第七話 誰が悪役令嬢を殺したの?
――破滅フラグを免れると殺される。
それはまさしくカトリーヌに起きたのと同じ現象じゃないだろうか。
「それで『破滅フラグ折り派』の悪役令嬢たちが脅えてしまって、『そんなことはありえない。ただの偶然だ』と彼女が強く主張するものですから、今回の議長もメアリになりましたの」
悲痛な表情で説明するモルガンに対して、カトリーヌの左側に座るサロメは令嬢が殺された事件そのものは重要じゃないかのように、にこにこと愛らしい笑みを浮かべている。
「悪役令嬢としての役回りを外れると言っても、破滅フラグを折るだけじゃないのよ」
サロメはどこかうっとりとした口調で言う。
――確かに。
それに関してはカトリーヌもうなずかざるを得なかった。
一度目の死に戻りのあと、カトリーヌがとった行動は、ただ断罪を免れることだけが目的ではなく、前世の人生の、生きる目的そのものを変更しようとしていた。
(悪役令嬢をやめるだけではなく、公爵令嬢でもない――ただのカトリーヌとして魔法使いになりなかっただけなのに……)
モルガンの話からすると、それすらも悪役令嬢としての役回りを外れる行動だったのだろう。
「私は婚約破棄しないでヨカナンと結ばれるの。彼が聖職者の道を選ぼうと関係ないわ」
満面の笑みで力強く宣言するサロメに対して、モルガンが注釈を入れてくれる。
「ちなみにヨカナンはサロメから逃げ回っていますわ」
それを聞いて苦笑いを浮かべるしかない。
(わたしとアンリの関係みたいなものかしら……)
自分は皇太子に対して未練はないが、確かにサロメのあり方も悪役令嬢の役回りを外れているということなのだろう。
「ではサロメも殺される可能性があるとモルガンは思っているのですか?」
なにせすでに二回死んでいる。
今後の自分の振る舞いを決めるために、ほかの悪役令嬢の役回りとその後は気になるところだ。
「サロメの場合は、婚約者と言ってもサロメが一方的に追いかけているだけで、もともとヨカナンは逃げ回っているのよね。亡くなった令嬢と比較していいかどうか……まだ詳しい情報もないですし、断定できませんわ」
どうやら案内役モルガンにとっても、破滅フラグを免れて殺された令嬢の事件はショックな話らしい。
心なしか唇が震えていた。
「でも、今回の議長ブラッディメアリのように『破滅フラグ折り派』の人もやっぱりいるのですよね?」
あえて言うなら、カトリーヌだってその派閥に属することになるだろう。
(断罪を免れるためにはほかに方法がないのだから……)
話しこんでいるうちにずいぶん時間が経っていたらしい。
またカラーンカラーンカラーンカラーンカラーンと鐘の音が五回、高らかに響いた。
「あ、時間だわ。ヨカナンに会いに戻らなきゃ」
サロメがきらきらと瞳を輝かせながら言う。
彼女のような美少女に愛されてもなお逃げ回る男性が本当にいるのだろうか。
もしカトリーヌが男だったらサロメを拒絶できるかわからなかった。
「今日のところは時間がないからこのぐらいにしましょう。五回の鐘は終了の合図なの。会議場が閉まるまでに外に出ないと」
そう言われて、ずいぶん長く会議場にいることに気づいた。
(しまった。せいぜいユージンがいなくなるまで時間を潰すつもりだったのに……あまり遅くなったら公爵家の誰かが心配して探しに来るかもしれない)
焦ったカトリーヌの心情は表に現れていたのだろう。
モルガンは整った顔ににっこりと笑みを浮かべながら説明してくれた。
「大丈夫ですわ。体感では一刻以上しゃべっていましたが……――」
出口に向かう令嬢たちのざわめきが広い会議場に広がる。
モルガンに案内され、扉を開いたカトリーヌに、
「じゃあまた。カトリーヌ……次はあなたの死に戻りの話、もう少し詳しく聞きたいわ」
扉を背後で閉めた。ひとりひとりが扉を開けて閉めているから退出に時間がかかるのかと理解したころには見慣れた廊下に出ていた。
振り向いたカトリーヌは、もう一度、生徒会室の扉を開けてみた。
しかし、そこに広がっていたのは、無人の、いつもと変わりない生徒会室だった。
カトリーヌはほっとしたような、それでいて少しがっかりしたような気分で生徒会の時計を見る。
――『ここで過ごした時間は現実に戻れば、ほんの数分ですから……あなたがその生徒会の扉をくぐったのとそう変わらない時間に戻るはずです』
モルガンが言ったとおりだ。まだ半刻も経っていない。
(でも、わたしが学校のなかに入ったんだから、ユージンは帰ったわよね)
念のためと思いながらゆっくりと廊下を歩いていく。
課外活動がない放課後の学校は静かで、自分が歩いていることが不謹慎にさえ思えてくる。ようやくエントランスにたどり着くと、見慣れた小さな人影が見えた。
「カトリーヌ、忘れ物が見つかったのか?」
金色の髪の少年が赤い瞳を向けてたずねてくる。
――カトリーヌを殺した悪役皇子ユージンだった。
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