一角獣のため息

kou

一角獣のため息

 街の片隅にある古書店は、いつも静かで、古びた木の床が時折、誰かの足音で軽くきしむ程度。

 そこは普段、あまり人が訪れない隠れ家のような場所だった。

 そんな静けさが好きな少女がいた。

 柚香ゆずか結衣ゆいは、穏やかな性格の小学6年生だ。

 人が嫌いな訳ではないが、内向的で一人で過ごすことが好きだ。

 友達と過ごす時間は、どうにも窮屈に感じてしまうことが多かったから。

 常に《合わせる》という感覚がつきまとい、友達の輪に自然と入ることができなかった。

 だから、本や自然に囲まれていると、彼女は他人からのプレッシャーや学校での集団生活を忘れることができた。

 ある日、結衣は古書店に「神話と伝説」のコーナーがあり、一冊の本を見つけた。

 古めかしい装丁の本には古代の伝説や神話に登場する、様々な生物を紹介してあった。

 ドラゴン、フェニックス、グリフォン、カーバンクル、ウロボロスなど、ファンタジーの世界でしか存在しない生き物たちが紹介されていることに結衣は魅せられた。

 中でも一番気に入ったのは、ユニコーンの伝説について書かれたページだった。

 白く美しい毛並みを持つ馬の幻獣は、ライオンの尾、牡ヤギの顎鬚、二つに割れた蹄を持ち、額の中央に螺旋状の筋の入った一本の長く鋭く尖ったまっすぐな角をそびえ立たせる。

 ――そんな夢物語に登場するような空想上の動物について、詳細に書かれていた。

 未就学児の頃はサンタクロースを信じていたように、ユニコーンという神秘的な存在を信じ、憧れを抱いていたが、成長と共にただ空想だと思うようになっていた。

 ページをめくるうちに、ユニコーンが「純潔」を象徴し、特に乙女に惹かれる生き物だということが書かれていた。

 ユニコーンは、処女の膝の上に頭を置き眠るのだという。

 結衣はその内容に心を奪われ、本を手に眠りに落ちた。


 ◆


 その夜、結衣は奇妙な夢を見た。

 彼女は、草原に立っていた。

 空は淡い夕焼け色に染まり、静かな風が草原を揺らしていた。

 そこに、一頭の白いユニコーンがゆっくりと現れた。

 美しい白い毛並みと、長い角が夕日に映えていた。

 結衣は、静けさに包まれながら目を覚ました。

 その夢が頭から離れなかった。

 夢の中のユニコーンの姿、重み、そしてため息。

 まるで、本物だったような気がしてならなかった。

 帰宅後、自室で結衣は、あの本をもう一度手に取り、さらに詳しくユニコーンについて調べた。

 ユニコーンは処女に魅せられ、自分の獰猛さを忘れて、近づいて来る。

 と。

 結衣は考えた。もしかしたら、自分の夢はこの伝説と関係があるのかも知れないと。

 その夜も、結衣はまた同じ夢を見た。

 ユニコーンは再び彼女の前に現れると、一つ深いため息をついた。

 そのため息には、どこか寂しさを覚えた結衣は、ユニコーンが何を思い、なぜ彼女の夢に現れるのかを知りたくなった。

 結衣は、ユニコーンに問いかけた。

「あなたは、どうして私に会いに来るの?」

 すると、ユニコーンは低くいななき、答えた。

 それは、悲しみを帯びた鳴き声だった。

 悲哀に満ちた声だった。

 その時、結衣の中で何かが弾けた。

 彼は伝える。

 それは言葉ではなく、意思として結衣に伝わる。

 孤独なのだ。

 名前すらなく存在すらなくて。

 だから、結衣に会いに来たのだと。

 その瞬間、結衣は涙を流した。

 結衣は胸が締め付けられるような切なさを感じた。この現代の世界では、神話や伝説がただ作り話だと思われ、誰もそれを信じず消えていった。

 だが、彼は本当に実在していたのだ。

 結衣は涙が止まらなかった。

「私に何かできることはないの?」

 結衣はユニコーンに訊いた。


 忘れないでいて欲しい。

 私が、この世界に存在することを。

 そして、君の心が純粋である限り、私はここにいる


 結衣はその意思を胸に刻み、ユニコーンのための息が少しだけ軽くなった事を感じた。

 次の日、結衣は学校に向かう途中でふと空を見上げた。

 晴れた青空の下、彼女の胸にはユニコーンの存在が確かに感じられた。彼女はもう孤独ではなく、ユニコーンと心を通わせたことで、特別な絆を得た気がした。

 結衣は、なぜ自ら人を遠ざけていたのかと思った。人と心を通わせることは、こんなにも素晴らしいことだったのだと気付いたからだ。

 結衣はその日を境に、学校で少しずつ友達を作るようになった。彼女の方から積極的に話しかけるようになり、今まで感じたことのない充実感があった。

 その中でも結衣は、心で常にユニコーンのことを気にかけていた。

 それからというもの、結衣は時々夢を通じてユニコーンに会ったようになった。

 彼はもう悲しんでいる様子はなく、ただ彼女と共に静かに過ごしていた。


 ◆


 森のある湖畔に結衣はいた。

 穏やかな時間が流れる中、結衣はユニコーンと一緒に過ごすことが楽しみになっていた。

 木陰の下で結衣はお気に入りの本を手に座り、その膝の上にユニコーンは頭を乗せる。

 そんな時間がとても幸せだった。

 ユニコーンのための息は、いつしか安心の証となっていた。

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