第四話 はじめまして悪役令嬢会議
階段をのぼり、天井が高い廊下を小走りに通りぬける。
教室がならぶ棟の奥にその扉はあった。
生徒会室と書かれたプレートを掲げた、カーブを描く大きな両開きの扉だ。
高位の貴族と皇族の一員として皇立幼年学校の生徒を導くためと言われ、カトリーヌとユージンも生徒会の一員になっていた。
明日は休みだから、廊下にひと気はなく、学校のなかはがらんとしている。
生徒会もなしということになっていて、カトリーヌもちょっとした作業をして、すぐに生徒会室をあとにしていた。
(本当に忘れ物をしたわけではないけれど……)
生徒会室に残って、少しの間、いま起きている事態について考えをまとめてから帰ろう。
(そうすれば、ユージンは帰るだろうし、彼との仲が深まることもないはず……)
そんなふうに思っていたカトリーヌは、またしても新たな事態に巻きこまれていた。
扉を開け、生徒会地に足を踏み入れた――そのはずだったのに違っていた。
天井は高く瀟洒な作りながらも誰もいない静かな一室のはずが、ざわざわと無数の人の声が響く広い空間が広がっていた。
背後をふりむけば、見慣れた廊下がまだ見えている。
しかし、眼前には生徒会室ではなく、見慣れない円形の会議場が広がっていた。
「え……ど、どういうこと?」
(もしかして、場所を間違えた?)
何回も訪れた生徒会室だが、死に戻りの影響で記憶があいまいだった可能性はある。
(でも、皇立幼年学校のなかにこんな場所があったかしら?)
混乱している間に、背後でぱたりと扉を閉められていた。
「ごきげんよう、お嬢さん。見たところ、はじめてここに来た人ですわね? では私が案内人ね」
金髪の縦ロールを優雅に揺らした少女は「私のことはモルガンと呼んでちょうだい」と名乗った。
「案内人?」
「それがここのルールなの。最初に出会った人が案内役として初めての人にこの場所を説明をするってね」
――ルールが徹底されているほど規律が保たれた場所ということ?
雑然とした空気からは想像もできないことを言われて、カトリーヌはぐるりと周囲を見回した。
「ここは悪役令嬢会議。様々な時代、様々な世界で誰かにとっての悪役を演じることになった人たちが集まる場所よ」
「悪役令嬢会議……?」
モルガンの言葉の意味がわからなくて、カトリーヌは繰り返してみる。
ひとつひとつの言葉の意味がわからないわけではない。
しかし、『悪役』『令嬢』『会議』と合わせて言われたときの、すっと飲みこめない感覚にとまどっていた。
集まっているのが様々な世界の令嬢たちというのはわかる。
服装や髪型は違えども、みな振る舞いがどこか優雅だ。
アフタヌーンティーのスタンドからサンドイッチをとりながらティータイムをとっている令嬢もいれば、複数の令嬢たちと談笑している人もいる。
そのカップの持ち方やちょっとした扇の使い方がこなれている。
どこか名のある家の娘であることは間違いないだろう。
「あなたも誰かにとっての悪役を演じさせられているのではなくて?」
モルガンは磨かれた指先を顎にあてながらたずねてくる。
縦ロールが目についてしまうし、ややキツめの顔立ちに見える化粧だが、その顔をよく見れば、とびきりの美少女だ。
「誰かにとっての悪役……」
もし、カトリーヌが悪役なら、さしづめ主人公はディアナだろう。
最初に転生する前に起きた出来事を物語にするなら、悪役令嬢と婚約した皇太子を救い、国にとって必要な聖なる力を秘めている……という筋書きになるかもしれない。
一方でカトリーヌにとっての真実は、毒に詳しいというだけで、ディアナを毒殺しようとしたと決めつけられたにすぎない。
ディアナにとって、皇太子と正式な婚約していたカトリーヌは邪魔な存在だった。
「婚約破棄されたにもかかわらず、わたしが悪いと難癖つけられ、断罪される運命……」
その運命を変えるために、皇太子を早くから見切り、ユージンの手をとったのに、結局は殺されてしまった。
「……それもまた悪役令嬢というわたしの運命だというの?」
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