第九章 転生して最初に確認すること
カトリーヌが暮らしているクー・ルーイン帝国はいくつもの諸国を従えている。
天領となる皇都付近をはじめ、皇太子の治める東部、第二王子が治める南部、第三王子が治める北部といくつもの地域に分かれていた。
もともとは別の国だった地域を従え、帝国となってまだ百年ほどしか経っていない。
海運を通じて南国の諸島との取引が、隊商をつうじて東国とのつながりはあるが、北部にある巨大な山脈の向こうは帝国にとって未知の領域でもあった。
カトリーヌが憧れる魔法学校は、その山脈の向こうにあるとおとぎ話で伝わるぐらいで、実態はよくわかっていない。
帝国と同じくらいの力を持つ国は西側に広がっており、西ジャミル帝国と名乗っている。
かつては西域での戦争が絶えなかったが、ここ十数年はお互いに不可侵条約を結び、平和が保たれていた。
魔法がおとぎ話の物と思われているのはクー・ルーイン帝国も西ジャミル帝国も同じで、戦争での力は武力に頼っていた。
そんな国の気風はカトリーヌ自身にも影響を与えているのだろう。
二回も死に戻ったこと自体が、まるで魔法のようで、いまでも夢を見ているのではないかと思ってしまう。
(けれどもこれは現実なんだわ……)
狭い部屋を前にして、カトリーヌは認めるしかなかった。
公爵家の自分の部屋は十才のときの子ども部屋だったのだ。
皇太子と婚約したあとは、皇后教育のためにと客間や書斎のある部屋に移ったから、子ども部屋はどこか懐かしい。
(ユージンの部屋はちゃんとした大人用の部屋だった……うらやましいな)
皇子をうらやむなんて、自分が十才だからだろうか。
思考までもが子どもの幼さに戻っているようだった。
「アリサ、明日はユージン皇子殿下と皇立図書館に出かけます。ちょっと考えごとをしたいから、しばらくひとりにしてくれる?」
「かしこまりました。おでかけ用のドレスを選んでおきますね」
「図書館は梯子があるだろうから動きやすいものでお願い」
カトリーヌ付きの侍女を人払いすると、小さな文机を開き、急いで日記帳をとりだした。
子ども時代は宿題で日記帳を書くように言われており、忘れていた出来事を読み返してみようと思ったのだ。
「今日の出来事は……前世にはなかった。絶対に……」
なにが違うかというと、もちろんユージンの誘いを最初の一回目で断ったことと、悪役令嬢会議だ。
それに、今日の正確な日付と皇太子との婚約の話が持ち上がっているかどうかを確認しておきたかった。
――惑星暦三四四年五月二十日。
「これが昨日の日付だとしたら、今日は五月二十一日……どうやら皇太子との婚約話はまだ持ちあがっていないみたい」
重要なフラグがまだ立っていないことにまずはほっと胸を撫でおろした。
「十才に戻ったのは、皇太子との婚約をなかったことにしたほうがいいという重大な示唆かもしれない……」
両親はまだ生きているのだし、皇太子と婚約しなければ、両親も亡くならないのかもしれない。
(かもしれない、かもしれない……どれも不確実な可能性しかないけれど……)
――なにせ重要な事件がたくさんありすぎる!
「少し整理したほうがいいわね……」
カトリーヌは日記帳に思いつくままに書きつらねていった。
・皇太子との婚約をしない
・両親は事故をなくす
・ユージンの母親を救う
・魔法学校への行き方と入学方法を探す
「ともかく皇太子との婚約をしないことが最優先ね」
『皇太子との婚約をしない』というメモに大きく○をつけながら、カトリーヌはうーんとうなった。
皇太子アンリとはいまのところ公的な場での接点しかない。
カトリーヌにとって、アンリはユージンの兄であり、この国の皇太子であり、母のいとこの子どもという以上の感情はなかった。
向こうも同じだろうし、年齢的に皇太子にふさわしい公爵家の娘だから、皇太子妃に選ばれたにすぎない。
「両親の事故と第二皇妃の死亡は……もう少しあとの話だから、ひとまず置いておきましょう。あとはそうね……やっぱり魔法学校への行き方かしら」
前世で調べてもよくわからなかった。それでいて、調べれば調べるほどその存在はおとぎ話の幻想から現実のものになっていき、あこがればかりが募っていた。
「魔法か……」
不思議な存在といえば、さっき見た卵もそうだ。
魔法学校について調べているときに、魔法生物についても記載を何度か目にしていた。それで、あの卵が魔法生物の物だという確信を得たのだった。
「あの卵をつうじてユージンと親しくなって、ユージンの魔法使いになる才能があると教えるのはどうかしら。彼も魔法学校に興味を持つかもしれない。そうすれば、入学手続きの方法を一緒に調べてもらえるかも……」
前世のカトリーヌは北部に逃げたけれど、その先は行き当たりばったりでどうにかする予定だった。魔法学校に関してはどうしても入学方法がわからなかったのだ。
(大金が必要だとか魔力審査を受けるとか様々な噂はあったけれど、どれも信憑性に欠けるものばかりだった……でも)
クー・ルーイン帝国ではおとぎ話だと思われるほど実在を疑われている魔法学校だからこそ、そこに逃げこむことで、カトリーヌの運命を変えられるかもしれない。
(わたしはわたしの人生を生きると決めたのだもの……この国の影響から離れれば離れるほどいい)
仮にも帝国となっているだけあって、周辺にあるのは属国ばかりだ。
そのどこに流れつきても、クー・ルーイン帝国の影響から逃れるのは簡単ではない。
「魔法学校は北方にあるということしかわかっていないけど……北部の大公なんだから、ユージンはなにか知らないかしら? あるいは北部にだったら記録が残っているかも……」
なにからはじめようかメモをとろうとしたときだ。コンコンとノックする音が響いた。
「アリサ? なにか用?」
「お嬢さま、旦那さまがお帰りになりましたよ」
「お父さまが!?」
ぱっと文机から顔を上げたものの、少しだけ嫌な予感がした。
(もし皇太子との婚約はどうかという話をされたらどうしよう……)
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