第五話 わたし、婚約破棄はしたいんです

 ――運命なんて言葉は大嫌いだ。


 皇太子妃として認められなくてはと、それが自分の運命なのだと思っていた。

 ほかの子どものように遊べなくても、両親がいない自分にとっては皇后教育を拒否すれば、大人になったあとに生きていく道がない。

 それもまた運命なのだと諦めていた。


 ――その結果が断罪。


(運命なんてものがあるとしたら、今度は絶対にあらがってみせる……!)


 ぐっと拳を握りしめたカトリーヌの様子を眺めて、モルガンは言う。


「どうやら心当たりがあるようですわね。でもまだあなたは生きてるじゃない? いくら悪役令嬢だといっても、ここでは愚痴や不満を言う仲間がいますわ……そう……ええと、名前を伺ってもいいかしら?」


「あ、私はカトリーヌです。カトリーヌ・ド・メディシスと申します」


 そういえばモルガンが名乗ったときに、自分は名乗らなかったと思い返して、スカートをつまみ、足を折るようにしてお辞儀をする。

 名乗った途端に、背後からいきおいよく抱きつかれた。


「カトリーヌ! 話は聞いていたわ……運命に抗いましょう! 婚約破棄なんかもってのほかです! 私以上にヨカナンを愛している女はいないのに!」


 声を上げるまもなく、一方的な自己紹介をたたみこまれる。

 水色の長い髪をした愛らしい令嬢だ。

 

 ――いや、わたしは婚約破棄はしたいんですけど!?


「サロメ。そんな急に話しかけたら、カトリーヌがびっくりしてますわ」


 モルガンが割って入り、サロメと呼ばれた令嬢から救いだしてくれる。


「そうは言っても、見た目は令嬢というより、悪役幼女さんって感じでかわいらしいんですもの」


 無邪気なサロメにひたすら抱きつかれて、カトリーヌは逃れることができなかった。


「ふわっ」

「マシュマロみたいですもんね」


 モルガンにまで頬をつんつんされてかわいがられても否定できない。それにカトリーヌ自身、まだ自分がどうなっているのかよくわかっていなかった。


(確かさっきのユージンとの出来事は十才のときだから……)


 ぺたぺたと手で頬を探っているカトリーヌの意図を察したのだろう。


「鏡をご覧になりたいのでしたら、こちらへどうぞ」


 モルガンはカトリーヌを鏡の前へいざなった。


「ほら、ごらんなさい……カトリーヌ」


 鏡に映っていたのは、幼い少女だった。

 波打つ黒髪に金の瞳はまごうかたなきカトリーヌの特徴だ。


(予想はしていたものの……本当に小さい! なんで十才になんか死に戻ってしまったの!?)


 体も手も小さい。

 皇立幼年学校に通っているぐらいだから、貴族社会の伝手もまだない。

 皇后教育さえまだされていない……なにもできないカトリーヌのままだ。

 正直に言えば、衝撃を受けていた。


「幼女のころから悪役だなんて、この悪役令嬢会議に来る人のなかでも初めて見ましたわ」


 あらためて感心したようにモルガンが言う。


「かわいければなんでも許されますわ!」


 後ろを振り返って確認するまでもない。

 その主張をしたのはサロメだろう。

 初めて会ったというのに、サロメの好きの基準はわかりやすい。

 金色の瞳だけがらんらんと輝くカトリーヌの容姿は、ある意味では妖しく、毒を扱うイメージもあってか、毒婦と呼ばれるのに一役買っていた。


 でもいまはまだ十才。

 毒婦の面影はまだなく、「かわいい」というサロメの主張を否定できない。

 そこまで考えて、はたと問題の根幹に思い至った。


「……待って。いまのわたしはまだなにものでもない。なのになんですでに『悪役令嬢』なの?」


 断罪されたときのカトリーヌなら、彼女たちのいう悪役令嬢の定義に当てはまるのだろう。

 あるいは、ユージンの誘いに乗り、皇太子との婚約破棄に成功したカトリーヌなら。


「でも、わたしは……まだアンリと婚約もしていないのに……!」

 

 ――悪役令嬢という運命は、二回死に戻ったくらいでは逃れられないほど強い力でわたしを縛りつけているの?

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