第三話 さよなら、悪役皇子さま

 ――より若い自分に転生するのはなにかの意味があるのだろうか。

 ただ自分が死にたくなかったがゆえの執念というより、天の配剤ともいうべき不思議を感じる。


 ――それなら、わたしに与えられた役割とはなんなのだろう。

「乗れ」

 ユージンの要求は一方的だった。

 皇都内だし、皇立幼年学校から皇宮まではそんなに遠くない。

 第三皇子の旗章を掲げた馬車のそばへと連れられて、カトリーヌは面食らった。


「え、なぜ、ユージン皇子殿下の馬車にわたしが乗るのでしょう?」

「なぜっていうか……ユージン皇子殿下って……カトリーヌ、どうかしたのか? 公爵家の馬車が来ていないから、どうやって帰ろうか途方にくれていたんだろう?」

 言われて、はたと思い出した。


(そういえばこんな出来事が子どものころにあった……いつもなら、帰宅する時間に来ているはずの公爵家の馬車が見当たらなくて、途方に暮れていたところをユージンが送ってくれたのだわ)


 カトリーヌは生徒会の会長をしている。級友にして同じ生徒会の副会長をしているユージンとは、皇子のなかでいちばん親しい。

 その気安さもあって、私的な場では名前を呼び捨てにすることが許されていたのだった。

 帰宅してみれば、馬車は出がけに轍が壊れたとのことで、あわてて別の馬車を用意しているところだった。


(もともと、ユージンとは面識があったけど、この出来事を境に妙に懐かれる羽目になったのよね……)

 北部の大公にして第三皇子ユージン。

 カトリーヌが悪役令嬢なら、彼は悪役王子ともいうべき存在だ。

 自分といっしょに聖女ディアナから敵視されており、ひいては皇太子アンリとも対立する。


(ここで、ユージンと仲よくなりすぎないほうがいいのでは……)

 なんといっても前世ではカトリーヌを殺した相手だ。

 ――なぜ、彼に殺されたのか。

 その理由はわからないけれど、今世では距離を保っておきたい。


「ありがとう、ユージン。でも、わたし……忘れ物しちゃったみたい。一度学校のなかに戻るから、そのうちに馬車も来ると思うわ」

 穏便な理由を作って、ユージンの親切を断る。

 ユージンはとまどった表情を見せたけれど、手を離してくれた。


「忘れ物……そうか。それなら仕方ないな」

 ふいっとふてくされたように整った顔を背ける。


(子どものころのユージンって、こんなだったっけ? 大人のユージンとは正反対!)

 人見知りで気に入った相手としか話をしない第三皇子。

 それがいつのまにか、にこやかな笑みを浮かべて如才なく振る舞う青年になっていた。


 ――確かあれはわたしが皇太子と婚約してから……。

 頭の片隅にユージンとの記憶がよみがえってきたけれど、いまはそんなことをしている場合ではなかった。

 じーっとうろんな目で凝視するユージンに怪しまれないためにも学校のなかに戻らなければ。


(このとき最後に寄った場所は……生徒会室だったかしら? 適当に時間をつぶして戻ってくればいいわね)

「じゃあまた明日ね、ユージン」

 ――さよなら、悪役皇子さま。もうわたしを殺さないでね。


 カトリーヌはそうして校門前の広場を通り抜け、彼なエントランスのなかに入っていったのだ。

 これから自分に起きる出来事を知らないまま。

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