

「一作目も他人の小説をパクッてる」

「まさか」

「まさかと思うだろ。たんまり口止め料も払ったらしいけど、あれは盗作だよ」

 信じられない話だ。あの小説が盗作だとは。

「どうしてバレなかったんですか?」

「そういうところは抜かりがないんだよ」

「じゃあ他はどうなんですか?」

「ほとんどが他人の作品らしい。昴皇子ってのはプロジェクトに近いみたいだよ。だってそうじゃないとあの速度で小説を発表できるわけがない。ゴーストライターだの、ブレーンだの周りの連中がフォローしてる」

 そう言われると何故か納得する。確かにあの文筆量は異常だ。さらに内容も多岐にわたっていて、着想点も一人で考えているとは思えない。

「文章自体は彼が書いてるんですよね」

「さあね。どこまでやってるかは知らないけど、実際はつじつま合わせぐらいだと思う。昴らしい内容になってるかのチェックと修正はしてるみたい」

 信ぴょう性は高い気もするが、素直に信じることはできない。まさかあの昴が、そこまでのことをしているのだろうか。

「でも、そんな情報どうやって仕入れたんですか?」

「芸能界って裏社会なんだよ。そういう情報屋はごろごろいるしね。まあ嘘も多いけど、ネタもたくさん転がってる。ただ、昴の話は本当だよ。極秘だけどね」

「じゃあ昴以外の参加者についても、そういった裏があるんですか?」

「当然。亡くなった人を悪く言いたくはないけど、松井も裏では犯罪行為をやっていた」

「キャラクタービジネスですよね」

「それは表の顔。元々はプログラミングに精通していたことから、ネットでの顔がある。ランサムウェアを使って企業脅迫や闇社会への情報提供、それと風俗ビジネスもやってたらしい」

「まじですか?」

「これはけっこう有名な話だよ。裏社会で知らない人はいない」

 次から次へと信じられない情報が提供される。祭典参加者はみな裏の顔を持っていたのか、それならばヘブンはどうなのだろう。

「みな裏の顔があったってことですね」そう言ってヘブンの顔を伺う。

 彼女はそれに気づいたのか、「ああ、ちなみに私についてはノーコメント」こっちの考えがバレたか、ただ妙に含みのある言い方をする。

「じゃあ、中村嬢もそうなんですか?」

「そうだと思うよ。ただし、彼女については調査しきれなかった。アーチストとしては有名だけど、表にあまり出てこないからね。芸能界だったら情報も入るんだけど、彼女は元々神出鬼没を売りにしているからね」

 確かに不思議な人だが、あの天真爛漫さを見ると、裏の顔があるとは思えない気もする。半信半疑だ。

「ネタ元もやばいんだけど、なんか殺人を犯したって噂はある」

「まじですか?」

「まじ、信ぴょう性はないけどね」

 あの幼稚園児が殺人だって、これはにわかには信じられない。

「それと中村は何かあやしいよ。絶対に何か裏がある。あんたも気を付けた方が良い」

「それは彼女が犯人ってことですか?」

 ヘブンはそれについては答えない。そう言われると中村に裏の顔があるような気もしてくる。やたらに鋭い気はする。人の心を読むところもあるし、気を付けた方がいいのかもしれない。

「あとね。横井にも裏がある。彼の研究室の女性が自殺している。どうも彼と関係があったらしい。自殺についても疑わしいね。警察が疑ったらしいけど捜査までいかなかった。まあ、それだけじゃなく、彼は昔から女癖が悪いって評判だよ」

 なんだか人間不信になりそうだ。あんな紳士面して陰ではそんなことをしていたのか。

「じゃあ、梅沢さんはどうなんですか?」オリンピック入賞者で障がい者への支援もしている人だ。裏の顔などないだろう。

「彼は人身事故を起こしている。ただ、立件されていないだけ」

「どういうことですか?」

「事故現場に目撃者がいなくて、梅沢が言うには被害者、自転車だったんだけど信号無視をして飛び出したっていうんだ。被害者に飲酒の事実もあったから、不起訴が認められたんだけど」

「そうなんですか?」

「被害者側の遺族は納得しなかったけどね。でも検察は立件しなかった。まあ、梅沢の地位もあるしね」

「実際はどうなんですか?」

「限りなく黒に近いグレーだという噂だよ。当時は一人で運転していたという話だったけど。実際は同乗者がいたらしい。それが不倫相手らしくって、そういうのももみ消した。まあ、とにかく詳細はやぶの中ってこと」

 あの梅沢も裏の顔を持っていた。

 ここまでの話をどう捉えたらいいのだろう。祭典参加者にはみな裏の顔があり、話を聞くとそれを恨みに思う人間もいるってことになる。だとすれば、どこかにその仕返しを目論む人間もいるかもしれないってことか。となると参加者ではなく、外部にシェパードがいるというのだろうか。

「じゃあ、祭典参加者の設定自体に、何か意味があるってことですか?」

「そうとしか考えられないよね」

「何ですかね」

「昴皇子ならわかったかな」

「そうですね。昴ならわかったかもしれません。でも俺には無理です。ここまでの謎も何もわかっていない」

「まあいいわ。とにかく何か情報がはいったら私に知らせて。あんたは中村の相棒の振りをした私のしもべなんだから」

 俺はうなずく。なんとなくヘブンのしもべと言う立場が心地いい気もする。俺は変態なのだろうか。

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