第六話 悪役令嬢が二度死に戻った理由

「じゃあ、あなたは二度死に戻った悪役令嬢ってことなのね?」

 ひととおり、カトリーヌに起きた出来事を説明したあとで問われ、こくこくとうなずくしかなかった。


「死に戻りってどういうこと? そういう能力を持つ悪役令嬢なの?」


 ――実はわたしもわかっていない。

 そう言いたかったがサロメの美貌に気圧されて言葉が出てこなかった。


「あなたはどんな役周りをさせられたのかしら?」


 ――役周り……それがわかっていればこんなに苦労はしない。


 なぜ断罪されたときに死に戻ったのか。

 なぜ二度目に断罪フラグを折って生き残ったのに、やはり殺されたのか。


 ――そしてなぜ。


(二度目に死に戻ったら、無力でなにもできない十才のころに戻ってしまったのか……)


 カラーン カラーンとチャイムが鳴る。


「会議の時間だわ……」


 案内役のモルガンにうながされ、席に座って会議場の壇上を見回せば、壇上に数人の令嬢たちが現れたところだった。

「これもここのルールですわ。鐘が鳴って会議がはじまるときには席について雑談をやめなくてはいけません」


「席について! 本日の議題はこちらですわよ」


 議長らしき悪役令嬢が登壇し、黒板に文字を書く。


「なぜ、悪役令嬢は破滅フラグを折ってはいけないのか、について」


「……ッ!」


 カトリーヌはまるで自分の心を読まれたような気がして、思わず席を立ってしまった。

 ほかの令嬢と違い、十才のカトリーヌが立ったことに気づいたのは、カトリーヌの隣に座っていた案内役のモルガンとサロメだけのようだ。


「座ってカトリーヌ……説明しますわ」


 どうやらこれもまたこの場所のルールとやらと関わっているらしい。

 自分が悪役だと言われたこととその悪役令嬢たちが集まる場所に呼ばれたこと。

 なにもかもが同時に起きて、カトリーヌの頭に入ってこなかった。

 

「会議が始まったら議長の話は聞かなくてはいけないのですけど、小声で話をするくらいはできますわ。あなたの事情を聞かせてくださいませ」


 モルガンに尋ねられたカトリーヌは自分が悪役令嬢となった経緯――つまり、最初に婚約破棄され、断罪されたときの人生と、死に戻りのあとで、いわば悪役令嬢の役割を放棄して自分の人生を生きようとして殺されたときの話を語った。


「――ユージンに殺されたと思ったら、十才に戻っていて……また彼と親交を深めたら同じ失敗にたどり着くのではないかと思って……彼の誘いを断って学校のなかに戻ったら、ここに来たの」


「なるほど……ここに来るに至った経緯はともかく、扉の話は私とよく似ているわ。学校を一度出て戻ると、教室の扉からこの会議室につながっているの」


「学校を一度出て戻ると……」


「わたくしもそんな感じですわ。うちは王宮の図書館の扉を開いて来るのは違いますけど」


 サロメが身を乗り出して言う。


「じゃあ生徒会室の扉を開いたと思ったのはやはり間違いじゃなかったのね……」


 わからなかった事柄の謎が一つ解けて、その分、頭の混乱も収まってくる。


「もしかしたら、あなたのその死に戻りは今日の議題と深いつながりがあるのかもしれないわ」


 モルガンの言葉に、カトリーヌはいま一度壇上で語る悪役令嬢のほうに意識を向ける。


「悪役令嬢だからって勝手に破滅させられてはたまったものではありませんわ。悪役令嬢であっても、私たちにも破滅フラグを回避する権利があるはずです!」


 燃えるような赤い髪の令嬢は熱く語っている。


「ここ数回、議長を務めているのは彼女――メアリ。ブラッディメアリと言うととおりがいいかもしれませんわ。聞いてのとおり、メアリは悪役令嬢が悪役令嬢の役割を捨ててでも生き残るのをよしとする『破滅フラグ折り派』なの」


 モルガンの説明は情報量が多い。


「ブラッディメアリ……『破滅フラグ折り派』……」


 うんうんとうなずいているところを見ると、サロメにもその説明で足りているようだが、カトリーヌにはまだよくわからない。

 ただ『血まみれブラッディ』のという言葉の不吉さにわずかにおののいた。


「フラグというのはね、特定の結果に至るための選択肢のことよ」


「たとえば、一回目のわたしの人生のように婚約破棄したから殺されたというような?」


「話が早いわね……そういうことですわ。メアリは目立つ赤髪もあって、ここでは有名人なの。彼女の影響もあって最近、悪役令嬢たちの間では自分の役割に疑問を持ち、ルートを外れるのが流行になっているのですわ……」


 ルートを外れるという言葉にどきりとした。

 言ってしまえば、最初の、断罪から死に戻ったときのカトリーヌは、悪役令嬢としての役割を外れたのではないだろうか。


「それってなにか問題があるの?」


 もしかしたらそれは、カトリーヌが二度死に戻ったことと関係があるのではないだろうかと、期待するようにモルガンの答えを待った。


「私だって死にたくないし破滅フラグ折りそのものを否定するわけじゃないけど……」


「否定するわけじゃないけど?」


 水を向けるように相槌を打つカトリーヌから顔をそむけ、モルガンは壇上のメアリを見つめている。


「二度目のあなたの人生のように、破滅フラグを免れた令嬢が殺される事件があったの」

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